大河の渓谷、クエストは連鎖する
「——ジンくんって、ぶっきらぼうに見えて、実は凄く優しいよね」
シラユキに指摘されのは、店を出て街の外に向かう途中のことだった。
「……そうか? ぶっきらぼうってのは自分でも分かるけど」
「うん、そうだよ。……自覚なかったんだね」
言って、シラユキはくすりと微笑む。
それがなんだか無性に気恥ずかしくなり、つい顔を逸らしながら曖昧に返事をする。
「何をどう見たらそんな風に思うんだよ」
「え、だって……ジンくんって困ってる人を見かけたら、すぐ助けようとしているから。さっきもそうだし、昨日も——それに一昨日も」
「……別に相手のことを思ってやってるわけじゃない。話の流れだったり、単に俺が落ち着かないからそうしているだけだ。言ってしまえば打算でしかない。幻滅させるようだけど、誰かのために動けるほど俺は人ができてねえよ」
さっきはシラユキと考えていることが一致こそしたが、それはクエストを受けられるかもしれないという思惑があったからだ。
ぶっちゃけ女主人が困ってるからどうにかしたい、という気持ちはそこまでないというのが正直なところではある。
良い印象を抱いているところ悪いなと思いつつも、包み隠さずに胸の内を伝える。
しかし、シラユキの微笑が崩れることはなく、それどころか更に嬉しそうに目を細めてみせた。
「ほら、そういうところ。……うん、やっぱりジンくんは優しいよ。それじゃあ、早く旦那さんを探しに行こ!」
「……? ったく、訳分かんねえな」
足早に前を歩くシラユキの背中を眺めながら、俺は小さく呟く。
ビアノスとクレオーノを繋ぐビアーノ街道を真っ直ぐ突っ切り、程なくして辿り着いたネクテージ渓谷の入り口で、俺は眼前に広がる光景に思わず息を呑んだ。
「――ここが、ネクテージ渓谷か。……渓谷っていうかもはや大峡谷だな」
エリアを挟む二つの崖は頂上が見えないほど高く切り立ち、幅三十メートル以上ある谷底には草木が鬱蒼と生い茂っている。
なんていうか……グランドキャニオンを自然豊かにしたみたいだな。
「わぁ……凄い景色……! 崖の上ってどうなっているのかな?」
「調べた感じだと、上は平地で森林が広がってるらしいぞ」
ネクテージ渓谷は、東西それぞれに聳える台地を挟むようにして形成されていて、奥に進んでいけばエリア全体を縦断する大河が流れている。
……って、攻略サイトに書いてあった。
どうやらクレオーノ方面からだと両方の台地の上側に歩いて行くことができるらしいが、ビアノス方面は断崖絶壁しかないので、こっちからだとロッククライミングで無理矢理登るしか方法はない。
だが、岩登り中はスタミナを消費する上に、おまけにある程度の高さまで行くと飛行系のエネミーが襲ってくるようになる。
そんな中を命綱無しで登るのは、とてもじゃないが現実的ではないとのことだ。
上まで登れたらボススキップができそうだし挑戦してみたくはあるけど……まあ、諸々の攻略が落ち着いてからだな。
とりあえず今は、クエストに集中するか。
「……よし、サクッと旦那を見つけ出すとしようぜ」
「うん! 頑張ろう!」
早速、奥を目指して歩きだすと、隣でシラユキは「おー」と意気込みながら控えめに拳を突き上げた。
探索開始からしばらくして、出てくる敵をサクサク倒しながら進んでいると、川岸で疲弊しきった男が腰を降ろしているのを発見した。
プレイヤー……ではなさそうだな。
着ているのは普通の服っぽいし、武器らしきものも装備していない。
何より、プレイヤーであれば頭上にプレイヤーネームが表示されているはずだ。
「ジンくん、あれってもしかして……?」
「ああ、多分あいつがあの主人の旦那だろうな」
近くにエネミーがいないことを確認してから、男の元へ歩み寄って声を掛けてみる。
「……なあ、ちょっといいか?」
「——ひぃっ!? 野盗!?」
「いや、違うけど」
「済まないが、お前達に渡せるようなものは何も持ってないんだ! でも、どうか命だけは取らないでくれ!」
半ば狂乱するように叫ぶ男の顔は、もうすっかりと青褪めてしまっている。
……なんかやけに警戒しているっていうか、怯えてる?
何にせよこれだと会話にならなそうだし、落ち着いてもらう必要があるか。
「おい、まず話をき——」
「この通りだ! 頼む!! どうか命だけは……!!」
「ああ、もう! だから、落ち着けって!!」
こっちの話に聞く耳を持たないまま必死に土下座してくるから、思わず怒鳴りつけてしまう。
男は唖然とした様子でこちらを見てぴたりと固まるが、これで話は聞いてもらえそうだ。
はあ……やっと落ち着いたか。
「俺らはあんたの妻に頼まれて、あんたを探しに来たんだ」
「へ……アイシャが?」
「名前は聞いてないから知らん。けど、教会とコネがある武具屋の主人って言えば、あんたのことで間違いないだろ?」
「あ、ああ……その通りだ。そうか、助けに来てくれたのか。取り乱して済まなかった。つい、お前さんが野盗に見えたものだから」
「おい。それ絶対、俺の人相で決めつけただろ」
NPCにまで悪人判定されるんのかよ。
目逸らすな、そうされると余計傷つくから。
リアルに顔寄せなきゃ良かったと、今更ながらにほんの少しだけ後悔しつつも、それよりもまずは話を進めることを優先する。
「はあ……とにかく、あんたの妻が心配してあんたの帰りを待っている。さっさと街に戻るぞ」
「……いや、少し待って欲しい。お前さん方、もしかしなくても探索者だろう? なら、一つ頼みたいことがある」
「ん、どうした? 結構深刻そうな顔してるけど」
少しだけ言い淀んでから、店主は申し訳なさそうに口を開く。
「その……少し前に荷物を魔物に取られてしまったんだ。報酬は出すから、どうにかそいつから荷物を取り返してくれないか?」
「まあ、別に構わねえけど。……シラユキ、どうする?」
「このままだと店主さんが困るだろうし、やろうよ」
「……だそうだ。それじゃあ、その魔物がいるところまで案内してくれ」
「済まない、恩に着る」
店主が頭を下げると、目の前にポップアップが出現する。
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[クエスト『奪われた荷物』を受注しました]
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あ、クエスト発生ってこういうパターンもあるのな。
クエストAを受けていて、その攻略過程でクエストBが発生することはそれなりにあります。
必ずしも発生したクエストBを受注する必要はありませんが、その場合、他のプレイヤーも受注可能になり、そのまま手柄を掻っ攫われる可能性もあるので、受注することを勧めます。