渓谷の異変、広まって
獣呪のスリップダメージによって、一足先にビアノスへ颯爽と帰還した俺は、街の北門で三人が帰ってくるのを待っていた。
「——あいつらが戻ってくるまで暇だな」
デスペナでパラメーターは更に下がっているし、その対策で所持金全てをシラユキに預けて空にしてあるから、手持ち無沙汰で仕方ない。
加えてあまり人目につかないように街からそれなりに離れた場所で検証を行っていたから、シラユキたちが帰ってくるまではもう少し時間がかかるはずだ。
それまであまりにもやることがないので、さっきの呪獣状態について検証したことについてサッと振り返ることにした。
「まずは……スリップダメージからにするか」
スリップダメージは二秒毎に発生し、その際のダメージ量は全体HPの二パーセント強といったところ――HPが低いから正確な数値は分からないが、大体九十〜百秒で全損すると思われる。
ポーションや回復術でHPを回復すれば延命は可能だが、スキル発動から百八十秒経過すると、今度はスリップダメージと並行する形で最大HPの減少が始まる。
最大HPの減少は一秒毎に発生し、割合は一パーセント弱といったところ。
減少が始まってから大体百二十秒が経過した辺りでHPは全て消失し、そこで俺はデスポーンとなった。
つまり、スキル発動からデスするまでの猶予はどんなに長くしても三百秒前後――およそ五分間が俺に許された猶予時間ということだ。
五分で倒せなきゃ自動的に敗北となり、仮に五分以内に倒せても解除できないスリップダメージのせいで結局お陀仏になるということ変わらない。
……どの道死ぬ以外のルートがないとか、冷静に考えれば普通にクソゲー案件だよな。
「まあ、今更突っ込むのも野暮だな」
説明文の内容を見るに、死ぬ以外にも何らかの対策は存在しているみたいだし、ゲームを進めていけばその内デメリットもある程度は緩和できるようになるだろう。
それに実際に使ってみて、自身の死を対価にするのも納得できるくらいには、得られる恩恵が強力だった。
アーツスキルのループできるレベルでのリキャスト短縮は言わずもがな、何気に破格の性能を誇っていたステータス強化。
強化倍率の高さもそうだが、それよりも注目すべき点は、バフのかかる対象がSTRやAGIといった基礎パラメータではなくATKやSPDといった最終ステータスだということだ。
これによって何が起こるかというと、まず他のバフと重ねがけした際にステータスの上昇幅が大きくなる。
というのも、通常のバフで基礎パラに補正がかかった上にステータス側の強化補正が入るからだそうだ。
だが、それ以上に強力な点として挙げられるのは、最終ステータスにバフが乗る――即ち、装備込みの数値で強化がかけられるということだ。
つまり装備している武器や防具が強力であればあるほど、火力と耐久も比例して上昇するということになる。
よくよく考えなくても、リキャスト短縮よりこっちの方が数段エグい性能してるだろ。
運営もよくこんな壊れスキルの実装に踏み切ったな、おい。
兄妹曰く、最終ステータスにバフがかかるスキルは、まだ数える程しか発見されておらず、最上位層のプレイヤー間でも所持者はあまり多くはないとのことだ。
……あ、それと説明文の効果内容には書かれていなかったが、おまけ効果としてスタミナの消費量も減少していた。
リキャスト短縮とステータス強化に比べれば地味だが、おかげでアーツスキルを連発しても完全疲労になることなく動き回ることもできたから、こいつも強力な恩恵と言って差し支えないだろう。
状態異常無効に関しては、そもそもビアオーノ街道に状態異常攻撃を仕掛けてくる奴がいないから検証は見送りにしたが、まあこれに関しては確認するまでもないな。
「そう考えると、確定死も一種のバランス調整に思えなくもない……のか?」
いや、やっぱクソだわ。
スキルのスロット枠が六つも無駄に食い潰されているわけだし、何より発動=死をどうにかしないと、一番使いたいタイミングであるボス戦とかで発動できないのが痛過ぎる。
しかも常に暴発する危険性も付き纏ってるし。
TAなら倒した時点でタイマーストップになるからいいけど、このゲームの場合、リスポーン地点を更新しないで死ぬと、また一からやり直すハメになる。
五分以内でボス撃破した上で、街の中まで全力で走って宿屋に駆け込む。
それが出来れば問題ないんだろうが、全身を真っ黒な煙に覆われた奴が街の中に入ったら確実に騒ぎになる。
とまあ総評すると、自ら背水の陣を敷き、強制的にデスマッチに移行させるガチもんの奥の手――っていうのが、呪獣転侵への認識だ。
「……しっかしまあ、まだ戻ってこねえか」
当然か、検証場所に行くまでまで片道二十分くらいかけたからな。
仕方ない、もう少し大人しく待つとするか。
小さく溜息を吐きながら、街の外をぼーっと眺めていたそんな時だ。
「――おい、ネクテージ渓谷のエリアボスが豹変したって話本当か!?」
「ああ、間違いない! 遭遇したプレイヤーが残したスクショも確認したし、街にいるNPCの話題もそれで持ちきりだ。しかも、噂を聞きつけた有名どころのクランのプレイヤーも現地に確認しに行ってるらしいぞ」
「マジかよ! やべえじゃん!」
すぐ近くにいたプレイヤーが、何やら慌ただしい様子で会話を繰り広げているのが目に入った。
ん……ボスが豹変?
俺が戦った時は、普通の壊邪理水魚だったぞ。
ちょっと話を聞いてみるか。
「なあ、ちょっといいか?」
「ん、なんだ……って、ヒイッ!? な、なんでしょうか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあるだけなんだけど」
「は、は、はいぃっ! なんなりとどうぞっ!!」
おい、流石にビビりすぎだろ。
……まあ、いいや。
「壊邪理水魚が豹変したって話、マジなのか?」
「は、はい。その通りです。スクショを持ってますので、良かったらお見せしましょうか?」
「いいのか? じゃあ頼む」
「こちらになります。どうぞご覧ください!」
通りすがりのプレイヤーは、俺が武器チェンするくらいの速さでメニューを操作して、豹変した壊邪理水魚のスクショを俺に差し向ける。
「サンキュー。……って、うわデッカ! 何、こいつ!?」
「NPCから聞いた話によると悪樓ってこの地に古くから伝わる怪物らしいです。でも、なんでそんなエネミーが発生したのかまでは……」
「あー、それはいいや。悪かったな、時間取らせちまって」
「いえ、滅相もございません! ででで、では、僕たちはこれで失礼します!」
ほぼ直角になるくらいまで勢いよく頭を下ろし、通りすがりのプレイヤー達は逃げるように立ち去って行った。
「はあ……そんなに俺の顔って怖いのか?」
内心ちょっとだけ傷ついたが、それは一旦置いておくとして。
スクショに映っていた巨大な怪物を纏う黒いオーラに、周囲に残る黒いエフェクト。
あと時系列を考えれば、自然とこの答えに辿り着く。
――あの化け物を生まれたのは、あそこで俺とネロデウスが戦闘を繰り広げたからだ。
悪樓は自然界に存在する生物ではありません。
壊邪理水魚が何者かによって生態を半強制的に変質させられることで、悪樓に変化するのです。
つまり、伝承になるくらい過去に黒いあれに襲われた悲しき子が……