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17/23

後日談3B

お待たせしました、続きです


     ◇


 ひとまず、朝食代わりの雑煮を片づけたところで、中途半端な時間ができた。

 おせちは自前のものも含め、昼にいただくつもりだが、それまでは二時間ほどというところか。

 普段の正月も似たような流れで、午前中は特にやることもなく過ごしていたものだが、今年にかぎってはそうもいくまい。


(そうだな、二年参りもできなかったし、二人……三人で、初詣にでも――)

 そう声をかけようとして、雄馬ははたと気がつく。

 初詣といえば人混みだ。

 そして彼女は、その人混みで耐えがたい苦痛と屈辱を受け、心身ともボロボロになるまで追い詰められた経験がある。

 そのトラウマを刺激するような場所に、連れだしてよいものだろうか。


 二年参りにしても、結局は誘わずじまいとなったが、無神経に誘っていたら彼女を傷つけてしまっていたかもしれない。

 よくレイコさんに確認しておいたものだと、いまさらながらにホッとするが、そのレイコさんの発言がふと頭をよぎる。

 自分を連れて行けば問題ないというのは、夜更かしや深夜外出についてだけではなく、そういった事態も想定してのことだったのだろうか。


 そんなことを思いだし、思い悩んでいると、顔がしかめっ面になっていたのか。

「もしもーし? カワイイ彼女が隣にいるっていうのに、そんなこわい顔で、なにを考え込んでるのかなー?」

 意識を現実に引き戻す声とともに、頬がツンツンと突っつかれた。

「ああ――いや、ちょっとな。たいしたことじゃないぞ、うん」

「うわぁ、露骨に嘘くさい……まぁいいけど」


 ちなみに――ここはリビングではなく、すでに雄馬の部屋だ。

 リビングを占拠してしまっては、父もいづらかろうと気を遣い、気がつくと彼女を部屋に連れ込んでいたのである。

 広々とした彼女のマンションにくらべると、実に手狭な部屋だ。

 客を招くスペースにも余裕がなく、二人でベッドに腰かけているという状況。

 冷静に考えれば、こんな無防備な彼女が隣にいるのだから、もっとあれやこれやを妄想してもいいだろうとは思うのだが――。


「雄馬さま。お嬢さまはもっとかまってほしいと、おねだりしていらっしゃるのです。私の目など気にせず、どうぞ普段どおりのイチャコラをお願いいたします」

「いや、普段からこんな感じですよね?」

 目の前には、小さなテーブルを挟んで正座するレイコさんの姿もあり、とてもそんな色っぽい流れにはなりそうもない。

「たしかに、家では基本的にレイコさんがいるしね……まぁ、視線とかもあんまり気にしなくなってきたけどさ」

 そう言いながら稜は、チラリとレイコさんのほうを見やる。


「……お願い、ちょっとだけ二人にして?」

「お断りします。お二人のむつまじい姿を観察し、なんなら撮影までして、旦那さまと奥さまに報告するまでが、私の楽しみですので」

「しないでよっ! えっ、まさかいままで報告してたのっ!?」

 驚愕の事実に目を剥く稜だったが、レイコさんの視線は雄馬を捉えていた。

「それはそうと、雄馬さま」

「それはそうとしないで、質問に答えろぉっ!」


 そんなお嬢さまの言葉には、ペコリと一礼のみで済ませ、再度レイコさんは口を開く。

「かわいい彼女と二人きりでいらっしゃるのに、その難しいお顔――どのようにベッドインに持ち込むかと、考えていらっしゃるようには見えませんが」

「そりゃまぁ、さすがに正月早々、そんなこと考えてませんから」

「じゃあ、なに考えてたの?」

 そこには稜も興味が湧いたのか、身体をかがめ、覗き込むようにこちらを見上げてきた。


 自分の無神経さを晒すようで気が重いが、さりとて隠すようなことでもない。

「……せっかく時間ができたし、稜もきてくれたからな。初詣でも行かないかって、誘おうとしたんだが――」

 そう切りだし、先ほどの難しい顔の原因を明かす。

 二人はしばらく黙ってきいていたが、やがて稜のほうからフッと頬を緩め、コテンと肩に頭をもたれさせてきた。


「……そんなこと考えてたんだね」

「ああ……悪かったな、考えがおよばなくて」

 そう謝罪するが、首を振った彼女の頭が、スリスリと肩を撫でる。

「さすがに、そこまで気を遣わなくても大丈夫だよ……でも、ありがと。気持ちはすっごくうれしいよ」


 彼女のほうに横目を向けると、甘く瞳を細める、やわらかな笑顔があった。

 反対の手を伸ばし、彼女の頬に触れるも、それをいやがる気配はない。

「……稜」

「んー……」

 自然と、彼女は頭を浮かせて瞳を閉じ、心持ち唇を突きだしてきた。

(いや、レイコさんいるから……最近は本当に、気にしなくなってきてるな)

