委ねし選択、問いかけるは
白城は俺から少しだけ離れたところに腰を下ろす。
それから数秒の逡巡を挟んだ後に、窺い立てるようにおずおずと訊ねてきた。
「その……話って、アルクエのこと……だったよね?」
「ああ、今のうちにいくつか確認しておきたいことがあってな」
白城には予め、アルクエに関しての話だということは伝えてある。
じゃないとシチュエーション的に告白と勘違いされるかもしれないし、好きでもない奴に告白されるかもって、変に身構えさせるのも向こうに悪いしな。
だったらわざわざこんな場所に呼び出さずに教室で話せよって話だが、そうしなかったのは、クラスで悪樓が発生したことが話題に上がっていたからだ。
そんな中で下手に悪樓関連の話をするわけにもいかず、こうして場所を変えさせてもらったというわけだ。
「早速、単刀直入に聞かせてもらうけどさ。白城……悪樓討伐に参加するつもりはあるか?」
「……まだ迷ってる。これから戦おうとしてる敵って物凄く強いんだよね? だったら参加しない方がいいのかなって。私の実力だときっと蓮宗くんの足手まといになっちゃうだろうから」
空笑いを浮かべ、白城は言う。
(……やっぱそうだったか)
昨日、ひだりにどうするか訊ねられた時に答えあぐねていたから、大方そんなところだろうとは思っていた。
現状の実力を鑑みれば、そういう思考になってしまうのも分からなくはない。
若干ネガティブ寄りではあるが、それを悪いとも思わない。
けれど、謙虚が過ぎれば、ただの卑下になってしまう。
自己評価と外から見た評価は得てして乖離するもの。
自分に自信を持って貰うためにも、ここはちゃんと説明した方が良さそうだな。
「——白城はさ、自分を過小評価しすぎだ。確かにまだ粗はあるけど、自分の役割を問題なくこなせるくらいにはちゃんと成長しているぞ。それができるってだけで十分戦力に数えられるし、少なくとも足手まといになることは絶対にない。だから仮に大人数のパーティーに入ってたとしても何の問題もないはずだ」
「……そう、なのかな?」
「ああ。少なくとも俺は、贔屓目なしにそう思っている。あとついでに言わせてもらうけど、白城みたいなプレイヤーってマジで貴重だからな」
「え……」
あ、この感じ全然自覚してねえな。
まあ特訓始める前がアレだったし、俺と組んでる時は、基本後方から火力支援するだけだったから仕方ないか。
「まず純粋に回復役であること。それと昨日、武具屋の夫婦から貰った魔導書で本職の魔法系DPS……攻撃役と遜色の無い火力を叩き出せること。片方をこなせるだけでも十分なのに、どっちもとなれば当然、重宝されるようになる」
悪樓レイドに参加可能なプレイヤー全体で見ても現状、白城よりも火力を出せる魔法系DPSはそうそういないというか、下手したらINT極振りバフ込みの魔術師の攻撃術のそれすらも越してる可能性すらある。
勿論、白城がINT中心にPP配分をしてあるというのも一つの要因ではあるが、それを抜きにして考えてもリリジャス・レイの性能はえげつないものだった。
ただし、術自体は外付けのものだから、何らかの理由で装備できなくなればリリジャス・レイは使用できなくなるというデメリットはある。
でもそうなったらそうなったで、本来の役割である回復役としての立ち回りに切り替えたらいい。
回復とバフを適宜必要なタイミングで発動させるだけでも、戦術の安定度はかなり上がる。
これらの理由から白城は誇張抜きで攻守の要と言っていい存在だし、もしレイドパーティーに白城が入るのなら、編成は白城を中心に考えるべきだ。
少なくとも俺ならそうするし、それができないのであれば違うパーティーを探したほうがいい。
「けどまあ、昨日ひだりが言ってたことだけど、無理してまでレイドに参加する必要もない。決めるのは白城自身の判断で良い。……でも、ちょっとでもやる気があるのなら、一つだけ俺の我が儘を聞いてもらっていいか?」
「……うん、何?」
「——今度のレイド戦、白城の力を貸してくれないか?」
伝えると、白城はきょとんと目を丸くする。
そのまま暫しの沈黙が流れた後、
「蓮宗くんがそう言ってくれるのなら、全然構わないけど、その……私でいいの? 自分で言うのもなんだけど、武器はともかくとして、私自身はまだ全然強くないよ。それこそもっと強い人に私の武器を貸した方が……」
「本気で倒したいからこそお願いしているんだ。確かに白城のプレイヤースキルはまだまだ発展途上だ。探せばより魔導書を使いこなせる奴も出てくるだろう。だけど、白城以上に信頼できる奴はいない」
レイドに挑む上で一緒に組む奴は、ただ強けりゃいいってもんじゃない。
呪獣転侵の存在を知ったとしても他の人間に口外しないこと、その前提条件がなければならない。
その点において白城は、俺の中では誰よりも信頼できる人物だ。
ましてや担う役割が戦術の根幹に関わるものとなれば尚更、白城以外の奴にには任せられないし、任せたくない。
「だから……俺と一緒に悪樓を倒すのに協力してもらってもいいか?」
「……うん、分かった。それじゃあ、できる限り蓮宗くんの力になれるように頑張るね」
「ありがとう、助かる」
話の目処が立ってこれでようやく肩の荷が……残念ながら降ろせない。
もう一つ白城に話しておかなきゃならないことが残っている。
(……あまり気乗りはしねえけど、これはちゃんと確認しとかなきゃ駄目だよな)
何故かさっきよりも緊張に襲われながらも、意を決して俺は白城に言う。
「――それで、話は変わるんだけど。今回のゴタゴタが片付いたら……今組んでいるパーティーをどうするか考えておいて欲しいんだ」
言い終えたその瞬間、白城の表情が翳りを見せた――ような気がした。
「白城が俺と組んでいるのって、白城のプレイヤースキルの上達の為だったろ? それでいうと目的はもう概ね達成しているわけで、もう俺がいなくてもやっていけるはずだ」
白城がどこか悲しげに何か言いたそうな素振りを見せるが、待て、と手で制してから俺は言葉を続ける。
「別にこれは解散したいから言っているわけじゃない。寧ろ、俺としては今後も白城が一緒にいてくれた方が滅茶苦茶助かる。でもさ……ここが白城が普通にアルクエをやれるかの分岐点だと思うんだよ」
「……分岐点?」
「ああ。俺の目標はネロデウスを倒すことだ。だからこれからもネロデウスだったり、その眷属だったりと戦う機会が多くなる。そうなると必然的に白城も獣呪に冒される可能性が高まる。んで獣呪が発症しちまったら、俺みたいに結構重めのデメリットを背負ってプレイしていかなきゃならなくなる」
それなりの恩恵があるとはいえ、一度発動すればデスが確定する解除不能のデバフスキル。
人によってはデータリセットが頭に過ぎってもおかしくない案件だ。
そうじゃなくても身内以外でパーティーを組もうものなら、腫れ物扱いにされることは避けられない。
「できることなら、白城にはこうなっては欲しくない」
始めたての初心者をそんな状況に陥らせるのは流石に酷というものだ。
「俺はもう完全にレールから外れちまったけど、白城はまだ戻れるはずだ。だから、その……なんだ。今すぐ答えを出す必要はないけど、そこら辺のこともちょっと考えておいてくれ」
――これは白城の為を思ってのことだ。
そう自分に言い聞かせながら伝えるも、心に何かもやっとしたものが突っかかるのを感じるのだった。
一度発症してしまった獣呪を完全に解く方法は、一応存在はしています。