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18/23

後日談3C

VS生徒会長


     ◇


「……あけましておめでとうございます、生徒会長」

 ホラー映画のような心境になりながらも、なんとか社交辞令な挨拶を告げ、雄馬が足を止めると、稜もそれにならった。

「どうぞお先に。俺たちはあとから参りますので」

「せっかく会えたんだ、一緒に参ろうじゃないか。時間も惜しいだろう」

「いえ、そんなに待たないと思いますし」


 実際、鳥居をくぐればすぐに拝殿が見えるし、そこで拝んで戻ってきても、念入りに拝みでもしないかぎり、三分とかからないだろう。

 ただ、仮に三十分はかかる広さだったとしても、同行は遠慮したかった。

 正直に言って、彼女とはあまり関わりたくはない――例の手紙も、終業式の日までずっと続いていたのだ。

 そこにきてこの状況は、まさしくホラーか、サスペンスといったところ。


 そうして雄馬は頑なに拒もうとするが、意外な声が隣から聞こえる。

「――まぁ、言い争っていても仕方ないですね。一緒に行きましょうか」

 稜のそんな言葉に、まるでやっとそこにいたことに気づいたような目で、東条は彼女を見つめた。

「……稜、いいのか?」

「僕は気にしないよ。あ、でも――雄馬がどうしてもいやなら、撤回するけど」

 どうする、と視線で問われるが、ここでゴネるのも男がすたるというもの。


「いや、俺も気にしないが」

「ならいいじゃない――ということですから、生徒会長?」

 雄馬に話すときとは、あからさまに声の高さと調子を変え、稜は東条に視線を返した。

「数十秒ほどですけど、ご一緒しましょうか」

 わかりやすく棘のある彼女の言葉に、どんな感情を感じ取ったのだろう。

「ああ……姫王子も、あけましておめでとう」

「ええ、おめでとうございます」

 雄馬の目には、二人の視線の間に、激しい火花が散ったように見えた。


     …


 鳥居をくぐって二、三十秒というところ。

 すぐに拝殿に到着し、稜が代表する形で鈴を振り、それぞれがお賽銭を投じて、作法に則った参拝を済ませる。

 屋台はおろか、お守りの販売すらない境内は、もう引き返すだけだ。

 その途中、それまで無言の中でまず口を開いたのは、稜だった。


「会長はこの神社のこと、どこでお知りに?」

「ああ、きみと同じだよ。雄馬に聞いたんだ」

 名前で呼ぶのはやめてほしいと何度も頼んだはずだが、頑として聞き入れるつもりはないらしい。

 それはそれとして、彼女に教えた覚えはなかった。


「……それは、いつのことですか?」

「ふふ、覚えていないか……中学のときだよ。休憩中に雑談の中で、近所の神社の話をしてくれたことがあったろう?」

 言われてもまるでピンとこないが、そういったことがあったのは事実らしい。

 それを思いだした彼女は、近辺に検索をかけて地図を調べ、この神社を見つけだしたそうだ。

 中学のとき、と強調するように口にした東条の言葉に、稜はわずかに唇を緩めたが、瞳は笑っていなかった。


「場所を教わったり、連れてきてもらったりしたわけじゃないんですね」

「だから言ったろ。誰にも教えてないって。連れてきたのは、稜が初めてだ」

 思わず稜に向き直り、なぜか弁明するような口調になった雄馬の背後で、東条がなにか言おうとする気配を感じさせる。

 だが結局は黙したまま、彼女は口をつぐんだ。

 言っても詮無きこと――とでもいうように、小さく首を振って。


「そこは疑ってなかったけど――それで先輩は、どんなお願いを? 受験は推薦でしたし、懸案事項だった生徒会の仕事も、落ち着きましたよね?」

「……ああ、なんとかね。不甲斐ない姿を晒しはしたが、年末まではしっかりと責任を果たさせてもらったよ」

 冬休みを返上する形で、溜め込んでいた仕事を片づけたらしい。

 受験生の冬休みなら、宿題などもなく――稜の言葉どおり、推薦入試で受験勉強も不要なら、仕事に打ち込む余裕はあっただろう。