 そのレイコさんがスマホを取りだしているのを気にしつつ、雄馬は顔を近づけるのではなく、口を開く。


「――行ってみるか、初詣」

「んー……えっ?」

 この流れでそれはないだろう、というような反応で目を開く稜だが、雄馬の誘いにはそれなりに心が揺れたようだ。

「まぁ、大丈夫とはいっても、なにがあるかわからないし……人がほとんどいない神社にするつもりだけど」

「積極的に人混みに行きたいわけでもないから、それは助かるけど……」

 不服そうに、空気をついばむように唇をツンツンと動かしながら、彼女もそんな風に思案する。


「年始だし、ちょうどいい時間帯だし、どこも混んでるんじゃないかな?」

「いや……あんまり知られてないけど、近所に小さい社がある。毎年お参りしてるけど、混んでたことはないから大丈夫だ」

「へぇー……近所ってことは、すぐ近くなの?」

「ああ。歩いても五分ほどだと思う。ちょっと入り組んだ奥のほうにあるけど」


 だからこそ人目につかず、こんな時期でも穴場のようになっているのだろう。

 それを聞いた稜は、ふむむと声にだしながら腕を組み、しばし悩むようなそぶりを見せていたが、やがて――。

「……じゃあ、行こっか」

 そう言って、ニヘッと頬を緩めた。

 そんなお嬢さまの姿に、レイコさんも心なしかうれしそうに見える。


「よかったですね、お嬢さま」

「うんっ」

「私はお部屋の掃除をして、お待ちしておりますので。どうぞゆっくりと、デートを楽しんでいらしてください」

「お願いねっ」

「待て、そこはお願いするな」


 驚きの発言を聞き咎めるも、レイコさんは、それこそ意外という顔を浮かべた。

「おや、雄馬さま。なにか不都合でも?」

「掃除は年末に済ませましたし、見つかって困るものは隠してあるんで大丈夫です」

「待って、見つかって困るものってなに?」

 それはその、色々だ。

 女性不信気味ではあったが、その存在自体に罪はないのだから。


「――そんなことより、レイコさんも一緒に行きませんか?」

「そんなことじゃないんだけどっ!」

 先ほど頭でスリスリと撫でられた肩が、かわいい手でポカポカと叩かれる。

 受け止めるでもなく、されるがままになってレイコさんの返事を待つが、彼女はくるりと部屋を見回し、やがてフッと小さく微笑んだ。


「……三十分後に出直してきてください。プロの掃除の成果というものを、お見せしますよ」

「いや、お見せしなくていいので」

「まぁ、冗談はともかくとして――」

 コホンと咳払いを挟み、レイコさんはピッと人差し指を立てる。


「私のことはお気になさらず、どうぞお二人で行っていらしてください。年末を一緒に過ごされなかった分、年始はしっぽりと過ごしていただきたいので」

「……わかりました」

 表現に突っ込みたいところはあるが、言わんとすることはわかった。

 自分たちに気を遣っているのなら、ここは彼女の意を汲んでおくとしよう。


「ごめんね、レイコさん……ありがとう」

「いえ、とんでもございません、お嬢さま」

 申し訳なさそうに伝える稜にも、レイコさんは慈しむような笑みを向ける。


「午後と夜につきましては、私がしっぽりと過ごさせていただきますので」

「させるわけないでしょっ、なに言ってんのっ!」


 ともあれ――そうして雄馬たちは外出の支度をし、父親にひと声かけ、初詣デートに出かけることとなった。


