暫しの寄り道、語られる経緯
ビアノスに入ってまず真っ先に案内されたのは教会だった。
とりあえず俺の欠損した腕を治すのを優先するためだ。
「おお、凄え……! ちゃんと腕が復活した」
到着してすぐ、神父に振り撒いてもらったポーションによって、すっかり元通りとなった左腕を軽く動かしながら俺は、ちょっとした感動を覚える。
すぐ近くでは、シラユキもパチパチと両手を合わせ、感嘆の声を上げていた。
ゲームシステム的な配慮からか、消失したはず服も一緒に再生されていた。
まあなんで服も元通りになるか気になるところだが、そこは深く考えなくていいか。
代償にお布施として所持金は結構持っていかれてしまったけど、デスペナでの損失額と比べればかなり安く済んでいるからそこはよしとしよう。
「最大HPもしっかり全快しているし、教会がくれるポーションの効果えげつねえな」
「ええ、なんといっても今お渡ししたのは、王都キンルクエから取り寄せた逸品ですから。私のような一介の司祭ではこれほどまでの物は作れません。それにいくら優れたポーションといえど普通の方ですとこうはいきません。探索者様だからこそ、このような奇跡が起こり得るのです」
教えを説くように語るのは、ポーションをくれた神父だ。
神父は、聖職者らしく法衣に身を包んでおり、いかにも僧侶って感じの見た目をしていた。
(王都キンルクエ、か)
取説に載ってた世界地図だと、確か大陸の北側に位置していたよな。
辿り着くにはかなり冒険を進めなきゃならないみたいだから、当分立ち寄ることはないだろうけど、国内最大の都市みたいだし、何気に俺の中で訪れてみたい街トップ3に入っていたりする。
「ふうん、全員が効果対象ってわけじゃないのか。ところで探索者って……?」
「このゲームのNPCは、プレイヤーのことをそう呼ぶんだよ。実在するかどうかも分からない理想郷を追い求めて、どこからともなくやってくる変わった人たちっていう認識でね」
「へえ、そうなのか。解説ありがとうな」
「どういたしまして。また気になることがあったらなんでも聞いてくれたまえ。大抵のことはアタシかライトが答えるからさ」
えへん、と胸を張るひだり。
「ああ、その時はよろしく頼む」
この二人といつまで一緒に行動できるかも分からないからな。
攻略サイトだったり掲示板には載ってない情報もあるかもだし、聞けるうちに色々話を聞いておきたいものだ。
そう心に決めながら、俺は神父に一言礼を告げ、祭壇を後にしようとすると、神父に呼び止められる。
「――お待ちください」
「ん、どうかしたか?」
振り返ると、神父がどこか不安げな様子で眉間に皺を寄せていた。
「……もしかしたら私の気のせいかもしれませんが、先ほどから貴方の中に何か良くないものがあるような感じがしてまして。もし、体に異変が現れたのなら、クレオーノの大聖堂に立ち寄ってみてください。司教様がお力になってくれるかと思いますので」
「良くないもの……ね」
ステータス画面を開いてみるが、状態異常とかそういった表示はない。
ただの神父の勘違いか、もしくは隠し数値的な何かがあるのか……まあ、分からねえもんを考えても仕方ねえか。
「オーケー、心の片隅に留めておくよ。そんじゃあな、腕治してくれてありがとよ」
「いえ、それでは探索者様の道行にどうか神の御加護があらんことを」
神父の別れの挨拶を背に、今度こそ俺は教会を後にした。
教会を出た後、俺たちは宿屋に場所を移していた。
別に腰を落ち着けさえすればカフェとか酒場とかどこでも良かったんだが、リスポーン地点の上書きをしたかったし、個室なら他プレイヤーの目を気にする必要もないからこっちにすることにした。
というかリアルタイムと連動してるのか知らんけど、道すがら見かけた酒場は開いてたが、カフェは既に閉店してあった。
本当こういうところ細かに作られてるよな、このゲーム。
まあ、それはさておくとして。
部屋を取った後、それぞれリスポーン地点の設定を終えてから俺の部屋に全員が集まったところで、シラユキがと遭遇するまでの経緯を話し始めた。
「——まず、きっかけはある一つのクエストでした。アトロポシアの外れにある小さな家に女の子が住んでいるんですけど、その子は謎の呪いに冒されていて、呪いを治すためにはパスビギン森林に生えている薬草が必要だと言うので、それを取って来て欲しいとその子のお母さんから頼まれたんです」
「……なんというか、RPGでよくあるおつかいクエストだな」
「うん、普通だね。ちなみにそのクエスト名って覚えてる?」
「はい、確か……『呪われた娘を助けて』って名前でした」
うん、やっぱり普通だな。
クエスト名に強敵出現の匂わせがないあたり、何も知らずにノコノコやってきた初心者を容赦なくぶっ殺す洗礼クエって感じではあるけど。
だけど、普通過ぎるからこそ疑問が生じる。
「発生場所も依頼内容も特段変わったことはないってなると、クエストがもっと認知されていてもおかしくはないよな?」
街の外れとはいえど、それなりに探索するプレイヤーならこのクエストに出会っていてもおかしくはない。
洗礼クエとなれば、それこそ広く知れ渡っているはずだ。
少なくとも俺が攻略サイトを漁った時に、そんなクエストがあるとはどこにも書かれていなかった。
「……そうだな。基本的にクエストは、一度クリアすると全く同じ内容のものは発生しないようになっているが、余程の例外がない限りは、代わりに類似したものが発生するようになっている。とはいえ、アトロポシアにかなりの人間がそれなりの期間滞在しているはずだから、受けられるクエストはあらかた開拓されたと思っていたが……どうやらそうではなかったみたいだな」
「アタシもアトロポシアで眷属が出現するクエストがあるなんて聞いたことないや。これでも始めたての頃は街中歩き回ったのになー」
ふーん、ガチ勢二人ですら知らなかったのか。
そりゃ攻略サイトに載ってないはずだ。
「となると……既に誰かが見つけてたけどずっと隠してたか、シラユキが第一発見者かのどっちかになるか」
「ええっ!? 私が、最初の……!? さ、流石に大袈裟じゃないかな……!」
「……いや、そうとは限らない。中身に大小はあれど、このゲームのユニークの数はあまりにも膨大だ。アイテム、スキル、クエスト——何かしらが日々新たに発見される程に。だから、シラユキさんが第一発見者という可能性は十分にあり得る。クエストが発生する前、何か変わったことが起きたりしなかったか?」
「変わったこと……あ、もしかして」
少し考え込んでからシラユキは、ステータス画面を開きウィンドウを操作し始める。
「クエストが発生する前日に珍しそうな称号を獲得したんです。これなんですけど……」
そして、シラユキがウィンドウを俺らに向け、指し示した先にはこう書かれてあった。
——【アトロポシアから感謝を賜る者】と。
ライフポーション
HP回復+最大HP回復。欠損した部位も再生する。
ただし、欠損した部位が元通りになるのはプレイヤーだけで、NPCは使ってもHPが回復するだけです。これはプレイヤー——探索者とNPCとでは身体の構造が異なることが起因しています。