黒く爆ぜて超えしは -1-
「いやー、美味しかったね。シラユキちゃんの料理」
「ああ。中々の腕前だった。オート調理でも十分だが、やはり細かな味付けが加わると一段と美味くなるな」
ジンムとシラユキが大砂漠縦断を挑戦しにテレポートでクランハウスを去った後、共用ルームに残されたライトとひだりは満足げに頷いていた。
本来なら無謀な挑戦でしかないディヴロザップ大砂漠危険区域の突破だが、その成功率を少しでも上げる為、ジンムとシラユキは色々と準備を行っていた。
その一つがついさっき食したばかりの料理だった。
シラユキが作ったのは、白身魚のカルパッチョ。
薄切りにした白身魚に岩塩をまぶし、その上にオリーブオイル、ワインビネガー、魚醤を加えた薬味ソースをたっぷりと添え、飾り付けに塩とオリーブオイルを和えた刻んだミニトマトを乗せたシンプルな料理だ。
リアルで彼女の料理を食したことのあるジンムが太鼓判を押すほどの腕前は、兄妹の期待を裏切らぬものであった。
だが、重要なのは味ではなく料理に付随した効果だ。
白身魚のカルパッチョを食べることで、隠密・潜伏の効果を得られる。
これにより、エネミーからの発見率が下がり、発見されてもプレイヤーの見失いやすさが上昇する。
戦闘になってしまえばあまり意味をなさない効果ではあるが、戦闘を全放棄する前提で運用するのであればかなり有効と言えよう。
「ジンムとシラユキちゃん、上手くいくかなあ」
「普通に考えれば成功率はかなり低いが、悪樓を四人だけで撃破してみせたんだ。どうにかして切り抜けるだろう」
「それもそっか。しかも、霊峰で知り合ったプレイヤーと一緒にガッツリ作戦立ててたみたいだし。確か……あの人だったよね。結構前に緋皇の変異レイドボスの素材で大太刀作ってくれって頼んできた」
「……ダイワさんか。まさかジンムと知り合っていたとはな。しかも、ジンムと同じように獣呪に冒されたとは。依頼を受けたあの時は、変異レイド攻略メンバーの一人としか考えていなかったが……緋皇の時の騒動はあの人が原因だったか」
二人の脳裏に浮かぶのは、周りも明るくさせるような快活な笑顔と侍風の風貌が印象的な金髪の青年プレイヤー。
大陸制覇に一区切りが付き、キンルクエに拠点を構えた頃に訪ねてきた彼は、隠者の髑髏面でプレイヤーネームを隠していたのもあって、今でも両者の記憶に強く残っている。
ジンム曰く、彼も大砂漠縦断に挑戦して見事に成功していたとの事だったが、獣呪に冒される——緋皇に認められる程の実力があるのであれば納得できなくもない。
ただまあ、なんでそれをやろうと思ったのかは理解に苦しむところではあるが。
などとライトが思案する傍らで、ひだりは、ふと「そういえばさ」と疑問を溢すのだった。
「——盾の爆発によるダメージブーストで機動力を上げるって作戦らしいけど、ジンムはともかくとして、シラユキちゃんはどうするんだろう?」
* * *
上空から襲い来るデスコンドルの猛攻を左手の大盾で捌く。
二匹の巨大蠍が槍のように突き刺そうとしてくる毒針を右手の盾でいなす。
並行してシラユキを庇いながら、砂上に蔓延るエネミーの中を掻い潜る。
一撃でも直撃すれば即死に直結するが、ジャスガもパリイも温存してある。
防御アーツを使うのはいざって時だけだ。
己の身と味方一人程度、素の防御技術だけで守りながら突っ切るくらい出来ねえと話にすらならねえからな。
……つっても、威力を完全に分散できているわけではないし、そもそもの耐久がパラポ無振りの紙装甲だから、伝わる衝撃で地味にHPは削れるんだけど。
恐らく純正のタンクみたいに真っ向から攻撃を受け止めれば、一瞬で俺のHPはゼロまで削り切られるだろう。
せめて最上職になっていれば話は変わっていたんだろうけど、ステータス問題は最初から分かっていたことだ。
無いものを嘆いても何の意味もねえ。
それよりも今、重要なのはどうやってここを切り抜けるかだ。
「料理の効果込みでもこれだけ相手にしなきゃなんねのかよ……!」
