閑話 春休み
申 し 訳 あ り ま せ ん !
プロットは考えているものの、これ本当におもしろいか?という意識が頭の中でグルグルして、まーったくストーリーができていません。
とりあえず懸念となっていた「成人するまで」をどう捉えるか、二人に考えてもらいました。
そのための成長ストーリーが、三年時におこなわれると信じています(他人事)。
バレンタインから、約二週間。
危惧していた卒業式は、特になにかが起きたりはしなかった。
ただ、それまで続いていた手紙はなく、メモが一枚だけあり――。
『本当にすまなかった。許してもらえるとは思っていない。それでも私は、雄馬のことを想い続ける。心の片隅にでも、留め置いてほしい』
そう、ストーカー宣言が書かれていた。
◇
「こわい」
「大変だねぇ、雄馬は」
そんな卒業式からも、二週間以上が経ち、雄馬たちも春休みを迎えている。
しばらくは身辺を警戒していたが、彼女――東条響は、OG面して学校に顔をだすこともなければ、雄馬の家を訪ねることもなかった。
推薦とは聞いているが、どこの大学に通うのかは知らない。
もしかすると遠方に通うため、下宿の準備でもしているのだろうか。
「なんで他人事……」
「だって、つきまとわれてたのは僕じゃないし」
それはそうかもしれない、が――。
「……俺がつきまとわれてるってことは、どっかしらで稜と一緒のとこを見られたり、その……秘密が、バレたりするかもしれないってことだぞ」
「んっ……一緒のとこ見られるのは、煽れるからいいけど――」
「煽るな」
「たしかに、バレるのは問題だよね。僕たちがというより、国が」
姫王子稜が、実は女性であるという事実。
少なくとも成人するまで、それは伏せておけというしきたり――さもなくば国の経済が傾くと、歴史が証明している。
知っていてよいのは、ごく近しい関係の親戚、家族のみとのことだ。
「成人するまで……か」
「あと三……じゃないね。もう一年以内だよ」
法改正により、成人年齢が引き下げられたということは、稜は今年の誕生日で成人することになる――けれど。
「……なぁ、成人ってそういうことなのか?」
「少なくとも、法律ではそうだよね」
「その法律にしても、今回みたいに簡単に変わるだろ? それに、大道寺家がいつからあるかは知らないけど……大昔は、もっと若くに元服だったりもした」
その時々の制度次第で変化する基準を適用し、たとえば成人した瞬間にカミングアウトなどして、それが間違いだったとしたら――。
「……家族なら平気っていう基準も、ちょっと疑問なんだよな」
婚約――結婚を前提とした恋人関係にあるとはいえ、厳密には雄馬と稜は、まだ家族というわけではない。
もちろん雄馬は、そうなることを願っているし、そうなるために試練があるというなら、乗り越えようという覚悟も持っている。
一応、ご両親からは歓迎されているため、家格の違いから交際を妨害される――などというテンプレ展開はないはずだが。
「雄馬は……僕――私と、結婚する気がない、ってこと?」
「へ――ち、違う違う違うっ! そうじゃなくて!」
雄馬のもらしたつぶやきを聞き、涙目になった稜の反応に慌てる。
「なんというか、こう――心理的なスイッチとかが、条件じゃないかって話だ」
勢いでそう口にしたものの、不思議と腑に落ちる気がした。
法律上の家族でなくとも、稜の秘密を知って影響がないということは、この呪い――便宜上そう呼ぶが――は、雄馬を大道寺の一族と見なしているのだろう。
その認識に影響を与えそうなものなど、雄馬は持っていない。
しいて挙げるなら、将来的に必ず、彼女と結婚するという決意くらいだ。
「……なるほどね。本人の意思か、あるいは未来が決定された時点で、呪いの範囲から逃れる――としたら、時代や法律は関係がないわけだ」
