射程圏外からの不意打ち
武具屋の店主――ハンスに連れられてやって来たのは、川沿いとは外れた道を進んだ先にある崖に囲まれた場所だった。
「あそこに飛んでいるのが私を襲ってきた魔物で、近くの巣にあるのが奪われた荷物だ」
「うっわー……随分と厄介なところにいるな」
行き止まりになったところでハンスが指を指したのは、地上から大体十五メートル辺りにある崖の中腹。
そこには猛禽類のようなエネミーが巣を作っており、巣の中からは大きめな袋があるのが確認できた。
「あれって、禿鷹か? にしては、ちょっとデカいような……」
「確かに。言われてみればそうだね」
ここまでの道中、何度かヴァルチャーとは戦ってきたが、そいつらよりも図体が二回りくらい大きいのが遠目からでも見て取れる。
「あれはドン個体だ。ここら一帯のヴァルチャーをまとめ上げている」
「へえ、そういうのいるんだ。じゃああいつは、文字通り的な意味でのボスエネミー的存在ってことか。しかしまあ、あれに襲われるなんてあんたも災難だったな」
「ああ、そうだな。だが……まだこうして命があるだけでも僥倖だったと考えるべきだろう。まだ私は、アイシャを置いて逝くわけにはいかないからな」
少し重々しさを感じさせる口調でハンスは言う。
……そういえば、NPCって一度死んだらどうなるんだ?
プレイヤーみたくリスポーンするとは考えにくいよな。
だとすると——いや、これ以上はよそう。
それよりも今考えるべきなのは、どうやってクエストをクリアするかだ。
「……それで、あんたの依頼はあそこにある荷物を回収して欲しい、と」
「その通りだ。ただ、今すぐやってくれというわけではない。無理に倒す必要はないが、あれを取り返すには空飛ぶヴァルチャーを相手にしなくてはいけないし、そもそも巣に行くためには、あんな高い所まで登らないといけない。お前さん方の今の装備では、流石に無理があるだろう?」
「まあ、そうだな」
仮にこのまま戦闘に入ったとして、ドン・ヴァルチャーにずっと上空に居座られてしまうと、俺はただのお荷物にしかならない。
前衛職の宿命といえばそれまでだが、本来ヒーラーのシラユキに攻撃を任せきりにするのは些か効率が悪過ぎる。
せめて俺も弓矢のようなコンスタントに攻撃を仕掛けることができれば、少しは話は変わったかもしれない。
まあ、残念ながら戦士だと弓は装備できないから、あったところでどうしようもないんけど。
加えて、岩場を登るのにはつるはしが必要だという。
本来の用途は鉱石系アイテムの採掘に使うらしいが、ちょっとした距離であればピッケルの要領でロッククライミングも可能とのことだ。
じゃあ、そのつるはしを持ち合わせているかというと、答えは勿論、否だ。
別にアイテム採取に来たわけではないし、そもそも装備を新調して残りの所持金が回復アイテムを補充するくらいしか残っていなかったから、道具屋で購入するという選択肢すら無かった。
——でも生憎、それで「はい、そうですか」なんて簡単に引き下がれるほど、俺は素直にゲームをするタイプじゃない。
理論上、人力での勝算があるのなら、その時点で勝負を挑みに行くのがRTA走者というものだ。
というか、単純に一旦街に帰ってからまたここに戻ってくるのが面倒くさい。
「んじゃ、さっさとあいつをぶっ倒して荷物を取り返すとするか」
「……ん? いやお前さん、さっきと発言が矛盾してないか?」
「ああ、だからこそ挑むんだよ。それにあんたも荷物がずっと魔物の巣にあるとか嫌だろ? まあ、見てなって。すぐあいつをぶっ倒して取り返してくるから。——よし、つーわけだからやるぞ、シラユキ」
「えっ!? ……う、うん!」
この様子だとシラユキも一度準備を整えてから、改めてここに来ると思ってたな。
俺はインベントリを開きながら、シラユキに指示を出す。
「敵の位置は厄介だけど、やることは一緒だ。発動待機が終わり次第、即座にエナジーショットをぶっ放してくれればいい。バフは……今回は使わなくてもいいな」
基本行動がヴァルチャーと一緒なら余裕で避けられる。
奴の攻撃パターンは、もう大体頭に入っている。
「分かった。でも、その間ジンくんはどうするの?」
「シラユキにヘイトが向かないようあいつにちょっかいをかけておく」
ブロードソードをインベントリに収納し、代わりにオークの石槍を装備する。
昨日の襲撃で二本消費したものの、インベントリの中にはまだまだ在庫を余らせてある。
正直、邪魔だったんだよな、これ。
このゲーム、アイテムを大量に持ち過ぎるとAGIに下降補正がかかる仕様がある。
実を言うと、軽くその状態になりかけてる。
だから、さっさとこいつを処分したかったんだが、作りが粗末過ぎるせいか、売っても全くと言ってほど金にならないから、ずっと持て余してたんだよな。
「石槍……? そんなのに持ち替えてどうするつもりだ?」
「ん、そんなの決まってんだろ。敵が遠くにいる時の槍の使い方なんてよ。あんたは巻き込まれないよう下がってな」
訝しげな視線を送るハンスを遠ざけ、シラユキに術発動の合図を出してから俺はドン・ヴァルチャーの巣に近づき——
「オラァッ!!」
先制攻撃。
渾身の力を込めて石槍を思いっきりぶん投げた。
投擲した武器にもダメージ判定があるというのは、昨日の粘着プレイヤーで確認できている。
プレイヤーでダメージがあるなら、エネミーにも通用するはずだ。
放たれた石槍は、無警戒状態のドン・ヴァルチャーに向かって真っ直ぐ飛んでいき、翼の付け根辺りに深々と突き刺さった。
「キェエエエッ!!?」
突然の攻撃にヴァルチャーが甲高い悲鳴を上げる。
よし、問題なし。
この感じだとダメージはちゃんと通ってそうだ。
「おい、高みの見物してねえで、こっちに降りてこいよ!!」
ドン・ヴァルチャーが俺の存在に気づくと同時に挑発を発動。
ヘイトを俺に集めつつ、新たな石槍に装備を入れ替える。
素直に襲いかかってくれるなら返り討ちに、空中に留まるのなら石槍を投げ続けて撃ち落とすだけだ。
スキルも何もないただの投擲だから、次は命中させられるか微妙ではあるが、そこは数撃ちゃ当たる戦法でいいだろう。
そんなわけで二発目の槍を投げ放とうと腕を振り上げた時、後ろからハンスが慌てた様子で俺に向かって叫んでくる。
「——すまない、言い忘れてた! ドン個体になったヴァルチャーは鎌鼬を飛ばしてくるから気をつけてくれ!」
「……え?」
瞬間、ドン・ヴァルチャーが上空から翼を大きく羽ばたかせ突風を巻き起こすと、幾重にも連なる風の刃となって俺へと襲いかかってきた。
「そういうのは、先に言えっつーの!!」
実は、一部の武器であれば、ピッケルの代用品として扱うことが可能だったりします。
ただし、耐久値がゴリゴリに削られるのと、通常時よりも崖登りする際のスタミナ消費量が上がってしまうので、大人しくピッケルを買ってきた方コスパがいいです。