炎狼の怨讐、覆して
原理は知る由もないが、二匹の魔獣が纏っている炎は、エフェクトではなく紛れもない炎だ。
であれば当然、近づけば熱に晒されるし、触れれば燃える。
つまり——炎熱系……火属性への耐性がなければプレイヤーは、その炎に身を焼かれスリップダメージを受ける事になる。
「——っ」
交錯する度に微量ではあるものの、ジワジワとHPが減少していく。
接近するのが一瞬であれば気にする必要もない程度だが、常に二匹の周囲に張り付くように立ち回るとなると話は変わってくる。
「チッ……めんどいな」
——呪獣転侵のスリップダメージよりも減少速度が速え……!
回復アイテムを取り出してる余裕は……ねえか。
発狂モードに入る前かタイマンだったらワンチャン狙えたんだけどな。
素早くなった二匹を同時に相手取りながらインベントリを開いている余裕はなさそうだ。
安全重視でシラユキに回復を頼む……いや、ヘイト管理と敵の残りHPを考慮するなら、先に無理矢理にでもどっちか倒してからの方が良さげか?
回復をしてもらうにしても、今の減少速度的にシラユキには治癒術を発動し続けてもらう必要があるが、そうしてもらったとしても精々どうにか今のHPを維持するのが手一杯だろう。
ただ、治癒術は連発するとヘイトが術者に向きやすくなるから安易に回復を頼むわけにもいかない。
(だったら、常に赤ゲージになることを覚悟で一発攻撃系の術式をぶっ放してもらうか……)
多分それくらいの猶予はあるはずだし、いくら発狂モードに入られてるとはいえ、カスダメ喰らってデスするなんてヘマをやらかさない自信はあるしな。
だけどそれだと、想定外の一撃が飛んできたらお陀仏になる可能性が高い。
回避だけでどうにかなるんならそれに越したことはないが、未だに盾を装備し直せていない現状でジャスガと合わせなきゃ防げない攻撃だったらそれで詰んでしまう。
そうじゃなくても、そもそもガード不可だった場合でもアウトだ。
(どうする……悠長に考えている時間もそんなにねえぞ……!)
回復か、攻撃か。
どっちの支援を頼むか決断を下せずにいた時だった。
「——廻癒祈」
後方からシラユキの発声と共に出現した淡い薄緑の光が俺の身体を包み込むと——瞬間、HPの減少がピタリと止まった。
正確に言うのであれば、体力継続回復がスリップダメージを相殺することでHPゲージの変動が抑えられていた。
「……っ!? ——リジェネか!」
HPバー真下を確認すると、キラキラとしたエフェクトがついたハート型のアイコンが表示されていた。
まさかリジェネ系の術式も習得していたとは……違うな、寧ろ覚えているのが順当と言うべきか。
攻撃やバフ系の術式を多めに習得したとはいえ、シラユキのジョブの本来の適正属性は”癒”——回復系統がメインだからな。
まあ、それはともかく——、
「ありがとな、シラユキ……!!」
これで気兼ねなく今の立ち回りを継続できる。
シワコヨトルの引っ掻きをギリギリまで引きつけた上で返しの一撃を叩き込み、ホライズフラッシュで追撃を与えつつ立ち位置を調整し、テクトリコヨトルの攻撃に備える。
続くテクトリコヨトルの噛みつきを身を屈んで躱しつつ鏡影跳歩を発動。
すれ違い様に一閃、胴全体に斬撃を浴びせれば、シワコヨトルが攻撃終わりの俺を狙い飛びかかってきた。
——来た。
「待ってたぜ、後隙がでけえ攻撃をな」
ドッジカウンター、クリティカルアイ、コンボリワード同時起動。
紙一重で回避した刹那——ガラ空きになった胸部へと三浪連刃を放つ。
高速の三連続クリティカルで叩き込んだ直後、上段から振り下ろす一太刀で喉元をぶった斬れば、シワコヨトルの全身を纏っていた青炎が静かに消え去っていく。
それから力無く地面に倒れ伏すと、シワコヨトルはポリゴンへと霧散していった。
「っし、まず一体……!!」
——だが、まだ気を抜くタイミングじゃない。
——というか、正念場はここからだ……!!
