繰り返すは試行と修正
一度休憩を挟み、場所は変わって、大陸西部入り口にある街アイリアス。
西門の先に広がる砂の海——ディヴロザップ大砂漠を眺めながら、俺は爽涼の果実水で喉を潤す。
「あ”ー、マジで微妙な味だよな、これ」
「あはは、確かに結構味薄めだもんね」
「クソ……ひだりに相談すんのすっかり忘れてた」
酷暑地域ではコイツを飲まねえとステータスに悪影響が出るし、放置すると最悪夏バテみたいな状態になりかねない。
だからエリアを越えるのであれば耐暑状態にするのが必須とはいえ、この悪い意味で何とも言えない微妙な味は何回飲んでも慣れる気がしない。
「せめてもうちょっと冷えてれば、文句は無えんだけど……」
「そうだね、クーラーボックスみたいなのが欲しいよね。そしたら食材系のアイテムも傷まないし」
「へえ、食材が痛むとかあるのな」
「うん。インベントリに入れてるだけだとちょっとずつ状態が悪くなって、あまりに酷くなると食べられなくなってアイテム自体が消えちゃうみたい」
クランハウスとか宿屋にある冷蔵庫に保管すれば鮮度を維持できるんだけどね、とシラユキは補足する。
ふーん、そこら辺は地味に作り込まれてるんだな。
……つーか、インベントリの中もちゃんと時間進行してるのか。
「——ま、準備も出来たとこだし、ぼちぼち試走してみるとするか」
「……そうだね」
隣でうん、と頷くシラユキ。
一つ深呼吸をすると、柔和な表情が少しだけ険しくなる。
(顔が硬えな。……でも、仕方ねえか)
——何せこれからデス前提でエリア突破を試みるんだから。
それも何回にも渡って。
トライ&エラー。
検証厨とかRTA勢なら、何度も失敗を繰り返してより良いルートや方法に修正していくってのは慣れたもんだが、そうじゃない人間からすれば結構気力を持ってかれる作業だったりする。
特に何度もデスするとなると、その過酷さは更に増すようになる。
フルダイブの特徴上、原因はなんであれデスする時は直接的に死が迫るからな。
ある程度慣れるようになるまでは時間がかかるというか、慣れない奴はとことん慣れないままなんだけど、それでもデスを過剰に恐れないようにはなって欲しいところだ。
などと思いながら俺は、緊張で強張っているシラユキの背中を軽く叩く。
「あくまで練習だし、気楽にな」
「ジンくん……」
「あと気休めになるか分からないけど、死ぬ時は一緒だ。死なば諸共——駄目だったら二人仲良くリスポーンしようぜ」
冗談交じりに笑いかければ、シラユキは豆鉄砲を食らったように目を丸くして、
「……もう、大袈裟だよ。けど……ありがとう。ちょっとだけ気が楽になった……かも?」
「疑問系かよ」
すかさずツッコめば、あはは、とシラユキは悪戯っぽく笑ってみせた。
——これなら、大丈夫そうだな。
「それじゃあ、サクッと行けるとこまで行くぞ」
「うん……!」
それから気を引き締めて、俺たちはエリアへと一歩踏み出すのだった。
アイリアスから黄金楽園までのルートは、基本的に危険地帯はなるべく避けつつも最短距離で進むように構築しているが、どうしても近づくほどにレベル80〜90台のエネミーがどこかしこに出現するようになる。
しかもその範囲はかなり広く、俺一人の状態で全力(※呪獣転侵込み)で駆け抜けても三十分以上は確実にかかるらしい。
俺と似たPP配分をしているダイワの意見だ。
恐らくその推測に間違いはないだろう。
——だが、少し迂回して途中にあるオアシス区域を経由するルートで行けば、危険地帯での移動量を大分減らせるらしい。
ダイワ曰く、その区域内に生息するエネミーは、上級職でも倒せるレベル帯とのことだから、そこで距離を稼げば移動中の事故率をグッと下げられるはずだ。
ついでにオアシス周辺にはエネミーが出現しない仕様になっているから、そこで一息つくことも出来るという。
ただ……そこに行くためには、結局は一度危険地帯を突っ切らなきゃならないわけで——、
「おい、おいおいおい……嘘だろ!?」
「あれ、本当に普通の敵なの……!?」
危険地帯に踏み入れてから一分足らず。
砂中から突如として現れたのは、全長四十メートルは優に超える巨大なミミズのようなエネミーだった。
サンドウォーム。
前情報で超巨大エネミーがいるってことは把握していた。
「けど、こんな簡単に出現するとは予想外だっての……!!」
「ど、どうしよう!?」
「チッ……面倒だけど大回りして戦闘を避けるしかねえ。……こっちだ!」
真正面から戦えば敗北は必至だ。
そうじゃなくてもああいう巨大な敵っていうのは、HPが馬鹿みたいに高く設定されている事が多く、倒そうにもかなり時間を取られることになる。
そうなれば、戦っている間に俺らの存在を嗅ぎ付けた他のエネミーが襲ってきて乱戦になり、そのまま呆気なくぶっ殺されるだろう。
実際、まだ気付かれてはいないが、コンドルのようなエネミーだったり、高さ二・五メートル近くあるサソリっぽい奴、四足歩行の竜種のようなエネミーだったりがちらほら視界に映っている。
コイツら全員に気付かれずに行けたら最高だけど、現実的に考えて戦闘全回避は不可能だ。
(これに関しては、やる前から分かってはいたけどな……!)
せめてどのエネミーが一番強行突破で抜けられる可能性が高いかを考えながら、走っていた時だ。
大地が小さく揺れた直後——周囲一帯を覆うほどの砂塵が舞い上がり、視界が晴れると、目の前には二体目のサンドウォームが出現していた。
「——おいおい……こんなの全然笑えねえっつーの」
この中を掻い潜れとか、無理ゲーにも程があんだろ。
周囲を見渡せば、今のサンドウォーム二体目の出現で俺らの存在に気づいたエネミーが何体かこちらに近づいていた。
「クソッ……!!」
咄嗟に黒禍ノ盾にMPをぶち込み、ダメージブーストの準備に入るも、
「「——へ?」」
急に背後が大きな影に覆われる。
すぐに振り返ると、一体目のサンドウォームの尻尾が俺らを叩き潰そうと迫っていた。
——詰んだ。
悟った次の瞬間——HPゲージの全損と共に、視界が真っ暗になった。
その後も何回かトライを繰り返したが、結局一度もオアシスに辿り着くことは出来なかった。
馬鹿でかいサンドウォーム君ですが、見た目ほど物理攻撃力はなかったり。
とはいえ、見た目ほどってだけなので、今の主人公とヒロインちゃんであれば余裕でワンパンどころか、もろに食らえばライトとひだりであっても結構なダメージになります。