雄馬の仮説を聞いて、稜はおとがいに指を添え、思案に耽る。
手の甲もそうだが、細長い指は女性らしくしなやかで、まさしく白魚のよう。
色素の薄い肌、花びらのような淡い唇。
明るく華やかな色合いの髪は、最近少し伸びてきた。
その姿はまぎれもなく、お姫さまそのものである。
誰だ、王子とか言いだしたやつは。
「――うま……ねぇ雄馬、聞いてる?」
「えっ、おっ、なにっ?」
考え込む彼女の姿が、まるで彫像のような美しさだったこともあり、つい見惚れてしまっていた。
慌てて聞き返すと、こちらを覗き込んでいた彼女の顔が、ムーッと頬をふくらませる。
「もうっ! 人がまじめに聞いて、まじめに考えてるっていうのに!」
「わ、悪い……いや、俺もまじめに言ったんだって」
「じゃあ、ちゃんと聞いてて!」
「……すいません」
「チューして!」
お詫びに軽く口づけ、なだめるように抱きよせると、ふくれていた頬が脱力し、唇がやわらかく弧を描いてくれた。
「んへへ……しょーがないなぁ、許したげる」
「ありがとう……それで、さっきはなんて?」
「えーっとねぇ……その理論だと、レイコさんはどうなるのかなーって」
「ああ、たしかに」
彼女は稜の姉ではあるが、それはあくまで結果的にだ。
もとは稜の世話役、侍女として用意された人物で、身の回りの世話をするには秘密を知らなければならず、知ったからには身内にしなければならない。
それを仕事として受け入れているだけなら、呪いが発動しているはずだ。
「レイコさんが、稜の性別を知ったのは?」
「うちにきて、本当にすぐくらいだよ」
「そっか――なら、俺の説はハズレってことかな」
「おや、どうしてそうなるのです?」
「そりゃ……レイコさんが、いつ稜の姉になったかは知りませんけど、その関係をすぐに受け入れるのって、やっぱり難しいんじゃ――」
「そうでもありません。こんなにも愛らしいお嬢さまが妹となれば、それはもう心より喜び、受け入れるのは当然のことかと」
「そういうもんですかね」
「ええ、そういうものです」
長々と会話までして、ようやく違和感に気づく。
「……レイコさん、いつお戻りに?」
「なにをおっしゃいます。ほんの三十分ほどで戻りますので、エッチなことはほどほどに――と、申し上げたではありませんか」
いつの間に買い物から戻ったのか、稜と二人でくつろいでいたリビングには、レイコさんの姿があった。
「あ――先ほどの愛らしいキスシーンは、ばっちり撮影済みですので」
「なにしてくれてんのっ!?」
「こちらに隠しカメラの配置を。ぬかりはございません、お嬢さま」
「ぬかってていいよ! ただの盗撮じゃない!」
「そのような……いわばペットカメラのようなもので」
「ペット扱いっ!? なお悪いよ!」
相変わらずというべきか、稜はからかわれるのが上手だ――そんなことを思いつつ、抗議する恋人をそっと抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。
満足げにうなずくレイコさんの態度からして、またからかっているだけなのはたしかだ。
いや――その裏で本当に撮影しているのが、彼女という存在。
二人の関係、その進展を、両親である大道寺家当主夫妻に送る命令を、ひそかに受けているとも聞いている。
「……それはさておき、レイコさんにお聞きしたいんですけど」
「さておかないでよ!」
「……ご両親から、いわば監視を頼まれてるわけだしな。俺としても、お義父さんたちに安心していただけるなら、ある程度は仕方ないと割り切ってるし」
「私は割り切れないよ……恥ずかしいし」
「いや、俺も普通に恥ずかしいけどな」
とはいえ、ご両親としても娘が婚前交渉などしていたら、さすがに苦言を呈したくもなるはずだ。
