唐突に訪れし英雄たちの集う舟
鶴の一声とはよく言ったもので、あの騎士然とした女プレイヤー――レイアが口を開いた途端、号令をかけられたかのように周囲にいるプレイヤー達の視線が否応なしに自然と彼女へと向けられる。
よく声が通っていたというのもあるが、それとは別に惹きつけられるものを彼女から感じる。
ああ……なるほど、あれがカリスマってやつか。
ないものねだりしても仕方ねえけど、あれが俺にもあればこんなに仲間集めに頭を悩ませずに済んだんだろうな。
半分感心、もう半分は羨ましく思いつつ、俺も話を聞くべく意識を傾けようとして、ふと隣からプレイヤー同士の会話が耳に入ってくる。
「おい。アルゴナウタエって、確か攻略の一線を張ってるガチクラン……だったよな?」
「そんなもんじゃない。メンバーが七人しかいないのに、他の大型クランとタメ張ってる正真正銘、超少数精鋭型のトップクランだ。リーダーのレイアを始め、全員が何かしらのユニーク装備やらアイテムを持っているらしい。しかも中にはプロのストリーマーもいるって噂だぞ。ほら、あの二本の槍を持ってるHide-Tって奴がそうだよ」
あ、普通にヒデって読むのか、あれ。
てっきりハイドって読み方変えているのかと思ってた。
短槍の二槍流って時点でもそうだけど、ちょっとだけ外しにきてるな。
でもあいつがプロかもしれないっていうのは、なんとなく分かる。
立っている時に身体の軸が全くブレてないというか、佇まいがVR内での身体の動かし方を熟知しているそれだ。
「それに……気のせいかもだけど、なんかどっかで見たことあるような気がするんだよな、あいつの立ち姿。……どこで見たんだっけ?」
ただ、俺が見てきたプロゲーマーとかストリーマーとか呼ばれている奴らの中に二槍の使い手がいないからか、それが誰のものなのかパッと思い出せない。
「……このゲームに合わせて使用武器を選んでいる可能性もあるか」
戦い方を見れば思い出すかもしれないが、今は黙ってレイアの話を聞くとしよう。
「現在、ネクテージ渓谷でエリアボス壊邪理水魚が突然変異を起こしていることは私達も把握している。それと、まだネクテージ渓谷を踏破していないプレイヤーだけが奴に挑むことができるということも。先に言っておこう。あれは自然発生したものではない。災禍の七獣と呼ばれる超特殊エネミーによって引き起こされたものだ。――不幸にも、誰かがボス攻略中に乱入されたことが発端となってな」
「……ッ!?」
……へえ、流石は攻略クラン。
悪樓が出現した原因にちゃんと気づいてやがる。
突然放り込まれた災禍の七獣というワードにピンときた一部のプレイヤーがどよめきだす。
「なあ、災禍の七獣って……?」
「たまにプレイヤーの前に現れる化け物みたいに強いエネミーのことだよ。なんでもレベルカンストしてる奴でも赤子のように簡単に一捻りにされるらしい」
「え、あいつらってボスフロアに乱入してくんの!? そんなのされたら負け確定じゃん……!」
そういったプレイヤーに視線を配りながら、レイアは口上を続ける。
「もしこの中にその災禍の七獣と遭遇した者がいれば、是非名乗りを上げて欲しいところだが……それは置いておいて話の本題に入るとしよう。我々が新たな人員を求めている理由は、近々開拓されるであろう新エリアでの活動に備えるためだ」
新エリアという言葉に反応して、周囲がちょっとざわつく。
それから、
「現在、クラン『アルゴナウタエ』のメンバーは七名。パーティー上限の八人になるまであと一人を加えることができるが、その最後の一枠を君達の中から選びたいと思っている」
トップクランへの加入。
それが聞き間違えではなかったことを理解した瞬間、広場にいるプレイヤー達が一斉に湧き上がる。