生涯を添い遂げるはずだった番の死は、生き残った番に怨讐の炎を滾らせ、纏う炎を更なる業火へと変貌させる。
そして、死した番は残された番へと魂の灯火を託し、混じり合った二つの魂は紫の炎となって周囲の全てを灼き尽くす。
まあ、端的に言うと……こいつらは片方を倒すと、もう片方が超絶パワーアップする仕様があるってことだ。
霧散したシワコヨトルのポリゴンがテクトリコヨトルへと吸い込まれていく——。
『ウオオオーーーーーーン!!!!!』
直後、紫炎を纏ったテクトリコヨトルがエリア中に響き渡りそうな遠吠えを上げると、ボスフロア全体に紫の炎が広がる。
——炎が身体を通り抜けた瞬間、HPが一瞬で一割強削れた。
「おい、マジかよ……!?」
もしHP赤ゲージのまま戦う作戦を選択していたら、確実に今のでデスしてたってことか……。
「……笑えねえな、おい」
これに関しては、ジャスガも回避もあったもんじゃねえ。
ノーダメで防ぐには、それこそ火属性耐性を上げなきゃならなかっただろうな。
(ガチでシラユキ様々だな……!)
俺が生存できてるのは、シラユキがかけてくれたリジェネでHPを維持できていたからだ。
恩に報いる為にも、絶対にこいつは叩っ斬る。
「……さあ、戦ろうぜ。ラストバトル」
最早、憤怒の投錨者を発動する必要は無かった。
タゲ集中を取らずとも、テクトリコヨトルの消えぬ憎悪は俺へと向けられていた。
——敵討ち、か。
当然か、たった一匹のパートナーをやられたんだもんな。
ぶっ倒した俺が同情するのもなんか違う気がするが……けど、それでもプレイヤーの前に立ちはだかる以上は、力尽くで押し通るだけだ。
恨むんなら、世界の構造を恨むことだな。
「来い……!」
黒刀を構えれば、テクトリコヨトルがさっきよりも更に速度を上げて俺に接近してくる。
高速の突進を紙一重で躱しつつ、すれ違い様に黒刀を振り抜くも手応えは薄い。
(耐久面もかなり向上してる……!?)
おまけにリジェネがかかっているというのにスリップダメージが発生してやがる。
二匹分の炎が一つになったことでより強力になったか……!?
「——ジンくん、後ろ!!」
「っ!?」
聞こえるシラユキの叫び声。
すぐさま振り返れば、既にテクトリコヨトルは右脚を大きく振り上げ、俺を叩き潰そうとしていた。
「チッ——!」
持ちうる反射神経を総動員した鏡影跳歩で後方へ跳び退く。
「っぶね……今のはかなりヤバかった……!!」
ある程度動きを読めてたからどうにか避けれたが、それでもギリギリだった。
——もっと予測に修正をかけねえと、か……!
無理な回避で崩れかけた体勢を整え直すよりも先にテクトリコヨトルが追撃を仕掛ける。
一瞬で距離を詰めると、今度は左脚の叩きつけを繰り出してくる。
「強化するにも程があるんだろうが……!」
けど——、
「……舐めんな!」
逆に懐に飛び込み、胸部を斬り裂く。
ゴリゴリと削れていくHP、やはりあまり感じない手応え。
正直、効いてるのかすら疑わしく思えてしまうが、流石にダメージは通っていると考えるとしよう。
(さっきの一撃もそうだけど、クリティカルが入っていたわけじゃねえしな)
いくら超絶強化が入っていたとしても、もう虫の息であるには変わらない。
であれば——どこかでクリティカルを叩き込めば、引導を渡せる可能性は十二分にある。
紫炎によるスリップダメージを食らいながらも、それでも構わずテクトリコヨトルの攻撃を躱し、いなし、返しに斬撃を浴びせていく。
攻撃の速度、間隔、頻度、そのどれもかなり強化されてしてしまっているが、慣れてしまえば対応はそう難しくなかった。
問題は減る一方のHPだが、これに関してはどうとでもなる。
何せ——、
「命癒祈」
淡い薄緑の光が包み込むや否や、消失したHPが一気に回復する。
——こっちには、ヒーラーのバックアップがあるんだからな。
こっからは回復連打で俺のHPを一定に保ちつつ、場合によって別の術式でサポートをする。
二匹を相手にしていた時はヘイト管理が出来なくなるから使えなかった戦法だったが、番を帰らぬ存在にした怨敵にヘイトが固定された今であれば、いくらでも回復し放題となっていた。
「狡いとか言うなよ」
テメエらだって二対一で襲いかかったりしてたんだし。
そうして互いに攻撃の応酬を繰り返し、自己強化系のリキャストが完了した時だった。
テクトリコヨトルは咆哮を上げながら周囲に紫炎を撒き散らすと、一旦俺から距離を取り、そのままボスフロアの外側にある小さな岩山を登っていく。
「なるほど……それがお前の大技ってことか」
本当なら回避に専念するべきなんだろうが、