そうならないよう、見張りを置くのは当然といえよう。
「それで雄馬さま、聞きたいこととおっしゃるのは」
「ええ、実は――」
「申し訳ございません。バストはまだ、102センチのままで――」
「…………聞いてません」
「待って。ちょっと間がなかった?」
稜の目は美しい分、目力が強く、こういうときの視線にはおそろしいまでの迫力がある。
たしかに稜はスレンダーだが、そこも含めて、雄馬は稜のことが好きだ。
そんなに気にするようなことではない――とは思うが、もちろん本人にそんなことは言わない。言えない。
「……お聞きしたいのは、稜との姉妹関係についてです」
先のレイコさんの発言を無視し、なにも聞かなかったように続ける。
「本当に、そんなにすぐ受け入れられてたのかな、と」
「そうですね……はっきりと申し上げまして、本当にすぐでしたかと」
そう口にした彼女は、わずかに目を伏せ、ポツリともらした。
「というのも、大道寺に迎えていただけなければ、私は生きていられたかも怪しいもので」
「えっ――」
耳を疑うような彼女の返事に、雄馬たちは丸く目を見開く。
しかし彼女は、それ以上の詳しい事情を話すことはなかった。
「まぁ、それはともかく――お嬢さまを妹と紹介されまして」
「は、はぁ……」
「いや、ともかくで流していい話じゃなくない?」
雄馬もそう思うが、きっと彼女は語らないだろう。
姉妹関係を受け入れたことも、そのあたりが関係していそうではあるが、大事なのはそのあとだ。
「こまっしゃくれたガキなら、ブン殴ってやろうかと思っていたものですが――」
「え、こわ……」
「お嬢さまときたら、まるで天使か女神かというような、愛らしい笑顔でいらっしゃいまして――」
「言いすぎだよ!」
「――わかります」
「雄馬っ!?」
「さすがは雄馬さま、おわかりになられますか――まぁお嬢さまにも、いずれわかる日がこられるかと」
「僕自身のことだよ! そんな褒め方するわけないでしょ!」
等々――稜の小刻みなツッコミを挟みながら、レイコさんの説明は続く。
「その笑顔を拝見しまして、私は思いました――お嬢さまのために生きよう、姉として恥じぬ、立派な女性になろうと……」
「レイコさん……」
「恋人とのイチャイチャを、一秒たりとも逃さず撮影しようと」
「そのときから思ってたのっ!?」
「いえ、それはさすがにジョークですが」
「いい加減にしろよこの女ぁぁぁぁっっ!」
稜は時折、こうして理性が崩壊することがあった。
そんな彼女をなだめ、抱きしめると、スンスン泣きながら胸に甘えてくる。
「うぅ~、雄馬ぁ……レイコさんがひどいぃ……」
「うんうん、知ってる……いつもそうだよな」
「そうだよぉ……スンスン……」
「心外ですね……ですが、お二人が幸せそうなので、オッケーです」
しれっとした顔で告げるレイコさんを、稜がギロッと睨んだ。
「もういいよ……そうやって、僕のことからかってばっかり……」
「ふふ、申し訳ございません」
「笑ってるし!」
笑う――とはいっても、レイコさんの笑顔は揶揄や嘲りなどではなく、慈しむようなやさしい笑みだ。
(実際……姉っぽいといえば、そうなんだよな)
侍女として、身の回りの世話はしているだろう。
義父のことを旦那さま、義母のことを奥さまと呼び、そのことに抵抗はない。
稜のことをお嬢さまと呼び、敬愛し、慈しんでいる。
その一方で――レイコさんの稜を見る目には、まぎれもない姉妹愛がある。
からかっているのは事実だが、それは妹が、誰よりもかわいいからだ。
妹としては迷惑な話かもしれないが、それは裏を返せば、どうすれば妹が怒るのかというツボまで、よく理解しているということ。
昨日今日、妹として扱うようになったくらいでは、そうしたところまで気づきにくいのではないだろうか。
