後日談2B
◇
そしてテストが終わり、補習などもなく迎えた冬休み――クリスマス・イブ。
「いらっしゃいませ、クリスマス特製デコレーションはいかがでしょう」
同じサンタコスだというのに、こうも違うのは反則ではないか。
こちらが付けヒゲを装着していることを差し引いても、雄馬と稜の集客率は、雲泥の差である。
どこかコミカルなはずのサンタコスも、彼女が着こなせばすっきりとしたシルエットになり、その見目もあって、道行く女性は必ず足を止めた。
彫りの深い顔立ちに、どこかでハーフのモデルでも雇ったかと、思われているのかもしれない。
おばさまたちはもちろん、通りすがりの学生、果てはかき入れ時の仕事中と思われる商店街の奥さま方まで、群がるように店の前に集まってくる。
「はい、サイズは4号と5号をご用意しています。お値段の差は小さいですので、いまのところは5号が人気で――はい、ありがとうございます」
そんな女性陣に甘い笑みを見せ、商品の紹介をし、さりげなく手に触れるようにしながら箱を渡して、そつなく店内へ誘導していた。
(おお……これは、プロだ……プロのホストだ)
財布を握る女性陣の相手は任せ、雄馬は子供たちの相手をしておく。
「今年はいい子にしていたかな? サンタさんからプレゼントだよ」
このために用意しておいた、三枚入りのひと口クッキーを配り、親御さんの会計の邪魔にならないよう、外に引き留めておくわけだ。
「ひとりで全部食べないで、お父さん、お母さんともわけて食べるんだよ。サンタさんとの約束だからね? はい、メリークリスマス!」
素直な子供たちは、はーいと喜んで返事をしつつ、さっそく一枚を取りだして、ほおばっていた。
この調子では早々に食べきってしまうか、ここにいない親御さんの分までは残らないのではないだろうか。
(まぁ、そこは子供たちの自主性を尊重しよう――)
付けヒゲを引っ張られながら、子供たちが遠くに離れないように目を配り、親御さんが出てくれば、お礼を言って、一緒に帰る家族を見送る。
予約分も別にあることを考えれば、当日分のはけ具合はなかなか順調だ。
「あははっ、サンタさんするのも楽しいねぇ」
ごった返した客足をさばききったところで、ひと息入れた稜が笑う。
「稜のそれは、サンタでいいんだろうか……」
「えー、完璧にサンタさんでしょ? ほら、ほらっ」
袖を伸ばし、着丈をチェックするようにクルクルと回ってみせる稜。
なんだお前、かわいいかよ。
「まぁ――お客さんがくれば、それでいいか」
「そうそう。売り子の仕事は、商品の営業をすることだよ」
その点で言えば、稜は雄馬より遥かに優秀な店員だ。
いや待て、それ以外の点においても、普通に優秀なのではないか。
「……俺いなくていいんじゃないのか、これは」
「なに言ってんのさ! 雄馬がいなかったら、僕がここにいなかったってことも、忘れないでもらいたいねっ」
「いや、わかってるって……つまり、稜はすごいなって話だよ」
いずれにせよ――去年のおそらく二倍ほどは、売れ行きが伸びている。
去年はなにも予定がなかったため、閉店時間までお世話になったものだが、今年は少し早く上がらせてもらっても、差しつかえないだろう。
そんなことを考えていると、店のドアが開く音が聞こえた。
「やぁお疲れさん、雄馬くん、稜くん」
「お疲れさまです、店長」
立ち上がって会釈しようとするが、まぁまぁと笑いながら、店長は日当の封筒を差しだしてくる。
「あれ、ちょっと早くないですか?」
閉店まではあと二時間ほど、アルバイト時間だけ見ても、あと三十分は働く予定だったのだが。
「ちょっと早いけど、ずいぶんと動いたからね。あとは私たちと娘でなんとかなるだろうし、今日はここまででいいよ」
もちろん、時間分まで給料はつけているから――と、封筒を渡される。
「そういうことでしたら……じゃあ、今日はこれで失礼します」
「ああ、明日もよろしく頼むよ。まぁ、明日はそこまで動かないと思うから、今日よりは楽になるんじゃないかな」
店長は笑いながら言ったが、店が暇になるのを笑っていてよいのだろうか。
ともあれ、そういうことならありがたく、早上がりさせてもらおう。
