後日談3C
VS生徒会長
◇
「……あけましておめでとうございます、生徒会長」
ホラー映画のような心境になりながらも、なんとか社交辞令な挨拶を告げ、雄馬が足を止めると、稜もそれにならった。
「どうぞお先に。俺たちはあとから参りますので」
「せっかく会えたんだ、一緒に参ろうじゃないか。時間も惜しいだろう」
「いえ、そんなに待たないと思いますし」
実際、鳥居をくぐればすぐに拝殿が見えるし、そこで拝んで戻ってきても、念入りに拝みでもしないかぎり、三分とかからないだろう。
ただ、仮に三十分はかかる広さだったとしても、同行は遠慮したかった。
正直に言って、彼女とはあまり関わりたくはない――例の手紙も、終業式の日までずっと続いていたのだ。
そこにきてこの状況は、まさしくホラーか、サスペンスといったところ。
そうして雄馬は頑なに拒もうとするが、意外な声が隣から聞こえる。
「――まぁ、言い争っていても仕方ないですね。一緒に行きましょうか」
稜のそんな言葉に、まるでやっとそこにいたことに気づいたような目で、東条は彼女を見つめた。
「……稜、いいのか?」
「僕は気にしないよ。あ、でも――雄馬がどうしてもいやなら、撤回するけど」
どうする、と視線で問われるが、ここでゴネるのも男がすたるというもの。
「いや、俺も気にしないが」
「ならいいじゃない――ということですから、生徒会長?」
雄馬に話すときとは、あからさまに声の高さと調子を変え、稜は東条に視線を返した。
「数十秒ほどですけど、ご一緒しましょうか」
わかりやすく棘のある彼女の言葉に、どんな感情を感じ取ったのだろう。
「ああ……姫王子も、あけましておめでとう」
「ええ、おめでとうございます」
雄馬の目には、二人の視線の間に、激しい火花が散ったように見えた。
…
鳥居をくぐって二、三十秒というところ。
すぐに拝殿に到着し、稜が代表する形で鈴を振り、それぞれがお賽銭を投じて、作法に則った参拝を済ませる。
屋台はおろか、お守りの販売すらない境内は、もう引き返すだけだ。
その途中、それまで無言の中でまず口を開いたのは、稜だった。
「会長はこの神社のこと、どこでお知りに?」
「ああ、きみと同じだよ。雄馬に聞いたんだ」
名前で呼ぶのはやめてほしいと何度も頼んだはずだが、頑として聞き入れるつもりはないらしい。
それはそれとして、彼女に教えた覚えはなかった。
「……それは、いつのことですか?」
「ふふ、覚えていないか……中学のときだよ。休憩中に雑談の中で、近所の神社の話をしてくれたことがあったろう?」
言われてもまるでピンとこないが、そういったことがあったのは事実らしい。
それを思いだした彼女は、近辺に検索をかけて地図を調べ、この神社を見つけだしたそうだ。
中学のとき、と強調するように口にした東条の言葉に、稜はわずかに唇を緩めたが、瞳は笑っていなかった。
「場所を教わったり、連れてきてもらったりしたわけじゃないんですね」
「だから言ったろ。誰にも教えてないって。連れてきたのは、稜が初めてだ」
思わず稜に向き直り、なぜか弁明するような口調になった雄馬の背後で、東条がなにか言おうとする気配を感じさせる。
だが結局は黙したまま、彼女は口をつぐんだ。
言っても詮無きこと――とでもいうように、小さく首を振って。
「そこは疑ってなかったけど――それで先輩は、どんなお願いを? 受験は推薦でしたし、懸案事項だった生徒会の仕事も、落ち着きましたよね?」
「……ああ、なんとかね。不甲斐ない姿を晒しはしたが、年末まではしっかりと責任を果たさせてもらったよ」
冬休みを返上する形で、溜め込んでいた仕事を片づけたらしい。
受験生の冬休みなら、宿題などもなく――稜の言葉どおり、推薦入試で受験勉強も不要なら、仕事に打ち込む余裕はあっただろう。
「本当は、推薦も断ろうとしたんだがな。それはできないと、先生方に告げられてしまったよ」
「ふふっ、そうでしたか」
先輩の言葉に、稜がクスリと冷たい笑いをこぼした。
「まぁ――学校中がそうだったんですし、先輩がひとりで禊をしたところで、意味はないと思いますからね。それが正解ですよ」
冷たい正月の空気が、一段と冷え込んだように感じる。
雄馬が思わずマフラーを寄せて首を隠したところで、稜はさらに口を開いた。
「いずれにせよ、特にお願いはなさそうですけど――そんな状況で、わざわざレアな神社を探して初詣するなんて、先輩も変わり者ですね」
「――そんなことはないさ。願いごとは、もちろんあるよ」
間髪を入れず返し、東条はそのまま続ける。
「ここで雄馬と会えたことは、成就の先払いかもしれないな。おかげで、願ったことにも希望が持てそうだよ」
なぜ自分が関係するのか、などとは思わない。
あれだけ熱心に、勧誘をくり返していたのだ――仕事を片づけたとはいえ、今後のために役員として引き入れておきたいのだろう。
そんな風に、ひとり見当違いな納得をする雄馬の左右で、二人の視線はさらに激しくぶつかっていた。
東条の瞳には強い意志が宿っているが、稜もそれを意に介した様子はない。
「――それは思い込みですよ。先輩の願いは、絶対に叶いません」
「おかしなことを言うんだな。きみに関することではないつもりだが」
「ええ、もちろんわかっています。だからこそ、叶わないと断言するんです」
東条の言葉にも剣呑さが宿ったが、稜はそのまま言葉を切らず続ける。
「先輩がいくら想っていようと、無駄なあがきです。彼には『もう』、そんなつもりはないでしょうからね」