「姉らしいかはともかく……稜のことを、よくわかってるとは思うぞ」
「む……まぁ、それは……長いこと一緒にいるし、仕方ないよね」
「そのような照れ隠しを……本当にかわいらしいですね、お嬢さまは」
「べ、別に照れてないからっ」
実際、笑顔に惹かれたかはともかく、レイコさんが当時から姉としての立場を意識していたなら、雄馬の仮説とは合致する。
血のつながりか、心のつながりか――それが必要となる可能性も、考慮しておかなければいけない。
「――ところで、雄馬さま」
雄馬の腕の中にいる稜を愛でながら、レイコさんが口を開いた。
「雄馬さまの仮説が、もし正しかったとして――その場合、成人という基準をどのように考えますか?」
法の定めた年齢を満たすのではなく、成人した自覚が必要だというなら、稜はどのように変わればいいのだろうか。
たとえば元服のころなら、当時はそうした儀式を経ることで、周囲からは一人前の大人として扱われるようになり、相応の振舞いが求められる。
それが社会の常識であったため、当人もその覚悟ができたはずだ。
だが、現代ではどうか。
いまや成人式といっても、ただ集まり、自治体の長が挨拶をするくらい。
出席する側も学生の身分がほとんどであり、大人としての自覚など、とうてい得られるものではない。
(そもそも、大人っていうのがどういう存在か――)
自分で稼ぎ、暮らすようになれば大人なのだろうか。
それなら、実家暮らしの社会人は子供ということになるが、それも極端だ。
また学生でも精神的に成熟しており、卒業後どころか在学中に社会へ出て、そのまま通用してしまうチートじみた者もいる。
法的に未成年だったとしても、そうした人物は立派な大人といえよう。
「……雄馬さまの中にも、明確なビジョンはないご様子」
「そう、ですね……恥ずかしながら」
「いえ、問題はございません。世の大人でさえ、明確な基準を持ち合わせている方などまれでしょうから」
そう口にするレイコさんだが、彼女はどうだろう。
すでに年齢は成人に達しており、大道寺から生活費はもらっているようだが、それとは別に侍女としての給与も得ている。
仕事である家事も万能で隙がなく、雄馬に教えられるほどの学力もあって、さらには武術もたしなんでいるそうだ。
能力だけを見れば、社会人として恥じない、立派な大人といえる。
雄馬の教師役を稜と取り合うなど、妹をからかうところは子供っぽいが、そうした行動の端々にも、いわゆる大人の余裕があった。
そんな彼女の意見を聞いてみたいと、雄馬は口を開く。
「レイコさんは、どう思われますか?」
「私ですか? そうですね……やはり、セッ――」
「言わせないよっっ!」
稜は真っ赤になって跳ね起き、慌てて彼女の口を塞ごうとした。
もちろんレイコさんは、その腕を軽やかにかいくぐっているが。
「聞かれたらそう言うだろうなって、ずっと思ってたよ!」
「ですがお嬢さま。肉体的なつながりで精神的な変化が得られるというのは、よく聞く話ではございませんか」
「そ、そうかもしれないけど……短絡的すぎる!」
稜の言うとおり、結論としては短絡的だろう。
もちろん、経験済みになることで余裕が生まれ、気持ちに変化が表れるのは、間違いではないだろうが――。
「……たしかに、大人の自覚かどうかって言われると、疑わしいかもな」
「ねっ、雄馬もそう思うよね!」
どこか安堵したような、それでいてがっかりしたような、どちらとも取れる表情を見せる稜。
レイコさんの意見に、雄馬が肯定的だったなら、もしかすると拒否する気はなかったのだろうか――。
(って、なに考えてんだよ……)
両親公認の仲とはいえ、雄馬も軽率な行為におよぶつもりはない。
ただ、それを軽率と思えなくなったときこそ、自分たちを大人と認められるのかもしれない――というのは、さすがにロマンが過ぎるか。
