A beautiful day(11)
連休の最終日も午後に差し掛かった頃。はたと、スマホから着信音が鳴った。
相も変わらず黙々とスケール練習をしていたところに響いたそれは完全な不意打ちとなり、驚倒で僕の肩は大きく跳ねた。間抜けな音と共に弦の震えが止まる。
枕元に放っていたスマホの画面を覗き込むと、そこには石川彩音の名が表示されていた。ギターを抱えたまま応答ボタンに触れてスマホを耳に当てる。
「あ! もしもし篠宮くん? こんにちは!」
鼓膜も内耳も突き抜けるような活気溢れる声が受話口から放たれた。
「……声がデカいよ」
「あはは、ごめんごめん」と、小さな笑いが聞こえてくる。
「それで、急にどうしたんだ?」
「あ、えっとね。篠宮くん今、家にいる?」
「ああ、いるよ。ていうかこの五日間ずっとだけど」
弦の残痕と感触が残る指先を見ながら答えた。
「本当? なら、ちょうどよかった!」
石川は嬉々として続ける。
「ちょっと今から会えないかな?」
「今から? とくに予定無いから大丈夫だけど、何か用事か?」
電話やメールで済まさずにわざわざ会おうとするということは、何か重大な用でもあるのだろうか。
「そう! 用事なんだよ! 聞いてよ、もう! すっごい良い曲ができちゃってさあ!」
浮かび上がった僕の予想を跳ね飛ばすように、なおいっそう声高に返してきた。電話越しだが、彼女が目を輝かせていることが分かる。
「え、もう曲出来上がったのか?」
「うん! まあまだ二曲だけで、コードとメロディだけだけどね」
たしかに連休中は作曲に専念すると言っていた。
僕自身、曲を作った経験など無いため、作曲作業にどれほどの時間を要するか詳しくは分からない。しかし五日で二曲というペースは想像を遥かに上回っていた。
「それで、早速篠宮くんにも聞いてもらいたくてさ」
「ああ、そういうことか。でもそれなら明日の放課後とかでもよくないか? わざわざ今日じゃなくても――」
「今からが良いよね! 早い方が良いよね! 明日何が起こるか分からないもんね!」
ほぼ強要されるように捲し立てられる。どうやら拒否権は無いらしい。
「……分かったよ、今からな」
ため息交じりに僕は了承した。
「よし、決まりだね!」と、石川は声を弾ませる。
強引に押し切られる形となったが、正直に言えば僕の胸裏にも、彼女の曲を早く聴いてみたいという思いはあった。自分は今まで市場に販売されているCDの楽曲しか聴いたことが無い。それはプロが編曲を重ねて、商品化するに足ると判断した、丁寧に磨き抜かれた代物である。
そんな曲たちと比較すれば、さながら原石とも言える音に興味が湧いていたのだ。つい先日までこの世界に存在していなかった、生まれたての旋律というものに。
「で、どこに集まるんだ?」
「そうだなあ……篠宮くんの家はどう? 場所を教えてくれたら向かうけど」
「……悪いけど今日は駄目だな」
今、我が家には両親がいる。そこで石川、もとい同級生の女子を招いたりすれば、親(とくに母)が興奮気味に茶々を入れてくることは想像に難くない。間違いなく本題に集中できないだろう。
「そっかあ」
石川は残念そうに呟く。それから数秒間呻った後で「あっ」と、閃いたように声を上げた。
「じゃあさ、あそこに行こうよ!」
「あそこって?」
「奏原公園!」