決戦に向けて
悪樓討伐に向けて、やらなければならないことはたくさんある。
対悪樓に合わせた装備を揃える。
悪樓の行動パターンを調べ上げ、得た情報を基に戦術を組み立てる。
他にも色々あるけど、兎にも角にもまずはレベル上げだ。
最低限、勝負の土俵に立つ為の最低条件として、基本職の最大レベルである30にしておかないと、そもそも話にすらならないだろう。
そして、レベリングを早く終わらせるには、経験値効率の良い敵を見極める必要がある。
一応、どのエネミーで経験値を稼ぐかは速攻で決まったものの、諸々の下準備を終える頃には日付が回ろうとしていたので、結局この日はそのままお開きとなった。
個人的にはそのまま徹夜でレベリングを敢行しても良かったのだが、悲しきかな今は平日の真っ只中――次の日には普通に学校がある。
まだ急いでレベリングを終わらせなければならない状況でもないし、効率の悪い周回方法で睡眠時間を削るっていうのも勿体無いので、俺も素直にログアウトすることにした。
* * *
そんなわけで翌日。
昼休みになった現在、俺は別棟の屋上前で昼飯を食いながらARフォンでSNSやら掲示板を漁って悪樓に関する情報を集めていた。
「……今のところ大きな動きはなし、か。まあ、そうだろうな」
もうちょっとで発売一周年を迎えようとしている今も新規プレイヤーはどんどん増えているが、そういったプレイヤーの大半は俺みたいに学生や社会人だ。
今、俺が学校に来ているのと同様に、他のプレイヤーの多くは学校やら仕事やらで家を空けているので、まだ本格的には討伐に向けた行動を起こせていないのだろう。
実際、SNSや掲示板を覗いてみても、レイドパーティーの人員集めをしていたり、結成は済んではいるものの、活動を行うのは今夜からというケースが殆どのようだった。
中には一部、平日の真昼間からログインできる大きなお友達はいなくはないが、廃人レベルのプレイヤーであれば、もうとっくにこのゲームを始めているだろうから、そこまで気にしなくても問題ないはずだ。
だからと言って、あまり悠長にしていられないというのも事実ではある。
「少なくとも今日中に悪樓の行動パターンの把握かレベリングのどっちかだけでも終わらせとかないとな」
今日がまだ木曜という事実や準備に必要な期間などを踏まえると、恐らくプレイヤーの多くが本格的に悪樓討伐に乗り出すのは、土日になる可能性が高い。
平日の夜に無理して挑むよりも、時間に余裕がある休日に挑む方が良いに決まってるからな。
だが、そのように準備を進めて当日を迎えると、混雑する遊園地のアトラクションに待機列が発生するように、行ってもすぐに挑めないなんて状況に陥ることは容易に想像できる。
奴がそう簡単に倒されるとは思えないが、もしかしたらの可能性も考慮すると、念入りに時間をかけ過ぎるのは悪手になりかねない。
そうなると狙い目は明日――金曜の夜ということになる。
金曜の夜なら悪樓に挑むプレイヤーはまだそう多くないだろうし、俺も準備を万全に整えるだけの猶予もある。
それと幸いなことに、明日は終業式で昼には学校が終わる。
おかげで仮に今日で準備が終わらなかったとしても、明日の午後に頑張ることで夜に間に合わせることは出来るはずだ。
一つ、最大の問題があるとすれば――
「一緒に戦ってくれるメンツをどうするか……だよなあ」
共闘メンバーの確保。
この問題を解決しない限り、まず俺に勝ち目はない。
悪樓が強くて一人じゃやられてしまうとかそういった話ではなく、それ以前にまず圧倒的に火力が足りていないってのが原因だ。
ボス戦に制限時間なるものは存在していないが、俺のスキルスロットには呪獣転侵が眠っている。
数ある効果の一つに低確率で自動発動などという、ある意味自滅よりも最悪のデメリットがあるせいで、戦闘に時間をかけること即ち自殺行為と成り果ててしまっていた。
自動発動する確率に関しては、まだちゃんと検証はできていない。
けど流石に何時間も発動しませんよって淡い期待は持たない方がいいだろう。
それに制限時間がないとはいえ、レイドボス相手に耐久戦を仕掛けるのは悪手のような気がしてならない。
確証はないんだが、あの運営がそんな甘えた攻略法を許すとは思えない。
どうであれ、短時間で撃破する方法を模索するべきだ。
手っ取り早いのは、掲示板で募集しているパーティーに参加するか、自分で募集をかけるかのどちらかになるが、呪獣転侵がある以上、この方法は止めた方が良さそうだ。
時間経過で自滅する可能性があるってだけで地雷扱いされるのは目に見えているし、何よりこのスキルは災禍コンテンツに関するものだから、人目がつくところで発動させるべきではない。
そうなると残された道は、仮にスキルが発動してしまったとしても、存在を大っぴらにしない信頼できそうなメンバーを直接スカウトするくらいしかない。
しかし、この方法では、時間的な問題で集められる人数に限りがある。
加えて必然的にパーティーの形式は少数精鋭にせざるを得ないし、そもそも俺にスカウトの経験が無いから、無事に集められるかどうかも怪しいところだ。
「はぁ……マジでどうしたもんかな。戦闘に関しては、あの兄妹に頼れないし」
自分たちにはあまり関係ない事のはずなのに、ライトとひだりは裏方としてバックアップに回ると申し出てくれた。
それだけでも滅茶苦茶有難いし心強くもあるが、人手不足に関しては自分で解決するしかない。
何か良い方法はないか色々考えてみるも解決策は一向に見つからず、再度盛大にため息を溢した時だ。
ふと、誰かが階段を登る音が聞こえてきた。
「……来たか」
誰が来たのか予測はついているが、念の為、開いていたARの画面は閉じておく。
それからARフォンをポケットにしまったところで、階段の影から足音の主——白城が姿を現した。
「お待たせ、蓮宗くん。その……待たせちゃった、かな?」
「いいや、俺もさっき来たとこだ。まあ、座りなよ」
白城が座れるスペースを空けながら、俺はそう促した。