無謀な突撃
まさかのMonica♪——もといモナカの加入によって、目下の課題であり一番の不安材料だった仲間集めは、最低限の形ではあるけどどうにかなった。
……いや、どうにかなってはないな。
「あいつ……これからキャラメイクってことは、実質まだレベル1じゃねえか……!!」
確かにレベルが足りない場合は要相談って記事には書いたけど、まさか始めてすらいないとか想定外過ぎるっての。
というかもしかして、この為だけにアルクエ始めたっていうのか……?
アルクエは、VRギア自体の本体情報+オンラインアカウント+生体認証と三つのユーザー情報を元にセーブデータを作成している。
これらの情報は一つのセーブデータに紐付けされ、他のセーブデータには流用できない為、実質サブ垢は作成できないようになっている。
ワンチャン、元々のセーブデータをリセットしたって線も無くはないが、どっちであっても思い切った決断をしたことには変わりない。
「まあ、戦力としてはこれ以上にないくらいに申し分ないけど……攻略はいいとして、レベリング間に合うのか?」
俺の場合、蝕呪の黒山羊ブーストがあったから初日で20近くまで上げられたけど、それ抜きにするとこのゲーム意外とレベリングキツイぞ。
「……でも、あいつの実力ならどうにかなるか」
仮にもJINMUのRTAで一番競技人口が多く激戦区でもあるany%四位の実力者だ。
レベリングだけに集中すれば、どうにか明日の夜までにレベルマックスに持っていけるはずだ。
最悪、間に合わなかったとしても、低いレベルを補えるだけのプレイヤースキルはあるからそこまで気にしなくてもいいか。
ともかくこれで無理にスカウトのことを気にすることなく、悪樓討伐の準備を整えることができそうだ。
戦力を確保できたことに胸を撫で下ろしつつ、ビアーノ街道に続く通りを歩いていると、近くで誰が野太い声を荒げるのが聞こえてくる。
思わず足を止めて声がした方に視線をやると、大盾を背負った大柄な男プレイヤーが苛立ちを隠す様子もなく竜人アバターのプレイヤーを睨みつけていた。
「あぁ!? 俺らの仲間に入れて欲しいだと!? 馬鹿言うんじゃねえ! 誰が初期装備の奴をパーティーに入れるっていうんだよ。しかもレベルもまだ15にすらなってねえじゃねえか! 俺らはガチで悪樓を倒そうとしてんだよ! 冷やかしなら他所でやりやがれ!」
今にも殴りかかりそうな勢いで乱暴に吐き捨てると、男は不機嫌そうに広場の方へと歩いていった。
うわー派手にキレてんなあ。
まあ真面目にやろうとしている時に場違いの奴が来たらイラつくのも分からなくもないが、そこまで怒る必要もないだろ。
竜人アバターのプレイヤーを可哀想だと思うものの、ただ悪樓はレベルも装備もちゃんとしてない奴が倒せるような奴じゃないっていうのも事実ではある。
気の毒だが、声を掛けた奴が悪かったな。
もうちょっと優しく諭してくれるプレイヤーだっていただろうに。
……もしかしてあいつ、まだあまりゲームについて分かっていない感じか?
多分、そうだ。
ちょくちょくキョロキョロ周りを見渡しているし、なんというか目的が定まっていないプレイヤーの動きをしている。
なんというか、挙動が初心者のそれだった。
(アトロポシアでなら、特段おかしくはないんだけどな)
思って、気づく。
(……ちょっと待て、なんでそんな奴がビアノスにいる……!?)
いやまあ、普通にクァール教官を撃破してパスビギン森林を抜けたからなんだろうけど、じゃあどうやって倒したって話になる。
真っ先に考えられるのは、強いパーティーに寄生して連れて来てもらったってところか。
だけど完全初期装備で、あからさまに地雷そうな奴をわざわざパーティーに加えるだろうか。
正直、余程の物好きでもない限りそんなことはしないだろう。
ボスエネミーは討伐推奨人数を超えるとHPが増える仕様がある以上、無駄にパーティー人数を増やすとデメリットの方が大きくなる。
仲の良いやつと組んで倒した……いや、これも考え難いな。
誰かと一緒に組んでいたら、一人で野良のパーティーに加わろうとしないはずだ。
そうなると可能性として残されているのは……まさか、ソロ攻略した訳じゃないよな?
普通だったら一番あり得ない選択肢。
しかし、消去法でこの説が最有力候補になっていた。
直接あの竜人プレイヤーから話を聞かない限りはなんとも言えないが、もしそうだとしたら――
「おい、ちょっといいか……」
すぐに声を掛けようとするも、通りかかったNPCに行く手を遮られ、気づいた時には見失ってしまった。
「……仕方ねえ、また見かけることができたらその時に話を聞くとするか」
当初の予定では有力そうな野良プレイヤーを探して声をかけるつもりだったが、モナカが加入してくれるおかげで仲間探しを無理にする必要が無くなった。
という訳で現在、予定を変更してネクテージ渓谷のボスフロアの目の前までやって来ていた。
当然だが、勝算があって来たわけじゃない。
狙いは大きく三つある。
悪樓との戦闘の感覚を前もって掴んでおくのが一つ。
直接この目で見ながら奴の行動パターンを把握するのが二つ目。
それと三つ目は、呪獣転侵がどのくらいの時間経過で自動発動するのかを確かめるためだ。
いわば検証を兼ねた前哨戦というべきか。
デスペナを気にせずに戦えるうちにトライ&エラーを重ねて行こうって考えだ。
それに『アルゴナウタエ』のスカウトの件でプレイヤーの多くがパーティー集めに躍起になっている現状、今が気軽に勝負を挑める最後の機会かもしれないしな。
実際、ここまでの道中でプレイヤーを見かけることもあまりなかった。
周囲に人影がないことを確認してからボスフロアの中に踏み入れると、途端に視界が若干暗くなり、少しだけ肌寒さも感じるようになる。
「あれから丸一日経つけど……ネロデウスがぶっ放した大技の影響ってまだ残ってるんだな」
フロア一帯に黒い靄が立ち込める中、聖黒銀の槍を構えて悪樓の出現に備える。
数秒後、水中から全長二十メートルを超える壊邪理水魚によく似た怪物――悪樓が川州に這い上がってきた。
「あれが実物で見る悪樓か。こうして間近に見るとほんとでっけえな」
ただ対峙しているだけで、壊邪理水魚と比べて段違いの威圧感を悪樓から感じる。
大きさもそうだが、全身を覆うどす黒いオーラが余計に迫力を増幅していた。
なるほど、これがレイドボスか。
「さてと、こいつの実力がどんなものか……お手並み拝見と行こうか」
二十メートル越えの敵はJINMUでもそうそう戦うことはないから、どんなものか楽しみだ。
聖黒銀の槍を握り締め、勢いよく地面を蹴って駆け出すと、悪樓も壊邪理水魚と同様にその巨体に見合わぬ俊敏さで突っ込んでくるのだった。
Q.生体認証って具体的に何で確認するの?
A.虹彩認証と静脈認証の二つを組み合わせて利用しています。ゲームを起動する際にこれらの情報を読み取り、アカウント情報と本体識別番号と照合してログインしています。ちなみに、何かしらの事情でユーザー情報に登録しているVRギアが使えなくなった場合、ワンタイムパスワードを使うことで他の機体でもログインは可能となります。