その先の正念場に備えて
「あ”〜……身体だっる重」
このまま暫く寝転がりたいところではあるが、あの魔獣達がリポップする前にボスフロアを抜け出さねえと……。
その前に投げつけた盾を拾わねえと、か……いや、それよりも先にまずこの擬似疲労みたいな状態を解除するのが先決か。
「とりあえず……インベントリ」
やけに重く感じる腕を動かし、どうにかメニューを開こうとして——、
「はい、どうぞ」
目の前に爽涼の果実水が差し出される。
顔を上げれば、シラユキがにこりと柔らかな微笑みを浮かべていた。
「……おお、サンキュー」
爽涼の果実水を受け取ってすぐに喉を潤せば、さっきから感じていた怠さと暑さがあっという間にスーッと消えていく。
相変わらずの薄味ではあるが、今は逆にこれくらいが丁度良い塩梅に思えた。
飲み干す頃には、すっかり身体の調子が元に戻っていた。
「あー……生き返った」
「それなら良かった」
「……ところで、なんでドリンクの効果が切れてるって分かったんだ?」
寒暑適応状態はアイコンに表示されないから、他プレイヤーからは把握できないようになっているはずだ。
「えっと、それは……ジンくんの体勢が崩れるのを見て、何となくそんな感じがしたから、かな。私はまだ効果は続いているから確信は無かったけど、ジンくんはずっと炎の近くにいたから、先に効果が切れていてもおかしくないかもって思って」
「なるほど……そういう事か」
——だとしてもよく気付けたな。
シラユキの観察眼の良さに驚かされるも、オーバード戦のラストを思い返せばすぐに納得できた。
あの時もシラユキは、何も言わずとも俺の意図を汲み取って最善のサポートをしてくれていた。
(流石はシラユキ……と言うべきか)
「何にせよ助かった。改めて、ありがとな」
「……うん、どういたしまして」
にこりと目を細めるシラユキ。
釣られて僅かに口角が上がるのを感じながら右手を挙げれば、シラユキもぱぁっと目を輝かせて右手を挙げる。
そして、俺らは互いに声を揃えて、ハイタッチを交わすのだった。
「「GG!」」
* * *
大陸西部最初の拠点”アイリアス”は、まるで西部劇の舞台を彷彿とさせるような街並みをしていた。
とはいえ、銃器も鉄道といった近代的な物は無いから、そこ以外の見た目だけ再現したって感じだけど。
それでも観光気分を味わうには十分過ぎるくらいに作り込まれていた。
ディルシオンでもそうだったように、ここもリスポーン先の更新を済ませた後、アイテムを補充したら黄金楽園に向けてすぐに街を出発するつもりでいたが、その前に休憩がてら一度ログアウトすることにした。
街に到着する頃にはすっかり昼時になっていたし、次のエリア攻略はかなり長丁場になるからな。
それにオーバード討伐やら普段やらないスタイルでのエリアボス攻略やらで普通に疲れたってのもある。
そんなわけで現実世界に戻った俺は、カロリーバーとエナドリで適当に栄養補給を済ませつつ、次のエリア——”ディヴロザップ大砂漠”の情報を仕入れていた。
「さてと、どうやって黄金楽園まで行ったもんか……」
ディヴロザップ大砂漠は、現大陸で一番広大なエリアだ。
大陸西部の殆どがディヴロザップ大砂漠で構成されていて、その中に街やら街道やらが含まれているという特殊な形となっている。
だから他のエリアみたくエリアボスと分類されるエネミーは確認されていないが、代わりに街道から逸れると出現するエネミーが馬鹿みたいに強くなる。
どれくらいヤバいかというと、とりあえずどのエネミーも討伐推奨レベルが最上位基準に設定されている。
加えて、一番危険度が高い区域に出現するエネミーの平均レベルは90前後——つまり、霊峰周りのフィールドにいたワイバーン連中と同程度の強さがある。
ちなみに黄金楽園があるのは、その一番危険度が高い区域だったりする。
「……俺一人だったらどうにかなるんだけど」
戦闘完全拒否を前提に、機動力系のアーツスキルをガッツリ強化した上で臨めば、エリアを強行突破できる可能性は十分にある。
でも、それじゃあ白城を置いてけぼりにしてしまう。
介護プレイって言い方は好きじゃねえが、白城のビルドとプレイヤースキルでもどうにか出来る何かしらの策を立てないと、二人で黄金楽園に辿り着くのはかなりキツいよな……。
でも——二人でここまで来たんだ。
行くならちゃんと最後まで二人で行きたいところだ。
「つっても、何かいいアイデアがあるか……?」
危険地帯に入ったら黄金楽園まで白城を抱えて移動する——却下。
スタミナ消費がえげつないことになるし、防御行動が一切取れなくなるから普通に無理。
つーか、白城の同意がなきゃ出来ねえし、そもそも許可が降りるとも思えねえ。
(もっと現実的で再現可能な方法を考えねえと……)
しかし、かれこれ十分近く攻略サイトの記事を睨みながら頭を悩ませても、これだと言える方法は思い浮かばない。
それからなんだかんだ更に数分費やしても一向に解決策が見つかる気配がしなかったのだが、
「せめてチャートみたいなもんが組めればな——……っ!?」
うわ言のように何気なく発した自身の一言でふと脳裏に閃きが走る。
——もしかしたらこれなら、何か攻略の糸口が掴めるかもしれない。
思いついたのは直接的な解決策ではないものの、ちょっとは参考にはなるはずだ。
というか、まずはこれをやるべきだったと今更になって思うが、気づけただけよしとしよう。
んじゃまあ……ここは一つ、偉大なる先駆者様の知恵を借りるとしようか。