「ここは敢えて——受けて立ってやるよ」
下手に動き回ってシラユキを巻き込むわけには行かねえし。
「シラユキ、退避!」
「う、うん……分かった!」
シラユキに短く指示を出してから黒刀を鞘に収め、居合の構えを取る。
その間にテクトリコヨトルは、岩山の頂上に辿り着く。
——クリティカルアイ起動。
呼吸を整え、心拍を落ち着かせて鯉口を切る。
「……来な」
瞬間——テクトリコヨトルが高く跳躍し、紫炎をロケットエンジンのように噴出させて勢いをつけると、急降下による高速突進を繰り出してきた。
迎え撃つべく幾つものアーツを重ねて放つのは——ホライズフラッシュ。
抜刀術と掛け合わせて振り抜かれる刹那の一閃。
紫の流星と化した怨讐の魔獣と交錯し、通り抜け様に燃え盛る紫炎に呑まれ一瞬だけ全身が焼かれる。
僅かな熱さを感じつつ、赤ゲージ付近までHPが消失……否、焼失する。
直後、ジリジリとした陽射しに照り付けられ体温が急激に上がるような感覚に陥ると、同時に身体が急激に怠くなって堪らず地面に膝を付いてしまう。
「——ここでドリンクの効果切れんのかよ」
強制疲労ほど酷くはないものの、思うように動けない今、襲われたら一溜まりもないというか普通に死ねる。
だが、いつまで経っても背後から攻撃が飛んでくることはなかった。
再度、息を整えてから振り返る。
目の前に映ったのは、息絶え絶えに横たわるテクトリコヨトルの姿だった。
全身を纏っていた紫炎の殆どは消えて無くなっていて、どうにか立ち上がろうとしてはいたが、僅かに身体を動かすのが精一杯となっていた。
そして、最後に俺に視線を捉えようとしてから、ポリゴンへと四散していくのだった。
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【RESULT】
EXP 74500
GAL 28500
TIME 18’46”19
DROP ”青炎狼の鋭爪×3”、”赤炎狼の鋭爪×3”、”青炎狼の鋭牙×3”、”赤炎狼の鋭牙×3”、”青炎狼の毛皮×2”、”赤炎狼の毛皮×2”、”青炎狼の魔核”、”赤炎狼の魔核”、”紫陽の炎魔核”
【EX RESULT】
称号【青炎狼を討ち倒し者】を獲得しました。
称号【赤炎狼を討ち倒し者】を獲得しました。
称号【紫陽の怨讐狼を討ち倒し者】を獲得しました。
称号【熱中症には気をつけて】を獲得しました。
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テクトリコヨトル/シワコヨトル
ゲディエイト砂漠に生息するエリアボス。生態的には同種ではあるが、雄はテクトリコヨトル、雌はシワコヨトルと呼称されている。なぜ雄と雌で毛皮の色が異なるのかは未だ解明されていないが、一説では太陽と月の魔力が関係しているのではないかと考えられている。
普段は使うことはないが、命の危機に瀕した際は、体内に保有している火属性の魔力を放出し、全身に体毛と同じ炎を纏わせる。そのおかげか、テクトリコヨトル/シワコヨトルの毛皮はかなり耐熱性に優れているという事で有名。
常に雌雄一体で行動しており、一度行動を共にするようになったら生涯その個体と添い遂げ、パートナーを変えることはないという。それは番が亡くなった場合も同様で、生き残った方は亡くなった番の魂を宿して生きるのだが、パートナーを失った悲しみのあまりすぐに命を燃やし尽くしてしまうので、紫炎を纏うテクトリコヨトル/シワコヨトルと自然遭遇することは稀だという。
ちなみに仮にパートナーを殺された場合、何がなんでも復讐を遂げようとする怨讐の魔獣と化す。怨讐の魔獣と化したテクトリコヨトル/シワコヨトルは、自身の命と引き換えに己の内側にあるリミッターを全て外すからか、身体能力が飛躍的に上昇するようになる。この時のテクトリコヨトル/シワコヨトルは、災禍の眷属であってもオーバードであっても絶対にその命を焼き尽くすまでは止まることはない。その命が燃え尽きる最後の瞬間まで、番を失った悲しみと怒りと恨みのままに復讐を果たそうと業火の紫炎を撒き散らしながら暴れ狂う。
グダグダ書いてしまってたので、今回で締めようとしたらこんなに長くなってしまいました……()
ちなみに片割れを失ったワンちゃんはクソ強になりますが、パートナーにとどめを刺したプレイヤーをぶっ殺せばその時点で戦闘終了となりますし、そうじゃなくても自傷スリップダメで自滅するまでどうにか耐え抜けば撃破扱いになります。
ただしその場合、紫陽の炎魔核は絶対にドロップしないですし、【紫陽の怨讐狼を討ち倒し者】の称号を獲得することはないです。




