忍襲雷影、喰らうは背後の安寧
適正レベルを大幅に超え、おまけに行動パターンも把握し、更には蝕呪の黒山羊との遭遇でボス級エネミーとの戦闘経験を得た俺にとって、ストレイクァールは正直なところ敵ではなかった。
時間こそ多少かかるかもしれないが、放電からの麻痺にさえ気をつければソロ討伐だって余裕で達成できる確信がある。
――例え、HPが残り少なくなってきた時にやってくる初見殺しの存在を知らなかったとしてもだ。
ストレイクァールに三度目のスタンをかけようと、頭部を狙ってシールドバッシュを発動させた時だった。
攻撃が当たる寸前で後ろに跳び退いて躱され、そのまま木々の中に逃げ込まれてしまう。
「来たな、特殊行動。シラユキ、今すぐこっちに来てくれ……って、やべえ!!」
後ろを振り返りながら叫び、気づく。
俺とシラユキとの距離がかなり離れてしまっている。
おい、なんでこうなってんだ!?
――あ、俺が前のめりに攻め過ぎたのが原因か……じゃねえよ!
クソッ、こうなるんだったら離れ過ぎないように伝えておくべきだった……!!
今更ながらの後悔に奥歯を強く噛み締めるが、そんなこと気にしている場合ではない。
距離にしておよそ二十五メートル。
猛ダッシュでシラユキの元へと駆け寄るが、間に合うかどうかは五分五分といったところか。
蝕呪の黒山羊が呪厄を付与する黒い魔力の塊を撃ち放ってきたように、ストレイクァールにも初見殺し技と呼べる攻撃が存在する。
ただそれは、俺のような前衛ではなく、後衛にぶっ刺さるものだ。
(しくった、これだけは前もってシラユキに話しておくべきだった……!)
ここに来て俺のマルチプレイの経験の無さが出てしまった。
内心、『キャリーとか余裕でできるだろ^^』なんて慢心していた自分をぶん殴ってやりてえ。
全力疾走する視界の端で、一筋の閃光が木々の隙間を駆け抜ける。
そいつは驚異的な速度でシラユキの背後に回り込むと、物凄い勢いで姿を現し、猛襲を仕掛けてきた。
(間に合え……!!)
「――シラユキ!!」
木々の中から飛び出してきたのは、勿論ストレイクァールだ。
俺はジャストガードの構えを取りつつ、シラユキの前に躍り出る。
ギリギリセーフ……でもねえか。
間一髪、どうにかシラユキを忍び寄る魔の手から守ることは出来たが、無理な体勢でガードしたものだから完全に受け流しきれず、左腕に重い衝撃がのし掛かった。
直後に左肩から先の感覚が消失したことに気がつき、その原因に思わず乾いた笑いが出てくる。
「チッ、マジかよ……このゲーム部位欠損もあるのかよ」
後ろを振り返る。
ストレイクァールの口には、喰い千切られた俺の左腕が咥えられていた。
左肩を確認すると、傷口は赤いテクスチャに覆われ、そこから小さなポリゴンが液体のようにぽたぽたと落下している。
へえ、アルクエの流血表現はこんな風になっていて、欠損した部位の感覚は無くなるようになっているのか。
……って、呑気に分析してる場合じゃねえな。
食い物じゃないからか、ストレイクァールは俺の左腕をポイッと放り捨てる。
地面に転がった左腕はというと、ブロードソードだけを残し、エネミーの消滅エフェクトと同様に光の粒子となって散っていった。
「こっからどうするか……」
貧弱な初期防具、耐久に一切PPを振っていない紙装甲ビルドで生き残れたのは、戦士特有の素の物理耐久の高さと攻略推奨レベルを大幅に上回っていることに加えて、ジャストガードで威力を大分軽減できたからだろう。
つっても、HPはミリでしか残っていないし、ゲージそのものもなんか三割くらい消えて、致命傷には変わりないんだけどな。
どうやら部位欠損は最大HPに影響するらしい。
……けど、攻撃を食らったのが俺で良かった。
今の攻撃をシラユキが食らってたら、間違いなく一撃でやられてただろうしな。
「シラユキ、大丈夫か?」
