ギア、落としても
シワコヨトルの前脚叩きつけをバックステップで回避し、続くテクトリコヨトルが繰り出すタックルは鏡影跳歩で躱すと同時に、ガラ空きになった胴体にホライズフラッシュを叩き込む。
普段であればここで盾殴りか蹴りで追い打ちをかけるところだが、敢えて攻撃はせずに次の奴らの行動に備える。
本当は攻撃出来るのに攻撃しないっていうのは、皿に残った最後の食べ物を取らないようで何ともむず痒い感覚ではある。
——けど、それが今の俺が取れるベストのリズムだ。
テンションを抑えて戦っている間に一つ気づいたことがある。
ハイになってる時とそうでない時、何が一番違うか。
一言で表すなら、それは恐らく——反応速度だ。
五感で知覚し、脳が情報を処理し、実際に動く。
そのサイクル速度に差があるのだと、魔獣二匹を同時に相手取っているうちにふと気がついた。
だから咄嗟のパリィが失敗したり、紙一重の見切り回避が上手くいかない予感がしたのだろう。
とはいえ、他の人から見て分かるほど明らかなものではないとは思う。
あくまで数F程度のほんの僅かな差だ。
だが、そのほんの僅かな感覚のズレが、結果として如実に現れているのが現状だ。
——戦い方を改める必要があった。
獣みたいな本能と感覚任せではない別の戦い方に。
黒刀を握る手に力を強く込める。
瞬間、二頭の魔獣が連携を取るようにして左右から一斉に攻めて来た。
「——っ!」
まずは左方向から襲い来るシワコヨトルの高速ダッシュからの飛びかかりを回避し、カバーするようにして右方向からやって来るテクトリコヨトルの二連引っ掻きを更にステップで回避しつつ、返しに一太刀斬撃を浴びせる。
続くシワコヨトルの噛みつきを鏡影跳歩を発動させたバックステップで避けて距離を取り、盾を構えておく。
(こうなりゃ、次のテクトリコヨトルの動きは……)
——ビンゴ。
大きく振りかぶったモーションの右前脚の叩きつけが繰り出される。
まだ攻撃パターンを把握しきれたわけじゃねえが……予測さえ立てられたんなら後はこっちのもんだ。
攻撃が命中する直前にパリングガードを発動。
俺を叩き潰そうと振り下ろされた前脚が黒禍ノ盾と接触した途端——盾に弾かれるようにしてテクトリコヨトルの身体が不自然に仰け反った。
「……っし!」
訪れた絶好の攻撃チャンス。
三浪連刃を叩き込もうと一歩踏み込むも、それを阻もうとシワコヨトルが俺に襲い掛かる。
しかし——、
「聖蕾・光牢」
シワコヨトルを囲うように発生した光の結界によって動きを阻まれる。
ちらりとシラユキに視線を飛ばし、
「ナイス!」
短く伝えれば、シラユキは集中した顔つきのままこくりと頷き返した。
気兼ねなく三連の斬撃を放ってから、テクトリコヨトルの仰け反り具合とシワコヨトルの拘束状態を確認する。
(これならもう一発いけるか……!?)
無理な深追いは、さっきの二の舞になりかねない。
それでも、
(いける……いや、通す!)
黒禍ノ盾に籠められるだけのMPを流し、まだ行動不能なままのテクトリコヨトルに向かって叩き込むのは——守砕剛破。
小規模の黒の爆発を伴った渾身の右ストレートは、仰け反り状態でしかなかったテクトリコヨトルをダウンに移行させるに至った。
一対一なら構わず袋叩きに行くところではあるが、残念ながら相手にしなきゃならねえのがもう一体いる。
「おい、テメエの相手は俺だろうが。余所見すんじゃねえぞ」
憤怒の投錨者で牽制。
シラユキに向きかけたシワコヨトルのヘイトを俺に向き直させる。
光の結界から解放されたシワコヨトルは、すぐさま俺の側面に回り込みながら左前脚を叩きつけようとする。
俺はそれを落花瞬衛で受け流し、攻撃後の隙を突いてホライズフラッシュを繰り出す。
胴体を斬り裂き、ダメ押しにラウンドシュートを叩き込もうか一瞬迷ったが、今度は攻撃を中断、シワコヨトルの次の攻撃を待つことにする。
傍らでは、シラユキがテクトリコヨトルを対象に術式を発動させていた。
「——浄陣・燦華!」
ダウンで動けずにいるテクトリコヨトルの足元に浄化の光陣が刻まれる。
同時に発した祓魔の光によって苦悶の咆哮を上げる番を目の当たりにしたからか、再度シワコヨトルのヘイトがシラユキに向きかける。
「チッ……!」
これがこのエリアボスの厄介なポイントだ。
互いにパートナーを大事にするからか、己の攻撃よりも番に攻撃したプレイヤーに対してヘイトが上書きされやすくなっている。
挑発系のスキルを発動したばかりでこれなのだから、ヘイト管理を軽視した下手な攻撃は陣形の崩壊に繋がりかねない。
(憤怒の投錨者を発動してすぐだから大丈夫だと思ったが、ダウン中の場合だともっとヘイトが向きやすくなるってことか……!?)
ジャスガもパリィも防御系アーツは今どっちもリキャスト中だ。
なら、盾がなくても——。
シワコヨトルが動き出す前に俺はシールドスローを発動——少量のMPを流し込んだ黒禍ノ盾をテクトリコヨトルにぶん投げる。
ようやくダウンから復帰しかけたテクトリコヨトルに盾が激突すると同時、黒の爆発が巻き起こる。
直後、またシワコヨトルの明らかな敵意が俺へと向けられ、仕返しと言わんばかりに俺の脳天を砕こうと牙を立てながら飛びかかってきた。
「よし、いい子だ。だから、褒美に見せてやるよ。——一方的なカウンタースタイルパート2をな」
赤ワンちゃんと青ワンちゃんの仕様を知らずに戦うと、ヘイト管理ミスって後衛が襲われてパーティー崩壊することはちょいちょいあります。
なんなら分かっていても、しくじりやすいです。