統一する装備、武具屋の悩み
今日、明日は6時〜21時まで3時間置きに更新します。
時は流れ、次の日の夜。
今日も今日とてアルクエにログインし、宿屋の個室からロビーに移動すると、そこには既にシラユキの姿があった。
「――悪い、待たせちまったか」
「ううん、私もさっきログインしたところだから大丈夫。……それで、今日はジンくんのクエスト体験だったよね?」
「ああ、今度は俺が教わる番だな」
このまま速攻で次のエリア攻略に入ってもいいが、その前に一度クエストをこなしてみる予定だ。
昨日、一昨日とほぼ戦闘しかやってこなかったからな。
ここらでさっとでもいいから、メインコンテンツには触れておきたいところだ。
「けど、その前に装備の新調もしとかないとな」
シラユキは頭装備と腕装備だけ購入していたみたいだが、他は初期防具のままだし、俺に関しては未だ何にも手をつけてすらいない。
冒険を進めればその分敵も強くなっていくから、ここらで一度装備を整えておくべきだろう。
いくら耐久を重視していないとは言っても、別に縛りプレイを課しているわけでもない。
防御力は無いよりはあった方が断然良いし、それと装備について調べてみたら、防御力が上がる以外にもメリットがあるみたいだし。
「それじゃあ、そろそろ移動しようぜ」
「うん、そうだね」
大方の予定は日中、学校にいる間に決めてあるから長居する理由もない。
早速宿屋を出て、メニューからマップを開いてまずは武具屋に向かうことにした。
店に売ってる防具は、お世辞にも性能が良いとは言い難かったが、ただの衣服である初期装備と比べればずっとマシというもの。
という訳で、とりあえず安くて使い勝手が良さそうなレザーシリーズ一式を購入してみた。
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【レザーキャップ】
魔獣の毛皮を素材に作られた頭装備。使い手を選ばない頑丈な作りになっている。
・DEF+4、SDEF+1
【レザーベスト】
魔獣の毛皮を素材に作られた胴装備。シンプルなデザインで誰でも扱える。
・DEF+6、SDEF+2
【レザーグローブ】
魔獣の毛皮を素材に作られた腕装備。軽くて丈夫な作りをしている。
・DEF+3、TEC+2
【レザーパンツ】
魔獣の毛皮を素材に作られた腰装備。動きやすさを重視した作りになっている。
・DEF+4、SDEF+1
【レザーブーツ】
魔獣の毛皮を素材に作られた脚装備。万人向けに歩きやすく作られている。
・DEF+3、TEC+2
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防具を買わずにいたから今まで知らなかったが、どうやら頭防具だけは非表示にすることができるらしい。
装備変更する時にポップアップが出てきて初めて気づいた。
今回は機能のお試しということで、表示しないを選択しておいた。
そうして、可もなく不可もない無難な見た目をした革製の防具に身を包み、軽く身体を動かしてみる。
うん、説明文に書いている通り結構動きやすくはあるな。
それに若干、体が軽くなったような感覚もあるというか、恐らく実際にそうなっているはずだ。
防具にはシリーズボーナスというものがある。
同じ系統の防具を揃えて装備することで、何かしらの追加効果が付与されるというものだ。
シリーズボーナスは三つから適用され、全て同じにすることで効果がフルで発揮される。
例えば、俺が装備したレザーシリーズの場合、SPDとTECの数値が+5のボーナスがついている。
どこかの装備を変更すれば、この補正される値が減少するようになっている。
俺がこいつを選んだのは、値段が安いという以外にこの二つのステータスに補正がかかるからでもあった。
ただ、ぶっちゃけ補正の数値としては微々たるものではあるけどな。
それでも序盤で+5はそれなりにデカい数値だし、冒険を進めてより強力な装備にグレードアップしていけば、シリーズボーナスの恩恵もより大きくなっていくらしい。
だから明確な理由でもない限り防具は、一つのシリーズに統一してシリーズボーナスを発動させるのが賢明な選択と言えるだろう。
ちなみに村人シリーズは揃えてもシリーズボーナスは発揮されないとのことだ。
どうやら全てのシリーズに適用されるわけではないらしい。
「あとは青銅の盾から”ライトバックラー”に持ち替えて、と……よし、オッケー。おーい、こっちは装備変更終わったぞー」
部屋の隅にある試着室に向かって声をかける。
中ではシラユキが今購入したばかりの防具に着替えているはずだ。
装備変更は画面操作で一瞬で済むし、エフェクトで素肌が見えないようになっているからわざわざ試着室に入る必要はないのだが、人前で着替えることに抵抗があるプレイヤー向けへの配慮というものだろう。
あと姿見を設置してあるから、新しい装備に変えた自分の格好を確認するためだったりもする。
「お待たせ。その……どうかな?」
カーテンが開き、新しい装備に変えたシラユキが出てくる。
