後日談3A
三が日過ぎてる!
クリスマスが過ぎ、普段なら年賀状を仕上げて年末を、そして年始を迎えるというのが、その年の締めくくりだった。
しかし今年は、年賀状をだす相手など、ただひとりだけ。
そう思って手早く書き終え、二年参りなどへ向かうこともなく、大晦日の夜は早々に就寝してしまう。
稜と二年参りにというのも考えはしたが、世間的には男子とはいえ、嫁入り――もとい婿取り前の娘さんを、夜中に連れだすわけにもいかない。
レイコさんからは、『私をともにお連れくだされば問題ありません』などと唆されたものの、丁重にお断りしておいた。
その後、『でしたら、私とふたりきりで――』などと稜の目の前で誘われ、ひと悶着あったことは忘れておく。
…
そうした経緯もあり、迎えた元旦――。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくね、雄馬」
それなりに早い時間帯、父親の苦労をねぎらうため、朝から雑煮を用意していたところに、その来訪者はやってきた。
「……ああ、おめでとう。今年もよろしくな」
本来なら晴れ着を用意し、なんなら振り袖で初詣に行っていてもおかしくない彼女だが、装いは普段着のままである。
ただ、ともなってきたレイコさんともども、見るからにお重ですよという包みを手にしており、玄関口での挨拶だけで退散するつもりはなさそうだ。
「それで、えっと――いまさらなんだけど、おせちって予約してた?」
「本当にいまさらだなっ!?」
季節ごとのイベントを大事にする父親は、もちろん秋ごろに予約を済ませていたし、すでに昨日のうちに届いている。
朝から雑煮を食べ、午後からはおせちをつまみ、正月をのんびりと過ごすのが現在の羽生家スタイルだ。
だが――それを正直に伝え、彼女が帰ってしまうのは心苦しい。
なにより雄馬も、稜と正月を過ごせるなら、そのほうが望ましかった。
「……立ち話もなんだし、とりあえず上がっていくか?」
「いいのっ?」
あからさまに表情を明るくし、やったよと報告するように、稜はレイコさんを振り返る。
そのレイコさんも、メイド服や晴れ着ではなく、いつか大道寺家へ向かったときのようなスーツ姿だった。
「では雄馬さま、私の荷物をお願いします」
そう言って彼女はなぜか、役目は果たしたとばかりに帰ろうとする。
「いや――レイコさんも上がっていってくださいよ、用事がなければですが」
「まぁ、私もよろしいのですか?」
なぜか仰々しく驚いたそぶりをされるが、ここで彼女だけ帰らせるのもおかしな話だろう。
「ええ、ぜひ」
稜の荷物を預かり、上がってもらいつつそう答えると、レイコさんはなにかを企むように、イタズラっぽく唇を緩めた。
「ですが、お父さまがいらっしゃるのではありませんか? お嬢さまのことは、同性の友人と紹介されるとして――私のことは、どのように?」
「あぁ、たしかにそうですね。それじゃあ――」
普通に、友人のお姉さんとして――そう言おうとした雄馬の機先を制し、彼女は得心した様子で深くうなずく。
「なるほど、かしこまりました。では本日のところは、私が雄馬さまの恋人ということにいたしましょう。ちょうど、バストも102センチになりましたし」
「まだ成長してるんですかっ!?」
「雄馬?」
いかん、思わず脊髄で反応してしまった。
「……友人の姉でいいんじゃないでしょうか、実際にそうですし」
「そうですね。将来的に元カノを妾にしたというより、美人姉妹を両方娶ったとするほうが、聞こえがいいですし」
「しませんよっ!」
というかその考えなら、妻の姉を妾にしたと思われるのではなかろうか。
もちろん雄馬も、レイコさんをそうした立場にしようとは思っていないが。
ともかくそう話をまとめ、二人に上がってもらい、ダイニングとつながるリビングへと案内する。
その途中で稜が、グッと雄馬の袖を引いた。
「……さっきの話は、そのうち追及するから」
思わず口にしただけで、まったく気にしていない――などと言っても、きっと信用してはもらえまい。
そのうちがくる前に、彼女にたっぷりとサービスして、いさかいの種を忘れてもらうしかないだろう。
…
二人の手土産をテーブルではなく、ひとまずキッチンカウンターへ運ぶ。
この広いキッチンカウンターも、そもそもは母親の趣味でしつらえたものだ。