「本当は、推薦も断ろうとしたんだがな。それはできないと、先生方に告げられてしまったよ」

「ふふっ、そうでしたか」

 先輩の言葉に、稜がクスリと冷たい笑いをこぼした。

「まぁ――学校中がそうだったんですし、先輩がひとりで禊をしたところで、意味はないと思いますからね。それが正解ですよ」


 冷たい正月の空気が、一段と冷え込んだように感じる。

 雄馬が思わずマフラーを寄せて首を隠したところで、稜はさらに口を開いた。

「いずれにせよ、特にお願いはなさそうですけど――そんな状況で、わざわざレアな神社を探して初詣するなんて、先輩も変わり者ですね」

「――そんなことはないさ。願いごとは、もちろんあるよ」


 間髪を入れず返し、東条はそのまま続ける。

「ここで雄馬と会えたことは、成就の先払いかもしれないな。おかげで、願ったことにも希望が持てそうだよ」

 なぜ自分が関係するのか、などとは思わない。

 あれだけ熱心に、勧誘をくり返していたのだ――仕事を片づけたとはいえ、今後のために役員として引き入れておきたいのだろう。


 そんな風に、ひとり見当違いな納得をする雄馬の左右で、二人の視線はさらに激しくぶつかっていた。

 東条の瞳には強い意志が宿っているが、稜もそれを意に介した様子はない。


「――それは思い込みですよ。先輩の願いは、絶対に叶いません」

「おかしなことを言うんだな。きみに関することではないつもりだが」

「ええ、もちろんわかっています。だからこそ、叶わないと断言するんです」

 東条の言葉にも剣呑さが宿ったが、稜はそのまま言葉を切らず続ける。


「先輩がいくら想っていようと、無駄なあがきです。彼には『もう』、そんなつもりはないでしょうからね」

「っっ……きみになにがっ――」


 最後の言葉が聞き捨てならなかったのか、たまらず声を荒らげかけた東条だったが、そこが境内であったことを思いだし、キュッと口をつぐんだ。

 言い終えたことで満足したのか、稜もすっきりした様子で口を閉ざす。

 そして雄馬は、最初から最後まで黙り込んでいた。


     …


 その重苦しい一分ほどの時間を経て、鳥居をくぐり――。

「では、また学校で会おう」

「……お疲れさまでした、失礼します」

 あまり再会を約したくなかったため、そんな挨拶で別れを告げる。

 物寂しそうな空気をにじませる東条だったが、強引に言質を取ろうとしないあたりは、まだ理性が残っているのだと信じたい。


「それじゃ、僕らは帰ったらおせちだね」

 そんな彼女をよそに、空気の重苦しさも感じていない様子で、稜は明るく声をはずませた。

 ほら帰るよー、と背中をグイグイ押されるが、それを聞き咎めた声が、さらに後ろのほうから聞こえてくる。

「――姫王子は、新年も早々からお邪魔しているのか」

「ええ。それができるくらいには、僕たち仲がいいので」


 そう答えながら寄り添ってくる稜の距離は、同性の友人というには、明らかに近すぎた。

 妙な――艶やかな空気を感じたのか、東条はそれを見て眉根をひそめる。

「……二人については、妙な噂がある。そんな風に近しくしていると、よけいに誤解を招くんじゃないか」

 その棘のある指摘に雄馬は、稜よりも早く口を開いていた。


「噂のことは知っています。でも、そういうのは気にしないタイプなので」

「雄馬……だが――」

「だから俺は、稜と一緒にいるんですし――これからも、一緒にいます。二人でいるのが、心地いいんですよ」


 そう言われた東条の顔は、稜とチクチクと言い合っていたときの気迫が欠片も感じられない、どこまでも打ちひしがれた表情だった。

「…………そうか」

「ええ、そうです」

 それだけは、胸を張って言い切れる。

 そんな雄馬の態度に、彼女は口惜しそうに唇を噛み、やがて背を向けた。


「……すぐにとは言わない。だが――いつか、わかってもらいたい」

 そんなひと言を、小さく残して。


     …