当然だ。
トップクランに入れるってことはつまり、初心者帯から一気にヒエラルキーの頂点まで一瞬で駆け上がれるってことだ。
もし最前線でガチ攻略をしたい、トップクランに入りたい、とかそういった野望を持ったプレイヤーにとってはこれ以上にない絶好のチャンスだろう。
「ジョブは問わない。……ただし、迎え入れるのは、これから提示する条件を達成できた者のみだ。私たちが望むのは、レベルや装備に依存しない卓越した強さを持つ者だからだ」
一呼吸挟み、レイアはその条件を告げる。
「——悪樓討伐レイドにおいて一番の活躍を見せたプレイヤー。これを達成できた者を我がクランに迎え入れたいと思う」
唐突に訪れたアメリカンドリームに舞い上がっていたのも束の間、一瞬で場の空気がしんと静まり返った。
何人かのプレイヤーに至っては、自分には無理だと悟ったのか、絶望的な表情を浮かべてすらいた。
悪樓を倒して、その上で一番活躍しろって言われたらそりゃそうなるよな。
ただ新人発掘に来た訳ではないだろうとは思っていたが、まさか悪樓討伐をそのまま加入試験にしちまうのかよ。
いやまあ、初心者帯のプレイヤーしか悪樓に挑むことができない仕様上、プレイヤーの強さを推し量るのにはこれ以上にないうってつけの相手ではあるけどさ。
だからって、競争相手が増えるようなガチの爆弾投下してこないでくれよ……!
「もし、我々のクランに入りたいと思ってくれているのであれば、明日の二十一時以降に挑戦するといい。私とここにいるHide-T、それともう一人別の者が現地に赴くのでな。——では、諸君らの健闘を祈る!」
最後にそう言い残してレイアとHide-Tは、それぞれ羊皮紙で作られた簡易的なスクロールをインベントリから取り出し、何かを呟くと、瞬く間に光に包まれてどこかへと消えて行った。
(あれは……転移魔術が刻まれたアイテムか?)
よく分かんねえが、ちゃんとこのゲームにもファストトラベルの機能はあるみたいだな。
けど二人が光に包まれる直前、持ってた巻物が崩れていたように見えた気がする。
となると……魔導書と違ってスクロールは使い捨てで、おまけに一方通行でしか使えなさそうだな。
じゃなきゃ広場の外からわざわざ歩いてなんてこないはずだし……って、呑気に考察してる場合じゃねえよ!
俺にとっては、と枕詞はつくが、非常にまずいことになっちまった。
何がまずいかって、俺の仲間集めが更に困難になってしまうことだ。
ただでさえ悪樓が強敵だって言うのに、トップクランへの加入権なんてもんがついたら、より確実に勝率を上げるために強い者同士でパーティーを組もうとする動きが活発化するはずだ。
なのに「少数精鋭で倒しに行こうぜ!」なんて誘いをかけても秒で断られやすくなっているのは目に見えている。
「――いや、嘆いていても仕方ない。良い感じにはぐれているプレイヤーを探して、ガチパに取り込まれる前に味方に引き入れるしかないか」
レイアとHide-Tの姿が見えなくなってからも暫くの間、広場は静寂に包まれていたが、また少しずつざわめき出したプレイヤー達によって喧騒で溢れ返っていた。
とりあえずここに居座っても仕方ないので、ひとまず広場を後にしようとした時、ピコーンと効果音と共にメッセージの通知を知らせるポップアップが出現する。
VRギアと連携したチャットアプリからの通知だ。
「……おい、マジかよ!?」
メッセージが届いたことも自体もそうだが、送信者の名前を見た時、俺は驚きを隠すことができなかった。
メッセージを送って来たのはMonica♪――現在、国内でも屈指の知名度を誇る超人気プロストリーマーからだった。
プレイヤー間で知られているレイアのユニークは胴防具、Hide-Tのユニークは武器です。