削れぬのであれば
本格的に戦闘が始まってから十分が経過した現在。
即席で組んだパーティーの割に、戦況は大分安定していた。
「——おい、テメエの相手は俺だろうが!!」
効果の切れかかった狂戦斧鳥からのヘイトを憤怒の投錨者で俺に惹きつけ直し、奴からの攻撃を一手に引き受ける。
俺のペラッペラな耐久力では攻撃を真正面から受け止めるのは不可能だが、落花瞬衛とパリングガード、それと鏡影跳歩で全てを凌ぐ。
オーバードの攻撃は、一撃一撃どれもが致命傷になりかねないが、ジャスガ、パリィ、ステップ回避の三種の神器があれば容易に捌くことが出来た。
その間に、近接DPSである槍使いと双剣使いがアーツを叩き込み、
「フロストナイファー!」
後方からは術系DPSの長杖使いが氷雪系の術式を発動させる。
……だが、どれもが有効打とはいかず、狂戦斧鳥の動きが鈍る気配はない。
「チッ……!!」
実際に戦ってみて分かったことだが、オーバードエネミーは通常個体よりもずっと攻撃に対する耐性が向上している。
本来ならば深めなダメージエフェクトが入るような攻撃でも、部位によってはまるで手応えがなかったりしていた。
——HPとか防御力とか以前に、純粋に肉質が硬くなってやがる。
おかげで物理も術もまともに攻撃が通らない状況が続いていて、確かにHPを順調に削れてはいるが、そのペースは間違いなく牛歩だと言って差し支えなかった。
一応、みゆぴーが狂戦斧鳥にデバフをかけて幾らか耐久力を下げてくれてはいるが、有効打になり得るほどの弱体化になってはいないようだ。
(くそ……火力が足りてねえ)
実力差や強さでいえば狂戦斧鳥よりも悪樓の方が上回っていた。
なのに、明らかに今の方が攻撃が上手く通っていない。
上手く弱点を突いて戦えていないからか……?
悪樓戦の時は、前提として全員が属性有利な武器を持っていた。
雷属性か聖属性……あるいは両方みたいな感じにな。
そのパターンで考えれば、今回は弱点属性を突いて戦えていないだろう。
——ただ、アックスビークに弱点属性ってあったか……?
攻略サイトを見たわけでも、学者でもないから断言は出来ないが、生態や攻撃方法を見ている感じだと、これといった弱点属性があるようには見えない。
少なくとも氷属性と闇属性の攻撃は等倍っぽく、魔属性に対しては耐性を持ち合わせているようだった。
ワンチャンあるとすれば……聖属性か。
災禍の眷属や虚異霊と似た魔力を持っているという事は、オーバードも魔属性を持っていると考える方が自然ではある。
これまでの経験からして、魔属性と聖属性は相克の関係にあると思われる。
本来、壊邪理水魚は雷属性のみが弱点だったが、悪樓——実質的な災禍の眷属に変異したことで聖属性も弱点となっていた。
つーことは、武器の攻撃力は低くてもこっちの方が——。
一瞬だけ防御を鋼鉄ゴーレムと水銀ゴーレムに任せ、俺は左手の装備を黒刀から聖黒銀の槍に持ち替える。
すぐに使い魔たちとタンク役を交代し、ドッジカウンターを発動。
見切りを入れて斧を振り下ろすような嘴を躱しつつ、槍を振り上げて狂戦斧鳥の胴体を切り裂く。
黒刀【帳】よりも武器の攻撃力はかなり下回っているにも関わらず、攻撃の手応えは対して変わりはなかった。
(なるほどな、やっぱ弱点は聖属性だったか……!!)
そうと分かれば、戦術は大きく変わる。
だけど、まずはヘイトが解けるまでは、このままタンクを続行する。
使い魔たちと協力して攻撃を惹きつけ、ちょくちょくカウンターを叩き込みながら、他のDPS達が攻撃をする隙を作り出す。
それから、憤怒の投錨者の効果が切れたのを確認してから、俺は速攻で後衛陣の元へと一時撤退した。
「あれジンくん、どうかした……?」
「どしたの少年。なんかトラブルでも起きた?」
「いや、そうじゃねえけど頼みがある。——タンク役を俺一人でやらしてくれ」
「おいおい、急にどうしたのよ!? それは流石に無謀でしょうよ!」
唐突な俺の申し出にみゆぴーは、狼狽するが、
「はっきり言ってアイツら邪魔だ。アイツらの回復に労力を持ってかれるせいで、シラユキを攻撃に参加させられねえ」
「……邪魔とは随分な言い方をするのね。というか、お嬢さんを攻撃に?」
「オーバードの弱点って聖属性だろ。だったら、シラユキも攻撃役に回ってもらった方がいい。それにアイツの攻撃なら俺一人でどうにかなるしな」
「どうにかって……少年、純粋なタンクでもないのに、奴さんの攻撃をたった一人で防ぎ切れるとでも?」
「ああ」
即答で頷けば、みゆぴーは喉を唸らせながら眉間に皺を寄せる。
それから暫しの間、逡巡する素振りを見せると、
「……ああもう、分かったわよ。このままじゃジリ貧なのは確かだし、攻め方を変えなきゃなあとは思ってたはいたからねえ」
やれやれと大きなため息を吐き、後頭部をガシガシと掻きむしりながら、そうボヤくように呟いた。
「そこの二人もそれでいいかしら?」
念の為、隣にいる野良プレイヤー二人にも訊ねれば、火力不足だという事を薄々感じ取っていたからか、渋々といった様子ではあるが了承の返事が返ってきた。
「——なら、少年がもう一度攻撃を惹きつけ始めたら、おっさん召喚する魔物を変えるからね。これでしくじったら恨むからね」
「任せろ。サシなら負けねえからよ」
左手の装備を黒刀【帳】に戻してから、俺は気を引き締め直し、狂戦斧鳥の元へと突っ込んだ。