なるほど、これがシラユキの新装備――確か見習い修道士シリーズだったか。
まず目に映るのは膝上あたりまで裾があるゆったりとしたローブだ。
白を基調としていて、所々に金色と浅葱色の意匠が施され、胸元にはどこか見覚えのある紋章がある。
この紋章は……そう、教会の神父が着ていた法衣についてたのと一緒のやつだ。
じゃあ、シラユキのローブは教会によって作られたということか。
なんで教会の装備が街の武具屋で買えるのかは少し疑問ではあるが、まあゲームだからそういうのもありなんだろう。
それとローブに合わせるようにして手袋やブーツといった小物も変わっており、全体的な色合いとシラユキの雰囲気が相俟って、どこか神聖さが滲み出ているような印象すらあった。
「そうだな、なんというか……ヒーラー感が出て良いと思う。うん、とにかく似合ってるぞ」
「本当? 良かったぁ……」
言いながら自分でも褒め言葉なのか疑いたくなる感想だったが、それでもシラユキはどこか嬉しそうに胸を撫で下ろしていた。
どうしてかは知らんけど……まあ、いいか。
「ジンくんのもよく似合ってるよ。さっきより冒険者っぽくて頼もしさが出てる感じがする。……あ、元が頼りないとかって思ってたわけじゃないよ」
「そうか、ありがとよ」
語弊を生まぬようにと咄嗟に訂正を加えるシラユキの姿にふっと笑みを溢していると、近くではこの店の店主らしき女性が穏やかに目を細めていた。
パッと見二十代後半といったところだろうか。
「どう、気に入ってもらえたかしら?」
「ああ、悪くない」
「はい! ありがとうございます」
「ふふ、それなら良かった」
神父と話していた時にも思ったが、このゲームのNPCってリアルの人間と話しているんじゃないかって錯覚するくらい、すごく自然な振る舞いをしてるよな。
それだけ搭載されているAIの性能が高いってことか。
なんかちょっとした世間話すらできそうだよな。
よし、それならちょっと試してみるか。
「そういや……シラユキのローブって教会のマークがついているけど、これって教会が作って売ってるのか?」
「ええ、そうよ。でも、普通だったらこんな片田舎にある武具屋には、仕入れることはできない代物なの。多分、他の武具屋には売ってないはず」
「へえ、じゃあ何かしらのパイプがあるってことか」
「そんなところね。といっても、それは私じゃなくて旦那なんだけど。うちの旦那、教会の人間と仲が良くて、その方を通じて仕入れることができるようにしたの。まだ装備が充実していない探索者が無事に旅ができるようその手助けがしたいって、熱く語ってね」
「なるほど、そういうことだったのか」
……おいおい、めちゃくそ話してくれるじゃねえか。
しかも主人の旦那すっげえ良い人だし。
え、つーかもしかして、NPC一人一人にバックストーリーとかあるのか?
もしそうだとしたら、日々ユニクエが発掘されるのも納得だ。
「……ところで、その主人は?」
「数日前からクレオーノに商品を仕入れに行ってるわ。それで今日の夕方には戻ってくる手紙が来ていたけど……まだ帰ってきていないの」
思い詰めたように表情を暗くして女主人は言う。
ただすぐに笑顔に戻してみせるが、無理をしているのは一目で分かった。
「どこかでトラブってるとかか?」
「ええ、それならまだいいのだけど……」
恐らく、女主人が想定している最悪のケースは、旦那がエネミーに襲われることだろう。
クレオーノは次に向かう街であり、道中にはパスビギン森林と同じようにエリアがある。
帰る途中でトラブるとしたら、可能性としては一番そこがあり得そうだ。
「――なあ、シラユキ」
「――ねえ、ジンくん」
ふと、俺とシラユキの声が重なった。
思わず目を合わせると、互いにフッと笑みが溢れた。
なるほど……考えてることは一緒のようだな。
「……だったら、俺らで探してくるよ」
「え? でも……」
「装備品の情報を教えてくれた礼だ。気にするな」
「ありがとう……! 予定通りにクレオーノを出発しているなら今頃、ネクテージ渓谷にいると思うわ。それじゃあ……任せていいかしら?」
俺とシラユキはすぐに頷いてみせる。
「ああ、任せとけ」
「はい、必ず探し出して来ます!」
すると、バトルリザルトみたく目の前にポップアップが出現し、そこにはこう書かれてあった。
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[クエスト『帰らずの主人』を受注しました]
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クエストは基本、会話の流れによって自動で受注するようになっています。
例を挙げると、
NPC「魔物が出たんだ」
プレイヤー「そうなんだ」
NPC「これじゃ品物が入荷できない」
プレイヤー「じゃあ倒してくるよ」
↓
クエスト受注
みたいな流れになります。ただ、中にはポップアップが出て選択するものもありますが、大半は自動受注となっています。