「っっ……きみになにがっ――」
最後の言葉が聞き捨てならなかったのか、たまらず声を荒らげかけた東条だったが、そこが境内であったことを思いだし、キュッと口をつぐんだ。
言い終えたことで満足したのか、稜もすっきりした様子で口を閉ざす。
そして雄馬は、最初から最後まで黙り込んでいた。
…
その重苦しい一分ほどの時間を経て、鳥居をくぐり――。
「では、また学校で会おう」
「……お疲れさまでした、失礼します」
あまり再会を約したくなかったため、そんな挨拶で別れを告げる。
物寂しそうな空気をにじませる東条だったが、強引に言質を取ろうとしないあたりは、まだ理性が残っているのだと信じたい。
「それじゃ、僕らは帰ったらおせちだね」
そんな彼女をよそに、空気の重苦しさも感じていない様子で、稜は明るく声をはずませた。
ほら帰るよー、と背中をグイグイ押されるが、それを聞き咎めた声が、さらに後ろのほうから聞こえてくる。
「――姫王子は、新年も早々からお邪魔しているのか」
「ええ。それができるくらいには、僕たち仲がいいので」
そう答えながら寄り添ってくる稜の距離は、同性の友人というには、明らかに近すぎた。
妙な――艶やかな空気を感じたのか、東条はそれを見て眉根をひそめる。
「……二人については、妙な噂がある。そんな風に近しくしていると、よけいに誤解を招くんじゃないか」
その棘のある指摘に雄馬は、稜よりも早く口を開いていた。
「噂のことは知っています。でも、そういうのは気にしないタイプなので」
「雄馬……だが――」
「だから俺は、稜と一緒にいるんですし――これからも、一緒にいます。二人でいるのが、心地いいんですよ」
そう言われた東条の顔は、稜とチクチクと言い合っていたときの気迫が欠片も感じられない、どこまでも打ちひしがれた表情だった。
「…………そうか」
「ええ、そうです」
それだけは、胸を張って言い切れる。
そんな雄馬の態度に、彼女は口惜しそうに唇を噛み、やがて背を向けた。
「……すぐにとは言わない。だが――いつか、わかってもらいたい」
そんなひと言を、小さく残して。
…
先輩の小さくなる背を見送り――というより、彼女が離れるのを見届けたところで、雄馬はようやく大きく息を吐いた。
「……稜、あんな風に絡まないでくれ。ただでさえ、あの人とはあんまり一緒にいたくないっていうのに、よけいにいたくなくなる」
「えー? 雄馬だって、気にしないって言ったのに」
「……あれは嘘だ」
結局、男がすたるような弱音をもらしてしまうが、稜はクスクスと笑う。
「うん、知ってる。でもね――ちょっとくらい、牽制しとかないとって思って」
「牽制?」
「そ、牽制。あんな熱烈なラブレター、毎日のように送ってくるような相手には、ちょっとくらい強烈な牽制が必要なの」
「ちょっとなのか強烈なのか、どっちなんだ――あとあれは、ラブレターじゃないっての」
どうしてかわかってくれない彼女に、どう説明したものかと苦悩し、雄馬はまたも深くため息をもらす。
「……どのみち、あの様子じゃあきらめそうにないけどね」
本当、面倒な人だなぁ――。
そうつぶやいた稜の言葉は、雄馬の深いため息によってかき消され、耳に届くことはない。
「ん――いま、なにか言ったか?」
「ふふっ、なーいしょー」
慌てて問い返したものの、彼女はそう答えて笑うばかりだった。
◇
姫王子稜は、知っている。
雄馬がかつて、東条響に想いを寄せていたであろうことを。
(知ってるっていうのも、ちょっと違うけどね――)
正確には、雄馬自身も気づいていなかった彼の感情と、それを抱いていたときの響との関係を、なんとなく察していたということだ。
かつての二人は互いに想い合い、けれどそれを口にすることもなく心地よい関係を築いている、いわば周知の仲だったのだろう。
だが――その想いも関係も、彼女自身の仕打ちにより、すでに断たれている。
自らが踏みにじったその関係を、いまになって取り返そうとする彼女の姿は滑稽を通り越し、忌々しくすら感じられた。
同じ男を好きになったというシンパシーもなくはないが、だからこそだ。
これほど素敵な彼を切り捨てた彼女の存在は、とても許せるものではない。
また――同時に、雄馬がかつての自分の感情に気づいてしまうことも、稜はひそかにおそれていた。
そのことで雄馬が心変わりするなどとは微塵も思っていないが、彼に気持ちを思いだしてもらえるだけで、響にとっては心の平穏になる。
それすら看過することのできない狭量を自覚しつつ、稜は雄馬の隣にぴったりと寄り添い、その横顔を甘い視線で見つめた。
(はぁ――僕って意外と、嫉妬深い性格してるんだなぁ)
…
後日、そのことをレイコさんに相談したところ――。
「えっ、いまさらですか? お嬢さまなんて、嫉妬の塊もいいとこですよ」
と、辛辣なコメントをたまわるのだった。
新年編は、ここで区切りです。
ちなみに先輩は、男同士なら結婚はないからヨシ!くらいに思ってます。
早く真相を突きつけてやらなきゃ。
それと一件、ご報告がございます。
おかげさまを持ちまして、このたび『勝手に勇者パーティの暗部~』に、書籍化のお話をいただきました。
みなさんの応援のおかげです、ありがとうございます。
詳細については、正式決定後にお伝えできればと思います。
こちらの後日談や別の新作についても、滞りなく進めたいと思っていますが、新年はこのていたらくだったわけでして。
まぁいままでどおり、マイペースでがんばります。
それでは、また。