「私は大丈夫。だけど……ジンくんの腕が……!! こうなったのって私を庇ってくれたからだよね……!?」
すっかり青ざめた表情でシラユキが声を震わせる。
いくら表現がマイルドになっているとはいえ、身体の一部が欠損するなんて人によってはショッキングなことには変わらないし、そうなっても仕方ないか。
きっと、ゲームのグラフィックが高いからこその弊害なんだろうな。
「気にしなくていい。今のはこの攻撃方法があることを伝えてなかった俺のミスだ。それよりもポーション貰ってもいいか? 片腕じゃメニュー操作し辛い」
「う、うん。ちょっと待ってね……!」
シラユキからポーションを手渡してもらい、手早く飲み干す。
みるみるHPが回復していくが、打ち止めされたところまでしか戻らず、欠損した左腕も再生することはなかった。
こうなると一度デスポーンするか、専用の回復方法じゃないと欠損した部位は修復できないってことか。
ただまあ、不幸中の幸いと言っていいかは分からないが、盾が使えなくなる方が俺にとっては死活問題だから、欠損したのが右腕じゃなくて良かった。
それでも片腕を失ったのはかなりの痛手だが、強襲をするようになったってことは、ストレイクァールのHPも残り少なくなっている証拠でもある。
俺らも俺らでやばいが、向こうもそれくらい追い込まれているということだ。
つまりは、まだ俺たちに勝機はある。
ただそれには、シラユキの協力が必要になる。
「――なあ、シラユキ。一つ頼みたいことがある」
「……頼み?」
「俺が死なないようにタイミングを見計らって回復術をかけ続けて欲しい。俺のHPが半分……いや三分の一を切った時点で目安に即発動できるように待機しながら。おまけにさっきのように位置取りも調整しながらだから、待機時間をできるだけ短くしなきゃならない。シラユキ的にはキツいかもだけど……頼めるか?」
今まで攻撃術で火力支援だけして貰っていたが、シラユキ本来の役割は回復役――本領はパーティー全体のHP管理にある。
ただ回復術は使うと敵からヘイトを向けられやすくなるし、攻撃術よりも発動タイミングも見極めなきゃならない。
当初の予定としてはもう少し後衛でのポジショニングに慣れて貰ってからやって貰おうと思っていたのだが、そうも言ってられない状況になってしまった。
「私にできる、かな……」
目を伏せながらシラユキが小さく呟く。
今もぶっつけ本番中だっていうのに、さらにアドリブを要求されてるんだ。
不安になるのも仕方ないとは思う。
だけど俺は出来ないことを求めているつもりはない。
これまでの特訓の成果を見て、一か八かの賭けではなく、ちゃんと戦術として取り入れられる水準に達しているからこそ、こうして頼んでいるつもりだ。
「大丈夫、シラユキならできる。できると思うから任せたいんだ」
本心からの言葉をそのまま告げると、少しして意を決したようにシラユキはこくりと頷いてみせた。
「……うん、やってみる! でも、出来なかったら……ごめんね」
「その時は二人仲良くアトロポシアにデスポーンするだけだ。死なば諸共、腹括って行こうぜ」
「………………!! もう、君はそうやって――」
「ん、どうかしたか?」
「……ううん、なんでもないよ。ほら、やるんだよね?」
くすりと笑いながらシラユキは杖を構えると、ストレイクァールとの間に俺を挟むように位置を調整し始める。
「ああ! それじゃあ、回復は任せた!」
ストレイクァールを撃破するまであともうひと踏ん張りだ。
俺は盾の持ち手をメリケンサックの要領で握り直してから、ストレイクァールの元へと突っ込んだ。
部位欠損
強烈な攻撃を受けた際、プレイヤーの身体が欠損することがあります。(プレイヤーのVIT依存)
部位欠損が起こると無くなった箇所に合わせて最大HPが減少します。通常のポーションでは元に戻すことができませんので、専用の回復アイテムかアーツスキルで対応しましょう。