「雄馬さまがそうおっしゃるなら、私も無理にとは申しませんが……」
「なんでレイコさんが残念そうにするのさ」
「それはもちろん――これを機にお二人が関係を結んでくだされば、セカンドチェリーのほうは、私が早期にいただく予定でおりましたので」
「あげないよ! なんちゅう邪悪なこと考えてるの!」
雄馬をかばうように抱きしめ、稜は彼女をにらみつける。
「落ちつけって。またレイコさんの冗談だよ」
「冗談でもやなんだけど!」
「いえ、冗談ではありませんが?」
「冗談にしといてよ、頼むから!」
今日の稜は、これまでになくツッコミが激しい。
ぜぇぜぇと、肩で息をしているくらいだ。
「いずれにせよ――雄馬さまもお嬢さまも、そうした意識を持ち、考えておくことは重要かと存じます」
それまでにない、真剣な声音でレイコさんが告げる。
「私も以前より、年齢を基準にしてよいものかと、考えることはございました。なんらかの確証が得られるまで、周囲には悟られぬよう振る舞うべきでしょう」
「ん……まぁ、そうかもね」
稜としてもこの仮説を聞いてから、思うところがあったようだ。
その言葉には反論せず、ある程度の納得を見せている。
「見せつけて煽るのも、ほどほどにしたほうがいいか……」
「いや、煽るのは本当にやめてくれ」
バレるバレない以前に、それを見た彼女が暴走し、直接的な行動におよぶような事態を考えれば、そっとしておくほうが無難だ。
自分にとっても、きっと稜にとっても。
「……ねぇ、雄馬」
そんなことを思っていると、ふと神妙な顔を浮かべる稜。
「『そういう考え』が、大人じゃない――って、ことなのかな」
雄馬も先日、自覚したばかりの感情――。
心の奥底に抱えていた、相手に後悔させたいという、歪んだ欲求。
そうした、いわば復讐を考えるというのが、子供じみた考えなのだろうか。
「……厳密には、そうじゃないと思うぞ」
「ふぅん……ちょっとは、そうかもしれないってことだ?」
少しのニュアンスを的確に捉え、稜が問い返す。
「……俺の言うことが、正しいってわけじゃないからな?」
「いいよ。それでも、聞かせてほしい……僕たちが大人になるために、なにが必要なのか、知らなきゃいけないと思うから」
妙に期待されてしまっている気はするが、雄馬の考えにしても、それほどたいしたものではない。
「こう言っちゃ軽いけど……仕返しみたいなのは、大人でもすることだと思う。相手に社会的なダメージを与えるために、訴訟を起こしたりな」
「ああ――それと一緒だと思えば、特に子供っぽいことでもないのか」
「ただ……それを継続して与え続けるとなると、それはどうなんだろうな――って、思わなくもない」
今回の件で雄馬が、あの三人に対して口にした言葉だ。
『俺から声をかけないかぎり、近づかないでくれ』
つまりいつかは、雄馬から声をかける『かもしれない』、ということ。
仮に、彼女たちがそれを待っているのだとしたら、雄馬が声をかければ、その時点で許しを得たと思うだろう。
いつかは許される――だが、いつかはわからない。
許しという解放を求める以上、それを待ち続ける日々が罰となる。
その罰を受ける彼女たちの後悔を、雄馬は愉悦を覚えるかというと――。
「……正直、そうでもないんだよな」
後悔は十分に感じられたし、雄馬自身も言いたいことを伝え、気持ちの整理はついたと思っている。
だから、これ以上の罰を与えたいとは思わない――のだが。
「じゃあ雄馬は、あの子たちを許すの?」
「……どうすればいいか、迷ってるような気はする」
許してもいいとは思っているが、声をかけることがためらわれるのか。
拒絶したいと思っているが、二度と話せなくなるのはいやなのか。
二律背反とまでは言わないが、自分でも感情を決めかねているようだ。
