後日談4A
長編の投稿も終わりましたので、こっちの続きです!
バレンタイン編です!(二ヶ月以上前)
今回の話で、さすがにひと区切りにはなるかな……どうかな?
正月からひと月あまりが過ぎ、朝の空気が一段と冷え込む中――。
「おはよっ、雄馬!」
いつものように、稜のマンションへ迎えにやってきた雄馬を、愛らしい彼女の笑顔が迎えてくれる。
細く柔らかな髪、白くきめの細やかな肌。
普段はキリリと凛々しい瞳も、雄馬の前ではふにゃりと脱力し、愛らしく目尻を垂れさえしている。
唇はプルプルと官能的に揺れ、うっすらと引かれたリップが、瑞々しい光沢を放っていた。
(……いや、いかんでしょ)
これを男子として世にだして、どうして通用するのかと言いたくなる。
どこからどう見ても、すぐにも抱きしめたくなるような美少女だ。
それが自分の恋人どころか、相手の親にも認められている婚約者などと、はっきり言って人生すべての幸運を使い切ったかのようなシチュエーションである。
「おーい、ゆうまー?」
「……悪い、神に感謝してた」
かわいさに見惚れていた、と素直に言えない弱さが憎い。
そんな雄馬の言葉に、稜はええーと非難するような声をもらすが、すぐになにかに気づいて、あっと声を上げた。
「なるほど、聖ワレンティヌスに感謝してたってことか! そんなに楽しみにしてたなんて、雄馬はかわいいなぁ♪」
「……おまかわ」
ボソリと返しつつ、雄馬の頭には、セントなんとやらという単語が居座る。
「で――よくわからんが、そのセントなんとかさんって誰だ?」
「えーっ、感謝してたんじゃないのっ?」
首をかしげつつ、しょうがないなぁと彼女が解説し始める。
「ワレンティヌスはつまり、聖人バレンタインのこと。ざっくり説明しちゃうと、その人の働きがあったから、今日のバレンタインデーは生まれたって感じかな」
なるほど、言語の読みの問題か。
セントと頭につく人物は、相応の信仰が認められた信者、ということだ。
「……って、神様じゃなくないか?」
「まぁそうなんだけど……こまかいことは、言いっこなし!」
などと、実に適当な発言だったことが判明するあたり、浮かれていたのは彼女のほうらしい。
もちろん、雄馬も浮かれていないかと言われれば、そんなことはないが。
「それじゃ、お待ちかねのチョコなんだけど――」
「お、おう」
そんな風に話を振られ、ドキリとしながらも冷静さを装ってはいるが、どうも見透かされているように思える。
彼女はクスクス笑い――けれど、なにかを取りだすそぶりは見せなかった。
「放課後は、うちに上がっていってね。一緒にお茶しながら食べられるように、ちゃんと用意してあるから」
「――そうか。なら、楽しみにしとくか」
なんとなく肩透かしをくらった気分ではあるが、恋人の家に上がり、そこでのんびりといただけるなら、それはそれで楽しみである。
それなら早く学校へ行こう――そう考え、自転車を回したときだった。
「はぁぁぁ~~~~~~……まったく、なんということでしょう」
「……おはようございます、レイコさん」
いつの間に現れたのか、稜の背後で深くため息をもらした彼女の姉は、あきれたように首を振っている。
「なにかあったんですか?」
「あったんですか、ではありません。本当にお嬢さまときたら、まるで殿方の気持ちを理解していらっしゃらないのですから」
「……昨日も言ってたけど、なんなのそれ」
どうやら二人の間では、なにかしらやり取りがあったようだ。
そんなレイコさんの手には、かわいらしい紙袋がひとつ握られている。
「よろしいですか、お嬢さま?」
言いながら彼女は、そこからきれいに飾られた包みを取りだした。
「こういうイベントではですね、満を持しての招待――なんてされるより、期待したものをそのままぶつけられるほうが、気持ちが満たされるんですよ!」
このように――と、レイコさんの手が包みを差しだしてくる。
レースで作られた花をあしらった、ハート形の包み紙だ。
雄馬が朝から――もとい昨晩から抱いていた期待を、具現化したような包みだ。
「ハッピーバレンタインです、雄馬さま。純度120パーセントの私の愛情、どうか受け取ってください❤」
「ちょっとなにしてくれちゃってんのっ!?」
思わず手を伸ばしそうになる雄馬の目の前で、稜の手がそれをかっさらう。
「しかも20%よけいなのはなんなのっ!?」
「……純粋な下心というやつですね」
「不純物っ!」
ダンクシュートのように、袋に叩き戻される120パーセント。
「……しかし実際ですよ、お嬢さま」
特にこたえた様子もなく、レイコさんはチョコを取りだし、片手でもてあそぶ。
