黒く爆ぜて超えしは -2-
ダメージブーストでぶっ飛んでからほんの数秒。
気づけば戦闘状態が解除されている。
そりゃまあ、遠くにいたはずのサンドウォームを通り過ぎるレベルの速度でブッチぎれば当然ではあるか。
つーか、練習で何度も試運転を重ねて大分勝手が分かってきてはいたけど、二人で吹っ飛んでも速度が落ちねえとかどんだけ威力やべえんだよ、この盾。
(神足グリッチにも引けを取らねえぞ……!!)
自分の武器ながら黒禍ノ盾の特殊能力の性能に思わず笑いが溢れそうになる。
——けど、それどころじゃねえだろ。
「……っ!!」
今も尚、首から背中にかけて強く密着する柔らかな感覚。
恐怖で絶叫してしまいそうになるのを堪えて、落ちてしまわぬよう必死に俺にしがみつくシラユキの温もりが背中越しに伝わってくる。
というか、ちょっと首絞められかかってる。
まあでも、シラユキがここまで怖がるのも無理はない。
今の状態って、いわば安全レバーが下がってないジェットコースターに乗っているようなもんだし。
しかも、レールから浮き上がってまたレールに戻るような仕掛け付き——おまけにそのまま脱線して事故る可能性有りの——って、んなことはどうだっていいんだよ。
(あ”あ”っ、クソッ……!!!)
変に意識したら緊張で思考回路がショートしてしまいそうだ。
けどそうなれば俺とシラユキは、間違いなく仲良く落下ダメージでお陀仏だ。
いくらバフでVITを上げていたとしても、この速度で地面に突っ込もうものなら、例え着地点が砂原であっても落下死は免れないだろう。
どうにか平静を保ちながら俺は、インベントリからハイポーションを二つ取り出し、俺自身とシラユキに振り撒く。
まずはダメージブーストで失ったHPを回復、それから……久しぶりの出番だぜ、聖黒銀の槍。
戦斧の大楯をインベントリにしまい、代わりに聖黒銀の槍を左手に握り締める。
最近は他武器の攻撃力のインフレに置いていかれてめっきり使う機会が減ったこの武器だが、今はこれが最適解だ。
コイツで何をするかと言うと——、
「よお、俺らとスカイダイビングしようぜ。テメエがクッション役でなあっ!!」
近くを飛んでいたデスコンドルに槍を思いっきり突き刺し、足元に手繰り寄せる。
これで地面に激突した時の衝撃を少しでも和らげる。
地面とプレイヤーの間にエネミーを挟めば、丸々とはいかないが落下ダメージを抑えられることはダメージブーストの練習ついでに検証済みだ。
——多分そうじゃねえかって予想は、かなり前からついていたけどな。
「シラユキ、そろそろ落ちるから衝撃に備えろ!」
「了解……!」
若干、シラユキの震えた声が返ってきた直後、デスコンドルを巻き込んだことで僅かに吹っ飛ぶ速度が落ち、高度が徐々に下がっていく。
それから加速度的に落下速度は上がっていき、数秒もすれば地面が目の前に広がっていた。
「落ちるぞ!!」
大きく叫ぶと同時、下敷きにしたデスコンドルが猛烈な勢いを残したまま砂原と衝突する。
瞬間、爆発が起きたかと錯覚するほどの衝撃音が轟き、足元周辺にあった大量の砂を広範囲に吹き飛ばした。
「——ぐ、っ!」
ただし、あくまで着地の衝撃を和らげてくれるってだけで、ノーダメージってわけにはいかない。
僅かな振動が全身に伝わると、HPが二割弱削れる。
シラユキはというと、俺が更にクッションになっていたからか、一割程度の減少で済んでいた。
着地点が岩場だったら、もっとダメージを食らってたかもな。
まあ、それは置いとくとして。
「シラユキ、大丈夫か!?」
「う、うん。なんとか……」
背後に視線をやれば、シラユキがようやく地面に両足を付けれたことで一安心したのか、ヘナヘナと俺に寄り掛かりながら肺に溜まった空気を一気に吐き出していた。
(……ん”ん”っ!!!)
落ち着け、変に昂るな、気持ちを静めろ。
一回目の難所は何とか突破したが、まだ危険地帯のど真ん中だ、冷静さを欠けば事故デスに繋がる。
さりげなくシラユキを地面へ丁重に降ろしながら、すぐ近くで横たわるデスコンドルに視線をやる。
俺らが軽傷でやり過ごすことに成功した代償に、上空で高速の突進突きを喰らっただけでなく、身代わりで地面とダイレクトで激突させられる嵌めになったデスコンドルは、見るも無残な姿となっていた。
「……流石に高レベルのエネミーつっても、真っ逆さまに落ちればこうもなるか」
地面と接触したであろう翼は根本からあり得ない方向に折れ曲がり、片足は落下の衝撃で腿ごと欠損してしまっている。
多分、傷口はポリゴンで覆われてグロテスクな状況にはなってないんだろうが、それでも免疫のない人間からすれば中々にショッキングな絵面であることには間違いない。
これまで部位破壊とかはちょいちょいやってきたけど、エネミー側にも部位欠損って概念あるんだな。
普通ならこれで即死してもおかしくない惨状だが、高レベル故にHP——いや、ここは敢えて生命力と呼ぶべきか——が高い弊害か、まだ微かに息が残っている。
このまま放置しても勝手にくたばりそうなものだけど、手前勝手ながら介錯してやるのがせめてもの情けというべきか。
トドメを刺す時間も惜しいが、無駄に苦しめたいわけでもないしな。
念の為、周囲にエネミーがいないことだけ確認してから、左手の装備を聖黒銀の槍から黒刀【帳】に持ち替える。
致命の慧眼を発動——首筋に狙いを定め破邪一閃を放てば、程なくしてデスコンドルはポリゴンへとその身を散らしていった。
「……悪いな。こんな倒し方で」
お前の尊い犠牲は無駄にしねえよ。
……つっても、あと何体かお前と同じような犠牲者出すけど。
罪悪感が全く無いかといえば嘘になるが、向こうが先に俺らに気づいたら間違いなく襲い掛かってきただろうから、さっさと切り替えるとしよう。
恨むなら行動ルーチンを設計した奴にするんだな……って、経験値クソうっま。
通常エネミーなのにボス倒したのかってくらい経験値貰えんだけど。
これなら朧が俺のレベルを越したのも納得だ。
もしかしたらこれ何回か繰り返すだけでレベリングが出来たりするかもな。
なんて思いつつ、俺は黒刀を鞘に納め、その場でへたり込んでいるシラユキに手を伸ばす。
「シラユキ、悪いがあまり休んでる時間はねえ。そろそろ移動を再開するぞ。……立てそうか?」
「ジンくん……ありがとう、大丈夫だよ。まだ始まったばかり、だもんね」
にいっと笑みを浮かべて、シラユキは俺の手を握り返す。
まだ緊張で少しだけ手が震えていたが、腰を抜かすほどではない。
この程度であれば、動きに悪影響を及ぼす事は無いだろう。
掴まれた手を引っ張り、シラユキを立ち上がらせる。
それから、左手の武器を戦斧の大楯に戻し、
「よし……それじゃあ、さっきと同じ要領で行くぞ!」
「了解!」
夜の砂漠を駆け抜ける。