その迷いが、『声をかけないかぎり』という条件を、無意識につけさせたのかもしれない。
「それを決断して、後悔しないこと……区切りをつけて、前を向くこと。もしかしたらそれが、大人になるってことかな――とも思う」
「……そっか」
「そういう意味では、稜はかなり大人なのかも」
「えっ、なんで?」
そんな雄馬の言葉が意外だったのか、彼女は首をかしげる。
「……許さないって宣言してから、学校の連中を気にしたこともないだろ?」
「まぁ、そうだね……雄馬と一緒にいるのに、よけいなこと考えたくないし」
「だよな。罰だとか、苦しめようだとか、そういう意図は一切なくて――許さないと決めて、関わることをやめた」
いまだ、稜に許しを乞う生徒や教師は多いが、たとえ彼らが謝罪をやめたとしても、稜は気にも留めない――どうでもいいと思っている。
バレンタインのときも、嫌悪や恐怖のほうが先だっていたが、それはなんの関心もない相手――いわばストーカーからの贈り物だったからだ。
そんな関わり方をされるくらいなら、距離を取って消えてくれるほうが、よほどありがたいと思っているのだろう。
「そういうのを考えるとな……やっぱり俺は、まだガキなんだって実感する」
「うーん……そうかなぁ?」
雄馬の意見を咀嚼するように、ふむふむとうなずいていた稜だが、そこで否定的な声を上げた。
「結論としては、むしろ逆じゃない? あんな目に遭わされて、それでも相手のことを考えようとする雄馬のほうが、よっぽど大人だと思うけど」
「――いや、それは違うだろ。俺が考えてるのは、あいつらのことじゃなくて、自分のことなんだから」
「迷いについては、そうかもしれないけど……根本には、あの子たちを苦しめないためにはどうすればいいか、っていう考えがあるんじゃない?」
それに――と、自身の内面を振り返るように、彼女は少し宙を見つめた。
「誰かとの縁とか、完全に断つのって難しいと思うんだよね……なんの関与も、関心もない状態っていうのは、それこそ不自然なんじゃないかって」
「……稜自身、無理してる自覚でもあるのか?」
「そういうわけじゃないけどさ……もしかしたら十年、二十年もしたら、許してあげてもよかったかな――とか、ふと思うことだってあるかもしれない」
もちろんいまは、そんなつもりはまるでないけど――。
そう付け加え、稜はクスクスと笑う。
「無意識に、そういう未来を予見してるから、雄馬は迷うようになったって可能性もあるよ。先々のことを考えられるっていうのは、大人の知見っぽいよね」
「……俺が大人かどうかは、ともかくとして」
「として?」
「逆に――っていう視点はなかったな。一理あるかもしれない」
そちらのほうが大人な見解だとしたら、稜にも欠けている部分がある、ということになる。
彼女の知見や判断が子供とは思えないが、その場合は呪いが継続するわけだ。
少なくともまだ、秘密は公開すべきではない。
「いまのうちに話しといてよかったな……まだしばらくは、慎重に動こう」
「はーい、わかりました」
「……稜は、それで大丈夫か?」
人前で男として振る舞うこと、それは年頃の女子にとって大きな負担だ。
もちろん家の中では、いまこうしているように密着し、抱きしめていることが多いわけだが、それだけで足りるだろうか。
スキンシップがという意味ではなく、彼女が女子として過ごし、その実感を――幸せを得るという意味で。
「ま、もう慣れたからね。それに、外でイチャイチャできない分、家だと雄馬が甘やかしてくれるから――うれしいし、幸せだよ」
頭を胸に押しつけるように、顔を上げ、こちらを見上げてくる稜。
その目が、雄馬は?と問い返してくる。
「……ああ、俺も」
「俺も、なぁに?」
「……稜とイチャイチャできて、幸せです」
「ふふー、よろしい♪」
