秘めた思い、聞き出して
演習場所に選んだのは、チャレンス平原——ボスフロア。
本当は雑魚相手でも良かったんだけど、レベルと武器の暴力で悉くがワンパンで沈んでいってしまったから、HPの多いライオットタウルを相手にすることにした。
ボスだけどサンドバッグにするには丁度いいんだよな、コイツ。
ここにいるのは俺と朧の二人だけ。
ライトは武具製作に勤しみ、女性陣は全員で街の中を散策していると思われる。
「——とりあえず、前衛の基本的な立ち回りはシンプルだ。距離を詰めて出来るだけ攻撃を与えつつ、敵の攻撃を避けるなり防ぐなりしてから、その後隙を狙って反撃する。こんな感じに……な!」
手始めにスプリングブーストの強化版アーツ——瞬鋭疾駆でライオットタウルに肉薄し、左右の小太刀で斬撃を浴びせていく。
だが、すぐさまライオットタウルが反撃として両腕を大きく振りかぶり、勢いよくその手に持った大斧を振り下ろしてくる。
——流石にシラユキがいなきゃ一方的には殴れねえか。
「……ま、だからって何も問題はねえけど」
迫る大斧を鏡影跳歩でバックステップして避けた後、即座に懐に踏み込んで返しの斬撃を連続で叩き込む。
ある程度攻撃を与えたところで一度戦線を離脱し、近くで見学していた朧の元に移動する。
「敵の攻撃に対する対処の理想はギリギリで躱す、受け流す、ジャスガやパリィでカウンターを狙うとかだけど、無理そうなら迷わず離れて回避な。無駄に被弾しない事が第一だ」
「うん、分かった」
力強く頷いてみせる朧の傍らには、カメラ機能を持つ赤いホログラム状の球体が浮かんでいる。
後で映像を見返せるようにしといた方が便利だろうから、久々にキャプチャーソフトを起動させておいた。
「それから敵との距離を詰める時は、高速で接近するのもいいけど、飛び道具で牽制して動きを軽く制限してからってのもありだ。アーツとかアイテムとか使ってな」
言いながら俺は、インベントリから昨日のコヨトル周回で余ったアクアボムを取り出しつつ、赤陽でフライエッジを発動させ、立て続けに空いた右手でアクアボムを投げつける。
飛ぶ斬撃がライオットタウルの注意を惹きつけた直後、アクアボムの着弾点を中心に強烈な水属性の魔力の爆裂と共に激流が渦巻く。
ライオットタウルは無防備なまま膨大な水量に飲まれ、遠くに押し流されていく。
(……って)
「あ」
逆に離れさせたら意味ねえじゃん。
「悪い。使うアイテムミスった」
「やっぱり? でも、大丈夫だよ。ジンム君が言おうとしてることは分かったから」
「なら助かる。俺はアーツぶっ放したけど朧の場合、左右どっちかの武器を投げつけるのもアリだ。何ならフライエッジみたいなアーツを投刃でも発動できるなら、習得しとくってのもアリじゃねえかな」
「そうだね。考えてみるよ」
朧が答えるのを横目に、俺はアクアボムの余波でまだ動けずにいるライオットタウルの元へと歩き出す。
「後はアイツをぶっ倒すまで出来るだけ無理しない立ち回りで戦い続けるから、朧は引き続きそこで見ててくれ」
残りの戦闘は本当にただただボコすだけだからカットで。
サンドバッグ……もといライオットタウルを撃破し、ボスフロアの外に脱した後、さっき録画した映像を確認しながら俺は朧にふとした疑問をぶつける。
「そういえばさ、なんで本格的に近接戦闘にも手を出そうと思ったんだ?」
「……へ?」
「いや、そりゃ避けタンクをやることもある以上、近接アタッカーもできるに越したことはねえけどよ。投擲を軸にした戦闘スタイルで上手くやれてるし、遠距離用に術アーツも習得してるから、無理に接近戦に固執する必要もねえなと思ってな」
そもそも朧の回避能力と機動力があれば、仮に敵に近づかれたとしても間合いから抜け出するのはそんなに難しくないはずだ。
訊ねれば、柔和な笑みを浮かべながらもどこか神妙な面持ちで朧は答える。
「そうだね……言葉がこれで合っているか分からないけど、なんていうか、モナカさんの負担を減らす為かな」
「モナカの……?」
訊き返せば、うん、と朧は首肯してみせる。
「クランハウスで昨日、アドヴェンジ山脈のエリア外で一日中戦ってたって言ったのは覚えてる?」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「その時に痛感させられたんだ。ただ敵の攻撃を惹きつけて避けてるだけだと、その間は攻撃の殆どをモナカさんに頼る事になっちゃうなって。短時間で終わる戦闘ならそれでも良かったけど、長丁場になると話が変わってきたから」
(あー……なるほどな)
朧が何を言いたいか、何となく察しがついた。
「——自身のヘイト管理とモナカの攻撃リソースか」
「……うん、そう。チョコさんがカバーしてくれたおかげでどうにかなったけど、僕とモナカさんだけだったら、もしかしたら一体も倒せなかったかもしれない。実際、敵の攻撃をただ避けてるだけだと、敵はモナカさんばかり脅威と見て、途中から僕は囮役にすらなれなかった」
「あー……やっぱそうか」
挑発とか憤怒の投錨者といったアーツによるタゲ集中は、前提として自身に一定のヘイトが向いていなければ効力が薄れやすくなる。
しかもアーツ使用者よりも強いヘイトを向けさせるような奴が他にいれば尚更だ。
朧の場合、タゲ集中を取っても攻撃手段に乏しい上に、モナカが後方からバンバン火力を出すもんだから、ヘイトの上書きが何度も発生しちまったんだろうってことは容易に想像がつく。
つっても、タゲ集中が効いている間はちゃんと避けれてるだけでも十分だけど。
あくまでサブ的にやってるだけで、本職の避けタンクってわけでもねえし。
「それに僕が攻撃に参加できないとなると、矢の消費も激しくなる。そのせいで最初の一体を倒すのに、三人分の矢を全部注ぎ込む結果になっちゃったし。だから……囮役をやりつつ攻撃もできるようにならないと、僕はいつまで経ってもモナカさんに頼り切りになっちゃうと思う」
「なるほどな。まあ、なんか気負い過ぎな気がしなくもねえけど……大体の事情は分かった」
ぶっちゃけモナカとの力量差を考えれば、まだまだ負んぶに抱っこでも構わないと思わなくもないが、それじゃあ朧自身が納得しねえだろうな。
時々忘れそうになるが、一応クランの目標はネロデウスの討伐ではあるものの、うちのそもそもの基本方針は「みんなで楽しくワイワイと!」だ。
エンジョイ精神を第一にする以上、無理にガチる必要はない。
……でもまあ、朧が現状に満足してないっていうんなら、俺は力を貸すまでだ。
「なら、とことん鍛えてモナカをびっくりさせてやろうぜ」
「……うん、そうだね!」
「よし。じゃあ、今度は朧がボスを倒す番な。気張っていけよ」
「了解」
朧が首を縦に振るのを確認してから、俺らは再びボスフロアに足を踏み入れることにした。
完全にサンドバッグ扱いになってるライオットタウルくん。
まあ、戦闘エリアが制限されて、無駄にステータスが高い通常エネミーみたいなものなので仕方ないですね。はい。