「いまお渡ししなければ、どこの馬の骨とも知れない女が学校で、雄馬さまにファーストチョコを渡しかねませんでしょう?」
「そっ、それは……いや、でも……」
そんな奇特な人間がいるだろうか――と雄馬が考え、稜が動揺している間に、彼女の持論はさらに展開される。
「私はそれが、我慢なりませんので――お嬢さまがお渡ししないならと、涙を飲んでファーストチョコをお贈りしようかと。では、どうぞ❤」
「涙を飲んだ態度じゃないよ、それは!」
稜が指摘するとおり、満面の笑みで腕を伸ばし、豊満な乳房を強調してチョコを渡すその仕草は、イベントを心から楽しんでいる様子だ。
しかもまた、チョコの包装にも隙がない。
きっと中身も美味だろう。
そんなことを考えると、つい受け取ってしまいそうにもなるが、雄馬は手を伸ばしはするも、それを彼女のほうへ押し返す。
「申し訳ないですけど、最初のチョコは稜からがいいです。学校では渡されないでしょうし、渡されても受け取らないと約束しますから」
「っっ! ほらーっ!」
勝ち誇った顔の稜をチラリと見やり、レイコさんは軽く息を吐くと、瞳を閉じてうなずき、チョコを袋に戻した。
「雄馬さまがそうおっしゃるなら、信用いたしましょう。お嬢さまのチョコレートを味わっていただいてから、私もお渡しするということで」
「はい……すみません、せっかくいただいたのに」
「いえいえ、かまいませんよ」
言いながらレイコさんは、ニヤリと笑う。
「こういう料理対決は、後だしのほうが勝率は高いですからね」
「別に勝負とかじゃないんだけどっ!」
◇
そんな心温まるやり取りのあと――いつもどおりに学校へ向かう二人だが、通学路にも昇降口にも、普段より多くの生徒が登校していた。
比率はもちろん、女子が圧倒的である。
「これは……なるほど、そうなるのか」
誰もがファーストチョコを狙って、朝イチの登校を目指していたわけだ。
「まぁ、見られないようにって考えるとねー」
そんな話をしながら、稜はシューズロッカーを無防備に開き――。
「うわぁっっ!?」
頓狂な声を上げる稜。
そして直後に、トサトサとなにかが落ちる音が聞こえる。
「どうしたっ……って、うわ――」
靴箱から溢れんばかり、というほどではないが、靴箱にはいくつもの包みが入っており、戸に立てかけられていたものがこぼれ落ちていた。
(……そういえば、忘れてかけてたけど――)
例の事件が起きるより前、彼は学園の王子だった。
いや、このチョコレートの数は、いまなお思われている証左だろう。
「嘘でしょ……どうしよ、雄馬ぁ……」
ひとまずは靴を履き替え、のろのろと包みを拾い上げた稜は、泣きそうな顔でこちらを見てくる。
「――受け取るって選択は?」
「ない、絶対にいやだよ」
「だよなぁ……」
そうなれば、ノータッチしかないだろう。
とはいえ、食べ物をこのまま放っておくのもしのびない。
小さくため息をつくと、雄馬は普段使いのエコバッグを取りだし、それに入れるよう促した。
「落とし物として届けとけば、あっちで処理してくれるだろ」
「うん……ありがと、雄馬」
ドサドサとぞんざいな扱いで袋に詰め込み、落とし物を届ける事務室のほうへ足を向ける稜に、雄馬も続く。
「……去年も、こんなだったんじゃないか?」
「それは――そうだけど、今年は予測してないよ」
あれだけのことがあり、あれだけのことをされ、稜は冷たく周囲を拒絶した。
それでもなお、彼女を――彼を求めるというのか。
あるいは、赦しを乞うているのかもしれない。
一方的な感情を向けられる怒りか、失望か、稜の顔は泣きそうに歪んでいた。
「……大丈夫か、稜?」
「うん……ごめんね、雄馬」
思いもかけない返事に、おやと首をかしげる。
「稜が謝ることじゃないだろ。というか、俺はなにも――」
「だって――雄馬には、あんな約束までさせたのに。僕のほうがもらっちゃうなんて……そりゃ、もらおうとしたわけじゃないけど――」
雄馬への気持ちに対して不誠実だった、そんな気分になるのだろう。
妙なところでまじめな彼女に苦笑しつつ、雄馬はその頭をやさしく撫でた。
「……受け取ったわけじゃないんだから、気にすんなって。これで手放したら、もう稜とは無関係なんだからさ」
「ん……うん、そうだね」
落とし物として届け、ようやく気分が落ち着いたように、彼女が息をもらす。
「ごめんね雄馬、付き合ってもらっちゃって」
「いいよ、こんくらい。それじゃ、さっさと教室行くか」
これ以上、よけいなことに――たとえば、待ち伏せからの告白などに遭遇してしまう前にと、二人は改めて教室へ向かった。
そこに、さらなる魔の手が待ち受けているとも知らずに――。
それはまぎれもなくやつさ