「――どうぞごゆっくり。私はお約束どおり、見つかっては困るものをお探ししておきますので」

「絶対やめてくださいね」


 若干の不安を残しながら――。


     …


 羽生家の周辺は住宅街であり、元旦はのんびり過ごしたいと思う人も多いのか、あまり人通りはない。

 そういったわけで二人の距離は、さほど人目を気にすることなく、いつもにくらべてやや近くなっていた。

 肩が触れ合うくらいの距離、というところか。

 稜のほうは、それなりに気を遣おうと距離を取っていたのだが、それを許すまいと雄馬のほうから近づいていく。


「ゆ、雄馬……見られちゃうよ?」

「まぁ、大丈夫だろ」

 男同士でも肩を組んだりして歩けば、このくらいの近さにはなる。

 もっとも、男同士で肩を組んで歩くなど、普通はしないものだが。


「それならいいんだけどさ……」

 困ったようなうれしいような、曖昧な笑みを浮かべた稜は、そのまま雄馬のほうにわずかに身を預けつつ、先ほどからなにか、考え事をしている様子だ。

「どうした?」

「うん、えっとね……これから行く神社って、その――北林さんとか、仁科さんも知ってるのかなって」


 幼なじみの北林綾香、妹の仁科美羽。

 たしかに、二人も幼年期からここで過ごしており、特に北林のほうは、いまもこの近辺に住んではいる、けれど――。


「少なくとも、俺は教えてないな。それに、神社で会った記憶もない」

 おそらく知っていたとしても、友人付き合いの多い二人なら、もっと有名で大きな神社に行くはずだ。

「それならいいけど……もしかしたら、雄馬とばったり出くわすことを期待して、こっちにきてるかもしれないよ?」

「ははっ、そこまではしないだろ」


 彼女たちはなにかと理由をつけ、雄馬と話そうとしている状況ではあるが、そもそも神社と雄馬の接点を知らなければ、そうする理由がない。

 稜の言葉を笑い飛ばし、彼女をエスコートしてゆっくりと、五分ほどの道を十分ほどもかけ、神社へ向かう。

 見えてくるのは、本当に小さな社だ。

 背の低い鳥居に、短い参道。

 いつきても、細部にまで清掃が行き届いており、ゴミのたぐいが落ちていたことは一度もない。

 そんな閉ざされた聖域のような場所に、雄馬と稜は二人きりである――かに思われた。

 だが、鳥居に向かう道の反対側から、同じく参拝客と思われる人影が近づいてくるのが見える。


「珍しいな……ここで誰かに遭遇するのは、本気で初めてかもしれん」

「神主さんとか、管理人さんは?」

「いるとは聞いてるけど、会ったことはないな」

 そんな風に話しながら、鳥居の前に立ったとき――。


「――もしかしたらと期待はしていたが、運がよかったよ」


 相手の顔を見て、二人が声もなく固まるのと対照的に、向かいからやってきた参拝客は、落ち着いた様子でそう告げる。

「あけましておめでとう、雄馬」

 少し疲れを残した笑顔を見せる、生徒会長――東条響の姿が、そこにあった。

ヒエッ

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― 新着の感想 ―
唐突のホラーやめい(;´д`)
2025/09/06 15:56 ダイソーラブ
さすがにドン引きなんですがこれ
[一言] ヒエッ
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