 先輩の小さくなる背を見送り――というより、彼女が離れるのを見届けたところで、雄馬はようやく大きく息を吐いた。

「……稜、あんな風に絡まないでくれ。ただでさえ、あの人とはあんまり一緒にいたくないっていうのに、よけいにいたくなくなる」

「えー? 雄馬だって、気にしないって言ったのに」

「……あれは嘘だ」

 結局、男がすたるような弱音をもらしてしまうが、稜はクスクスと笑う。


「うん、知ってる。でもね――ちょっとくらい、牽制しとかないとって思って」

「牽制?」

「そ、牽制。あんな熱烈なラブレター、毎日のように送ってくるような相手には、ちょっとくらい強烈な牽制が必要なの」

「ちょっとなのか強烈なのか、どっちなんだ――あとあれは、ラブレターじゃないっての」

 どうしてかわかってくれない彼女に、どう説明したものかと苦悩し、雄馬はまたも深くため息をもらす。


「……どのみち、あの様子じゃあきらめそうにないけどね」

 本当、面倒な人だなぁ――。

 そうつぶやいた稜の言葉は、雄馬の深いため息によってかき消され、耳に届くことはない。


「ん――いま、なにか言ったか?」

「ふふっ、なーいしょー」

 慌てて問い返したものの、彼女はそう答えて笑うばかりだった。


     ◇


 姫王子稜は、知っている。

 雄馬がかつて、東条響に想いを寄せていたであろうことを。


(知ってるっていうのも、ちょっと違うけどね――)

 正確には、雄馬自身も気づいていなかった彼の感情と、それを抱いていたときの響との関係を、なんとなく察していたということだ。


 かつての二人は互いに想い合い、けれどそれを口にすることもなく心地よい関係を築いている、いわば周知の仲だったのだろう。

 だが――その想いも関係も、彼女自身の仕打ちにより、すでに断たれている。

 自らが踏みにじったその関係を、いまになって取り返そうとする彼女の姿は滑稽を通り越し、忌々しくすら感じられた。


 同じ男を好きになったというシンパシーもなくはないが、だからこそだ。

 これほど素敵な彼を切り捨てた彼女の存在は、とても許せるものではない。


 また――同時に、雄馬がかつての自分の感情に気づいてしまうことも、稜はひそかにおそれていた。

 そのことで雄馬が心変わりするなどとは微塵も思っていないが、彼に気持ちを思いだしてもらえるだけで、響にとっては心の平穏になる。

 それすら看過することのできない狭量を自覚しつつ、稜は雄馬の隣にぴったりと寄り添い、その横顔を甘い視線で見つめた。


(はぁ――僕って意外と、嫉妬深い性格してるんだなぁ)


     …


 後日、そのことをレイコさんに相談したところ――。

「えっ、いまさらですか? お嬢さまなんて、嫉妬の塊もいいとこですよ」

 と、辛辣なコメントをたまわるのだった。


 新年編は、ここで区切りです。

 ちなみに先輩は、男同士なら結婚はないからヨシ!くらいに思ってます。

 早く真相を突きつけてやらなきゃ。



 それと一件、ご報告がございます。

 おかげさまを持ちまして、このたび『勝手に勇者パーティの暗部~』に、書籍化のお話をいただきました。

 みなさんの応援のおかげです、ありがとうございます。

 詳細については、正式決定後にお伝えできればと思います。


 こちらの後日談や別の新作についても、滞りなく進めたいと思っていますが、新年はこのていたらくだったわけでして。

 まぁいままでどおり、マイペースでがんばります。

 それでは、また。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続編を!何卒続編をー
[良い点] からかい上手のレイコさん [一言] 甘ーい!
[良い点] 風評被害に踊らされる人がしっかり冤罪を晴らした上に人間恐怖症というレベルでは無く、噂を信じて悪評をしてきた人を実際に見て感じた相手だけに許す気は無いと言う至極分かりやすく また冤罪中に主人…
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