「得しちゃったね。あ、レイコさんに早く帰るって、連絡しとかないと」
「ん――いや、それはしなくていいぞ」
更衣室で着替えながらの稜の言葉に、雄馬はそう返した。
ちなみに――着替えといっても、赤い厚手のジャケットを脱いで、二重穿きにしていたズボンを脱ぐだけなので、同じ部屋でも問題はない。
個人的には、脱ぐ仕草を目にするだけで大問題だったが――それはともかく。
「え、なんで?」
「まぁ――寄りたいところがあってな。時間的にはちょうどよくなる」
「ケーキもあるんだけど、大丈夫?」
「屋内には行かないし、ちょっと遠回りするだけだから、大丈夫だ」
そんなことを言いながら、荷台にケーキを乗せ、いつものように自転車をこぎだしていく。
商店街から駅前へ、そこから線路に沿って彼女の家へ――。
それが帰りのルートではあるが、まずは駅のほうではなくその反対、方向的には雄馬の家のほうへ自転車を向かわせた。
「こっちって、住宅街だったよね?」
「ああ。俺の家も、こっちのほうだ」
「へー……って、えぇっ!? そ、それって、もしかして――」
なにを想像したのか、大声で反応した彼女の顔を窺いたい気持ちはあるが、なるべく自転車を揺らさないようにとこらえ、こぎ進める。
「住宅街から大通りに抜ける途中に、ちょっとしたモニュメントがあってな。そこがライトアップされてるらしい」
「あ……あぁ、そっか……へー、そうなんだ」
なぜか、露骨にがっかりした声をだされたが、すぐさま気を取りなおした様子なのは、ライトアップのほうにも興味を惹かれたのだろう。
「その……せっかくだし、行ってみないか?」
「うん、行きたい! っていうか、すでに向かってるけどねっ」
「たしかに――」
というより、ついてからのお楽しみと言って誘導する予定だったのだが、普通にサプライズに失敗してしまっていた。
「……いま聞いたの、目的地まで忘れててもらえるか?」
「いや、無理でしょ」
「だよな……あー、間違えた」
「あははっ♪ でも、そのほうが雄馬らしくていいよ――」
すっかり自転車に乗るのにも慣れた彼女が、軽快にペダルを踏みながら、ひとけの少ない住宅街に澄んだ声を響かせる。
「僕は……雄馬がそういう人で、本当によかったって思ってるんだからさ」
「……そういうもんか」
「はい、そーいうもんです♪」
色々と段取りは失敗したが、彼女が喜んでくれたなら、まぁいいだろう。
◇
「はー……きれいだったね、ライトアップ」
「ああ。ネットで見た画像とは、迫力が全然違った」
「えーっ、先に見ちゃってたの? もったいないなぁ」
「場所とかの情報集めてたら、見ないわけにいかなかったんだよっ」
「ああ、そういうことか……じゃあ、ありがとうだね」
「はいはい、どういたしまして」
事前に調べておいたおかげで、モニュメントの前から彼女の家までは、さほど迂回せずに通り抜けることができた。
マンションについた時刻は、定時上がりともさほど変わらないころで、部屋はほどよく温まっており、おいしそうな料理の匂いが広がっている。
それを用意してくれていたレイコさんは、雄馬たちの会話を聞きながら、できあがった料理を次々とテーブルに並べていた。
「……お二人だけで、ずるくはありませんか。私もご一緒したかったのですが」
「ずるくないよっ! 恋人同士のデートなんだからっ」
「ですから、私もご一緒すべきだったかと」
「おかしいでしょっ! レイコさんは恋人じゃないよねっ!?」
「まぁ、そうですね……妾ですからね」
「そんなの認めてないしっ、認めないから!」
そんな会話が始まったとたん、雄馬はピタリと口を閉ざしている。
君子、危うきに近寄らずというやつだ。
「……雄馬、なんとか言って」
なお、危うきが近づいてきた場合は、どうすることもできない。
君子にも、できないことくらいある。
「えーっと……ケーキは、冷蔵庫でいいかな」
「もう入れたよ! 聞こえてなかったふりしないの!」
そうは言われても、こういう修羅場は慣れていないのだから、仕方がない。
「……学校でも言ったけど、俺は稜ひとすじだって」
「えへへ……ほらー、どうだっ」