自分と父親、二人分の料理をするだけでは持て余すところだが、四人分のあれやこれやを準備するには、ちょうどいいかもしれない。
「……稜、朝ごはんは――というか、雑煮は食べたか?」
「食べてきたけど、雄馬の家のお雑煮も食べたいなぁ」
「わかった。まぁ、あんまり期待はしないでほしいが」
手伝おうと立ってきたレイコさんも座らせ、用意していた雑煮を椀によそう。
取り立てて特筆すべき点もない、シンプルな白味噌仕立てだ。
材料にしても、普通にスーパーで買えるものばかり。
大道寺家のご令嬢たちに味わわせるようなレベルではないと思うが、それでも二人はうれしそうに箸をつけ、満足げにしている。
「改善するところがあれば、どうぞ忌憚なく」
「めっそうもありません。とてもおいしいですよ、雄馬さま」
稜の料理人でもあるレイコさんからそう言ってもらえ、ひとまず安心できた。
あのご両親なら、ありえないことではあるが――うちの娘になんてものを、などと叱られては困る。
そんなレイコさんの隣で、同意するようにコクコクとうなずく稜が、餅を伸ばしていると――。
「雄馬、おはよう――なんだ、お客さんか?」
そんな声とともに、リビングのほうでドアが開いた。
「んぐふっっ!? ごほっ、げほっ……」
「落ち着け、よしよし……おはよう、親父。ちょっと待ってくれ」
ただむせているだけで、餅を詰まらせたということはない。
稜の背中を撫でつつ、父親に朝の挨拶を返していると、その隣ですっくと立ち上がったのはもちろん、彼女の姉である。
「早くからお邪魔してしまい、申し訳ございません。お初にお目にかかります、私は姫王子レイコと申します――こちらは弟の稜」
そう言って彼女は、深々と頭を下げた。
「弟が日頃から、ご子息に親しくしていただき――また、大変なお世話になったと伺いまして。年初にご迷惑かと思いながらも、ご挨拶に伺いました」
パリッとスーツを着こなした女性から、そんな挨拶をされるのは予想外だったのだろう。
「……いえ、こちらこそ息子がお世話になっております。まぁ、なにもない家ですが、よければゆっくりしていってください」
父親は目を丸くしつつも、いかにも保護者らしくそう答えた。
「ごほっ……し、失礼しました……はじめまして、姫王子稜ですっ……」
遅ればせながら、呼吸を取り戻した彼女も慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「その、えっと……自転車の準備とか、送り迎えとかっ……ありがとうございましたっ! 雄馬がいなかったら、僕っ……すごく、大変だったと思いますっ……」
あっ、と止める間もなく彼女がそう言い切ったところで、父親がこちらに目を向け、フッと小さく笑った。
「……なんだよ」
「いや――そういうことか、と思っただけだ」
稜の事情や、冤罪のあれこれについては、実は一切の説明をしていない。
いまの説明だけで、すべて理解されたとは思わないが、だいたいの事情を察したらしいことは、その視線だけでなんとなく伝わってくる。
「……よくがんばったな、雄馬」
「いや、俺はなにも――」
「――んふっ!」
二人の前で褒められるのが気恥ずかしく、ぶっきらぼうに返そうとしたところで、稜が思わずといった様子で思いきり噴きだした。
「……なんだよ」
「いや、その……んっ、ふっ……雄馬に、そっくりだと思って……っ……」
よくがんばった――たったいま、父親に言われた言葉を思いだし、また少し、頬が熱くなる。
「……なんの話だ?」
「なんでもないからっ! 顔だよ、顔! あと話し方とか!」
きょとんとする父親をそう誤魔化そうとするが、そうは問屋がおろさないとばかりに、稜がしたり顔で口を開いた。
「僕も雄馬から、何度もそんな風に褒めてもらいました。雄馬も、お父さまからそう言われてきたんだって言ってて――」
「やめろぉぉ――っっ!」
いや、これは本当にやめろ、やめてください。
慌てて彼女の口を塞ぐが、もはやあとの祭りだ。
「……そうか」
「いや、そうかじゃねぇっ! あと涙ぐむなっ!」
寡黙ながら涙もろい父親は、息子との絆を再確認して安堵したように、正月早々、うっすらと瞳を潤ませていた。
正月編はまだまだ続きます!
が、すぐに書けるとは言っていない……その気になれば十年後、二十年後ということも(ry
これの続きとか長編とか、その他諸々については来月くらいまで延長で……
ということで、今年もよろしくお願いします。