いや、逆に料理効果のおかげで三匹相手取るだけで済んでると考えるべきか。
両手の盾でエネミーの攻撃を防ぎつつ、周囲を確認する。
あっちこっちでエネミーが徘徊しているものの、ソイツらは俺らに気づいている様子はない。
加えて、前回であれば発見されているくらいの位置にサンドウォームの姿があったが、料理効果のおかげか未だ気付かれずに済んでいた。
「シラユキ、あとどれくらいで術発動できる!?」
「ごめん、あとちょっと! もう少しだけ待って……!」
「了解!」
AGIにPPを厚く振っている俺と違って、シラユキのAGIはPPを殆ど振ってないこともあってそんなに高い数値ではない。
というか、防具のステ補正とシリーズボーナス込みでもかなり遅い部類に入る。
PP配分以前に僧侶系統のジョブ自体、AGIが高く設定されてないっていの原因の一つではあるけどな。
まあ、そんなもんだから俺は防御にガッツリ意識を割けるくらいには結構余力を残した状態で走っているが、シラユキはスタミナが枯渇しない程度に全速力だ。
その上、術式を構築しながら走っているものだから、普段よりもかなり発動までに時間がかかっている。
——サンドウォーム二体目が出てくるまでに間に合えばいいが……。
思った瞬間、地面が小さく揺れた。
「チッ、フラグ回収早えっての……!!」
直後、進行方向で一帯を覆うほどの砂塵が舞い上がると、中から二体目のサンドウォームが姿を現した。
(クソ、タイミング悪いな……)
あと十数秒出てこないでいてくれたらかなり楽だったんだが、こればかりは仕方ねえか。
……いや、寧ろ今のタイミングで出てきてくれたのは不幸中の幸いかもな。
「ジンくん、お待たせ! 発動できるよ!」
「よし、頼む!」
「分かった! ——聖蕾・粋護!」
シラユキが術名を叫ぶと、周囲にエネミーの侵入を拒むドーム状の光の結界が展開する。
同時に俺は、マジックポーションをインベントリから何個か取り出して自身に振り撒きつつ、黒禍ノ盾にありったけのMPを一気にぶち込む。
INT上昇のおかげで術式の効果は底上げされているものの、強度的に結界が持つのは数秒程度。
その僅かな間にエネミーの隙間でかつ、ダメージブーストで吹っ飛んでもサンドウォームに激突しないポイントを探し出し、MPの減少が収まったのを確認して即座に叫ぶ。
「シラユキ、飛ぶぞ! ——掴まれ!!」
「……うん!」
進行方向に背を向けると同時、シラユキはぎゅっと目を瞑りながら、おんぶの要領で背後から手を回して俺にがっしりとしがみついた。
「——、っ!!」
緊張で悶えそうなほど心臓が跳ね上がるが、今はそんなこと気にしてられねえ。
シラユキにも聞こえてしまうんじゃねえかってくらいうるさい高鳴りを鎮めるように、俺はジャンプしながら黒禍ノ盾を自身に叩きつける。
刹那、周囲一帯を飲み込むほど極大な黒の爆発によって、俺とシラユキは角度をつけながら超高速で上空に打ち上げられた。
「が、はっ……!!」
流石はフルパワー、これだけでHPの八割強が消失しやがった。
闇属性耐性が無かったら今の自傷ダメージでポリゴンに散ってたかもな。
スピードは十二分に出ている。
シラユキのHPも余波で結構削れているが、リジェネでカバーできる。
問題は着地する際の落下死対策と——、
(逸らした進行方向の修正だ……!!)
ダメージブーストを行う際、間違って二体目のサンドウォームに激突しないよう、あえて進路を右にズラしてある。
このままだと本来のルートから外れて余計に走らなきゃならなくなるが、対策は打ってある。
——まあ、成功するかは博打だけどな!
サンドウォームの真横を通過する瞬間、俺は鏡影跳歩と同時に空中を蹴るアーツ——エアキックを発動させる。
「っ……ラァッ!!」
朧が使っていたアーツはこいつの上位互換版だ。
だからそれと違ってエアキックには空中を跳躍できるほどの効果はないが、吹っ飛ぶ軌道を変える程度であればこれで十分だ。
そして狙い通り宙を強く蹴ると、軌道は急激に変わり元の進行方向へと進路を戻してみせた。




