5 周囲の目
そんな登下校の形を数日も続けていれば、目撃する生徒くらいは、さすがにちらほらと出てくることになる。
ただ、そうした目撃証言が出るより前から、姫王子は警戒していたらしい。
初めて迎えを担当した日から、学校では雄馬に近づかないよう、話さないようにと気を遣っていたことはすぐわかった。
もちろん、そんなことを許す雄馬ではない。
「――お、発見」
「げっ……」
休み時間になるごとに、昼休みなど特に、いち早く教室を出て姿を消す姫王子を探すのは、三日目には慣れていた。
なんのことはない、人気のないところに行けばいいだけである。
そういった経験も踏まえ、一週間も経ったころには、教室を出るところを見咎め損なっても、校舎裏や空き教室などで、容易に発見できた。
「いや、げって――それはなくない?」
「う……ま、まぁ言い方は悪いと思うけど……仕方なくない?」
「疑問に疑問で返すなぁ!」
「キレられても困るんだけど……はぁ……」
彼がこのように拒絶するのは、ひとえに雄馬のためを思ってのことだ。
雄馬が味方になってくれているとはいえ、自分の評価が最低どころかマイナスであること、それが改善されていないことくらい、理解している。
「……登下校に付き合ってくれるどころか、送迎までしてくれてるんだよ? それだけで十分助けられてるんだから、これ以上の迷惑はかけたくないよ」
「送迎するのを迷惑と思ったことはないし、学校で話すのも迷惑じゃないから、そっちの要望とは対立しないんだが?」
「だがじゃないんだが?」
「だから疑問に疑問でぇ――」
「それはもういいからっ!」
一向に話が進まないことに業を煮やし、姫王子がバンバンと机を叩いた。
座れということだと解釈し、おとなしく座らせてもらう。
旧校舎の空き教室という、こんな遠いところまできて昼食を取る生徒は、きっと自分たちくらいだろうと思いながら。
「僕だって、羽生くんがそう思ってくれてるのは本当だってわかってるさ。でも実際問題として、周囲からはよく思われてないよね?」
「それ、なにか問題か?」
「……羽生くんは気にしないと思う。でも、僕的には大問題だね」
ムッツリとした顔で弁当をつまみながら、彼は眉を寄せた。
ひとり暮らしとは言っていたが、彼が毎日持ってくる弁当は、彩り鮮やかで、栄養のバランスも徹底されている。
正直、見ているだけで、これでもかと食欲をそそられた。
「……それ、自分で作ったのか? めちゃくちゃうまそうなんだが」
「いや、これはお手伝いさんが――って、話聞いてんのっ!?」
端正な顔を歪め、姫王子がキッと睨みつけてくる。
「まぁ――言いたいことはわかる。俺が悪く思われるのを、姫王子が気に入らないって話だよな?」
「そ、そうだけど……いや、そうだよ。だから校内でだけでも――」
「んー、でもなぁ。それってもう、いまさらじゃないか?」
雄馬の切り返しに、彼はグッと声を詰まらせた。
すでに雄馬は校内において唯一、姫王子に――性犯罪者に味方する者として見られており、困惑7割、敵意3割という視線を向けられている。
もっとも、視線だけで終わるなら、姫王子もそこまで文句はないはずだ。
「いや、文句とかじゃないんだってば」
そう、問題は――そこから生じる、雄馬への扱いの変化だ。
現在、姫王子が受けているような侮蔑、嘲笑を、雄馬が浴びる――。
場合によっては、同じような性犯罪者扱いまで受けかねない。
あの醜悪な悪意を受けた身だからこそ、姫王子はダメージを把握している。
そして彼は、自分が雄馬に救われたと思ってくれているからこそ、もしそうなったらと考えるだけで、耐えられないのだ。
「そうなる前にさ、少しでいいから距離を置こうよ。その……送迎なんてしてもらってる時点で、いまさらだっていうのもわかるんだけど」
「いやだ、断る」
「断るなよっ! 聞けよっ!」
そう――いまさらの話だ。
送迎だけでなく、こうして昼食を一緒にしているということも、少なくともクラスには知れわたっている。
休み時間も、さすがに昼休みのようには逃げられないため、やむなく姫王子が教室に残っていれば、雄馬はそれとなく声をかけていた。
周囲はすでに、雄馬を異物として見始めている。
「だな――だからどうした?」
「どうしたって……」
「正直なとこ、あいつらにうんざりしてるからな、よく思われるほうが困るくらいだ。お前と話したり、自転車乗ったりするほうが、どれだけ楽しいか」
「なっ――」
それを聞いた姫王子は、わかりやすくうろたえ、目を泳がせていた。
心なしか、耳まで赤いような――いや、それは気のせいか。
「まぁそういうことだから、あきらめてくれ」
「……羽生くんは、残酷だよね」
「えっ」
どうしてそんな感想が出てくるのか、わからなかった。
「その……俺、なんか悪いこと言ったか?」
雄馬の問いを無視するように、彼は言葉を続ける。
「たった一週間ほどでって、思われるかもしれないけど、その……羽生くんには心から感謝してるし、もう誰よりも信頼してるんだよ」
「お、おお、そうか……すごいな、俺」
「そうだよ、すごいの」
冗談めかして言ったものの、姫王子の目は本気、声のトーンも本気だ。
「そんな恩人にさ、自分のために傷ついてくれって、お願いすることを強要されてるとこなんだよ。それが残酷じゃなくて、なんだって言うのさ」
「それは……まぁ、すまん。たしかに、そっち目線ならそうなるかもな」
だったら――と、彼が口を開きかけるのを制し、雄馬は告げる。
「残酷だってことをわかった上で言うけど――そうしてくれるか? というか、いまさら学校内で解放されても、ぼっちが二人に増えるだけだぞ」
こうなってしまった雄馬に、誰かが話しかけてくるとは思えないし、よしんば相手がいたとしても、仲良くできる気がしない。
うわべだけの付き合いでいいと言われても、はっきりとごめんこうむる。
「俺の事情を無視した上で、姫王子が楽しくないっていうなら考えるけどな。俺はこのままのほうが楽しいから、これからも仲良くしてくれるとうれしい」
そう口にしたところで、雄馬はストンと、言葉が腑に落ちるのを感じた。
「いまさらだけど――俺はずっと、お前と友達になりたかったみたいだ」
例の三人のことが、尾を引いていたのだろう。
姫王子がいかによくできた人間であるか、それをわかった上でも絡みにいけなかったのは、彼女たちが周りにいたからだ。
姫王子ではなく、彼女たちに近づきたくなかった。
その三人が彼から離れたいまが、絶好のチャンスなのではないだろうか。
「な、なに言ってんのさ、羽生く――」
「友達になってくれないか、姫王子」
有無を言わせぬ口調に聞こえたか、姫王子がわずかに息を吞んだ。
けれど一瞬後、あきらめたように息を吐き、彼は苦笑する。
「……これ以上、泣かせるようなこと言わないでよ」
いつかも見たような雫がひと筋、彼の目からゆっくりと伝い落ちた。