彼女を抱く腕に、つい力が入ってしまう。
きゃー、とかわいい声を上げ、逃げるふりをする稜。
そういうことをされると、狩人の本能を刺激されるというのか、よけいに力が入ってしまうわけだが。
「……逃がすかっ」
「ひゃんっ……ちょっと、雄馬ぁ……あっ、もうっ……」
男として振る舞う稜も、雄馬の前では女子であり、身体は女子そのもの。
甘い香りはするし、やわらかくてしなやかだし――というわけで。
ただ密着しているだけで、色々と我慢ならなくなる。
『彼女』はある意味、そのためのストッパーでもあった。
「……雄馬さま、次はぜひ私に」
「いきなりなに言いだすのっ!?」
そんな風に声をかけてくれたおかげで、二人きりでなかったことを思いだす。
「このような甘い光景を見せつけ、我慢しろとはあまりに酷というもの……というわけでお嬢さま、二時間ほど買い物に行っていただけませんでしょうか」
「行かないよ! 行くわけないでしょ!」
半身になり、レイコさんを睨みながら、雄馬を抱きしめる稜。
半分とはいえ向き合ったことで、やわらかな感触が着衣越しにつぶれる。
スレンダーな体型ではあるが、稜もないわけではない。
規格外な比較対象が近くにいるだけであって、彼女にもしっかりと、ほのかなふくらみがあるのだ。
それを押しつけられた雄馬は、しばし無言になる。
「ではせめて、ご一緒させてくださいませ」
「どんなプレイだよっ……ちょっと! 許可してないのに入ってこないで!」
「まぁまぁまぁ、お嬢さま……まぁまぁ、まぁまぁ……」
「まぁまぁじゃないよ……って、なんでこっちくるの! うわっ、すごっ!」
規格外のふくらみが、稜の背中で広がるように押しつぶされていた。
わずかに、反発を覚えたように顔をしかめた稜だったが、そのやわらかさは、男女問わず魅了するものだったらしい。
「えっ――は、えっ? なに、これ……こんなんなるの……?」
稜は真顔になり、そこから徐々に顔を緩ませ、最終的には安らぎを覚えでもしたような、おだやかな表情を浮かべていた。
もはや意識は雄馬ではなく、背中の神経に集中しきっている。
「反応が完全に男子なんですが」
「乳房は万物の母ですからね……男女関係なく、効果はバツグンというもの」
さぁ、雄馬さまも――などと言われる前に、彼女を起こさなくては。
人差し指で少し強めに、彼女の唇をツンツンする。
瑞々しくやわらかなそれは、プニプニするというべきだろうか。
「おーい、しっかりしろー」
「んにゅ……ぷぁっ、はぁっっ! しまった、まんまと罠に――」
慌てて雄馬を抱きしめ、フローリングの床をズザザッとすべりながら、部屋のすみへ避難する稜。
「おや……もうよろしいのですか、お嬢さま?」
「そ、そういうのは、雄馬がいないときに――」
「なんて?」
「――じゃ、なくて……そんな贅肉に惑わされないから!」
まだいくらか、男子気分が抜けていないようだ。
視線を胸元に向けたままのドヤ顔が、逆に痛々しい。
「いかがです、雄馬さま……お嬢さまさえ虜にする、この破壊力です。味わってみたいとお思いに――」
「……なりません」
「ちょっと悩みながら言ってない?」
「稜に言われたくないんだが」
少なくとも――。
彼女の魔性の魅力から解き放たれないかぎり、二人は大人と認められることはない――そんな気がした。
ひとまず以上で。
仮に誰かが許されるとしたら、誰が許されるのでしょうね。
◎本命 妹
〇対抗 幼なじみ
☆大穴 東条
がんばって続き考えたいです。考えろ(豹変)。
それと私事ですが、拙作『勇者暗部』の完全書き下ろしストーリーが二巻として、8月29日に電子書籍限定で発売予定です。
まだサンプルも上がっていない状況かと思いますが、チェックしておいていただけると、とてもうれしいです。