稜がレイコさんに胸を張るが、それで臆する彼女の胸ではない。
「ですがお嬢さま……ライトアップをご覧になったとき、お二人は恋人らしくできましたか? 周囲の目を気にし、友人同士の域を出なかったのでは?」
「うっ……それは、だって……仕方ないじゃないか」
そう――実のない噂だけなら気にならないが、実際に二人が恋人らしく振る舞う姿を目撃され、まことしやかに囁かれるのは困る。
雄馬とて、自分と稜だけがそう思われるならかまわないが、父親や近所にまで影響が出ることを考えれば、なるべくなら避けるようにしたい。
そんな事情もあり、女子であることが露見する以前に、二人が恋人だということも、おおっぴらにするわけにはいかないのだ。
そういったことも心得ていますとばかり、レイコさんがうなずく。
「そうした際に私をお連れくだされば、私がお二人の間に挟まりますので。あとは私を通した間接的な行為で、想いを満たしていただけましたらと――」
「ないよっ、却下だよ! なんだよ、間接的な行為って!」
「つまりですね……お嬢さまが私にキスをし、そのあと私が雄馬さまにキスをすることで、間接的に唇を――」
「具体的な内容を聞いてんじゃないんだよおぉぉっっ!」
おやおや、と外人のように両手を上に向け、あきれた様子のレイコさん。
どちらがあきれられるべきかは、もはや言う必要もないだろう。
「……レイコさん、稜がかわいいのはわかりますけど、あんまりからかわないでやってくださいよ」
見かねた雄馬がフォローするが、稜の立腹はおさまらない様子だ。
「冗談じゃないって! ぜったい本気だよっ、この人ぉっ!」
そんな稜の取り乱しように、レイコさんは口元に手を添え、クスクスと笑う。
「ふふっ……そんなことはございませんよ?」
「ほら、レイコさんもこう言って――」
「私は雄馬さまのことも、お嬢さまと同じかそれ以上に、かわいらしいと思っておりますから。雄馬さまのことも、からかっているつもりですよ?」
「否定するのそこじゃないだろおぉぉっっ!」
うん――完全にからかわれているということは、よくわかった。
納得した雄馬はとりあえず、稜の頭を撫で、よしよしとなだめておく。
「大丈夫だって、稜……レイコさんはきっと、稜が本気でいやがるようなことだけは、しないと思うからさ」
「それは……僕も、信じてるけどさぁ……」
だとしても、恋人についてからかわれるのは、納得いかないのだ。
その気持ちはよくわかるので、すがりついてくる彼女をやさしく抱きしめ、落ち着くまでその背中を撫で続ける。
「うぅぅぅ……レイコさんがひどいよぉ、雄馬ぁ……」
「うんうん、そうだな」
そのレイコさんが、微笑ましいものを見る目でこちらを見ていることは、伝えないほうがよさそうだ。
「人がいないところでなら、恋人らしくできるんだし……そんなに気にすることじゃないって。俺はいままでみたいな、友人関係なのも好きだしさ」
「……うん、僕も」
「だろ?」
ならいいじゃないかと、言い聞かせるように髪を撫で梳いてやると、少し潤んだ彼女の顔が、こちらを見上げた。
「……ちゅーして」
「仰せのままに……んっ……」
「んー……んふ、んぅ……はぁっ、えへへー」
ようやくご機嫌がなおったか、稜は猫のようにじゃれつき、甘えてくる。
先のからかいの代償とばかり、そうやって目の前で、たっぷりとイチャついてやったのだが、レイコさんは気にした様子もない。
むしろ、今日イチの仕事をしたとばかりに、なぜか非常に満足げだったことを、ここに記録しておこう――。
…
「――ところで、雄馬さま?」
「はい、なんでしょう」
さて、今度はなにを言われるのやら――と。
警戒しつつも平静を装って返す雄馬に、レイコさんはクスリと笑う。
「お嬢さまはお出かけの際、あのようなネックレスはされていらっしゃいませんでしたが……なにか、ご存じありませんか?」
「――内緒です」
「ふふっ、そうですか……ありがとうございます、雄馬さま」
うれしそうに細められた彼女の目は、こう告げていた。
ちゃんと恋人らしいことも、していらしたではありませんか――と。
新年は二人でおせち持って挨拶にきそう、お父さんビックリ