命名、悔やんでも
「ところで……TAをするのはいいが、そもそも悪樓のHPを削り切る算段は整ってあるのか? 俺とひだりでバックアップはするが、人手不足はどうにもならないぞ」
ライトに訊ねられたのは、ひだりに真っ黒のサムネだらけのチャンネルページとプレイヤーネームを一頻り揶揄われた後のことだった。
「それについては少し前に解決した。モナカって俺の配信を見てくれてるリスナーが手伝ってくれることになったから」
「モナカさん……? あっ! もしかして、たまにジンくんの放送に来てくれるあのモナカさん!?」
「ああ、そのモナカだ。つっても、ついさっきこのゲーム始めたばっかだから、今頃パスビギン森林辺りでレベリングの真っ最中だろうけどな」
「……それは、大丈夫と言えるのか?」
言ってライトは眉を顰める。
まあ、普通はそんな反応になるよな。
ただ、これに関して答えは一つだ。
「問題ない。プレイヤースキルは俺並み……いや、ワンチャン俺よりもあるから」
断言すると、兄妹が仰天した反応を見せる。
「ジンムより、だと……!?」
「えーっ、ウソーッ!?」
「使用武器とか戦闘スタイルがまるっきり違うから、単純な比較はできないけどな。でも、俺が知る中で一、二を争う弓使いだよ」
Monica♪の強さは誇張抜きでそれくらい評価しているし、多くの人間からもそう評価されている。
実際、Monica♪のany%の記録は、全弓使いの中では二番目に早いタイムであり、ランキング一位のMr.Deerに負けず劣らずの実力の持ち主なのは確かだ。
そもそもあいつら同じ弓使いでもまるっきしタイプが違うから、タイムで比較はできても、純粋な実力勝負となると単純に優劣つけれないんだよな。
「――ジンムがそこまで評価するのか。何者なんだ、そのモナカというプレイヤーは?」
「簡単に言ってしまえば俺と同種の人間だよ。詳しくは本人に訊いてくれ」
プレイヤーネームをどうしているのか分からない以上、簡単にMonica♪の名前を出す訳にもいかない。
そもそも言ったところで信じてもらえるかは怪しいところではあるけど。
なんて思っていたところで、チャットアプリの通知音が鳴る。
勿論、送信相手はMonica♪からだ。
「噂をすれば、か。わりい、ちょっとこっちの対応する」
Monica♪:ごめん! キャラメイクどっぷりハマっちゃって、終わるの今になっちゃった!
配信主:マジかよ。じゃあ、まだ最初の街に着いてすらいない?
Monica♪:うん、街からちょっと離れた遺跡? みたいな場所にいるよ。今からレベリング始めるけど、主のいるところまで大体どれくらいで追いつけそう?
配信主:普通に進めれば5、6時間かからないくらい。低レベルで攻略するなら少し短縮はできると思う。
ソロ前提+俺基準での時間感覚だけど、Monica♪の実力ならこれくらい……いや、本気でやればもっと早くクァール教官を突破してビアノスに到達することも可能なはずだ。
まあ、俺がアトロポシアに赴いて合流するという手もあるのだが――というか元々後でパスビギン森林へ行くつもりではあった――今はまだ優先しなきゃならないことがある。
だからひとまずあいつのことは一旦放置で問題ないだろう。
Monica♪:オッケー! それじゃあ、秒でそっちで追いつくから待っててねー!
配信主:了解。あとちょっと確認しときたいことがあるけどいいか?
Monica♪:ん、なになに?
配信主:今、モナカの他にも何人か協力してもらってる人がいるんだけど、Monica♪だってことは伏せといた方がいいか?
Monica♪:んー……どうしよっかなー。PNはプライベート名義のモナカにしているけど、そこは主の判断に任せるよ。
うっわー、それ一番ダルい返答なんだけど。
母親が子供に「今日の晩御飯何がいい?」って訊いてんのに「なんでもいい」って答えられるこの感じ。
世の中のお母さんって、この感覚を数日間隔で味わってるのな。
配信主:大事なことなんだから委ねないでくれ。じゃあ、俺からは伏せておくからな。
Monica♪:はいはーい、りょりょっち! あ、そうだ。あたしからも先に聞いておきたいことがあるんだけどいい?
配信主:何だ?
Monica♪:主のPNを確認しておきたいなって。予め名前を知っておいた方が合流しやすいだろうし。まさか『配信主』とか『あ』って訳じゃないよね?
はあ……また答えなきゃいけねえのか。
俺のことを知っている分、ひだりよりも笑われる未来が見えるんだけど。
……でも、素直に答えるしかないよな。
配信主:ジンム。
Monica♪:え?
配信主:だから、JINMUからとってジンムだよ。
Monica♪:え、ホントに言ってる? ヤバ。主、JINMU好き過ぎでしょ笑
だあぁぁぁっ!! やっぱ名前ちゃんと考えれば良かった!!
「どうした、ジンム? そんな大袈裟に頭を抱えて」
「いや、何でもない。ちょっとした黒歴史を作ってしまったことに絶望してるだけだ」
「何でもなくはないよな。……一応、後からでもプレイヤーネームは変えることは可能だぞ。少しだけ課金して名前変更権を購入する必要があるが」
あの……まだプレイヤーネームのことは口にしてないんだけど。
けどまあ、さっきのやり取りから察したのだろう。
一瞬、真面目に課金することが頭の中を過ぎったが、すぐに俺は頭を振る。
「いや、めちゃくちゃ後悔はしてるけど一度決めた名前だ。最後までこれでやり通すよ」
JINMU好きなのは事実だしな。
じゃなきゃ二年以上同じゲームでRTAを続けたりしねえよ。
とりあえずメッセージ返しとくか。
配信主:まあな。じゃあ、そういうことだから、さっさとレベリング開始してくれ。それと、もしかしたら後でそっち方面に向かうかも。その時はまた連絡する。
Monica♪:はーい、じゃあまた後でね!
モナカの返信を最後にチャットを切り上げ、メニューを閉じる。
「――悪い、待たせたな」
「いいや、気にするな。それで向こうはどんな状況なんだ?」
「ついさっきキャラメイクが終わったところだから、これからレベル上げだとさ」
「……想定よりも進捗が良くないな。念の為、もう一度確認するが……大丈夫なのか?」
ライトの顔がさっきよりも険しくなる。
当然の反応ではある……が、
「そこは気にしなくても大丈夫だ。とりあえずあいつとは合流さえできればいい。それよりも……ちょっとライトとひだりに手伝ってもらいたいことがあるんだけど、いいか?」
「もちろんオッケーだよ」
「ああ。構わないが、一体何をすればいいんだ?」
「人探しをしたいんだ。ちょっと話をしてみたいプレイヤーがいる」
Monica♪とMr.Deerの戦闘スタイルの違いを簡単に言い表すのであれば、射撃手と狙撃手、もしくはソルジャーとレンジャー、みたいな感じになります。