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14/23

後日談2B


     ◇


 そしてテストが終わり、補習などもなく迎えた冬休み――クリスマス・イブ。


「いらっしゃいませ、クリスマス特製デコレーションはいかがでしょう」

 同じサンタコスだというのに、こうも違うのは反則ではないか。

 こちらが付けヒゲを装着していることを差し引いても、雄馬と稜の集客率は、雲泥の差である。


 どこかコミカルなはずのサンタコスも、彼女が着こなせばすっきりとしたシルエットになり、その見目もあって、道行く女性は必ず足を止めた。

 彫りの深い顔立ちに、どこかでハーフのモデルでも雇ったかと、思われているのかもしれない。

 おばさまたちはもちろん、通りすがりの学生、果てはかき入れ時の仕事中と思われる商店街の奥さま方まで、群がるように店の前に集まってくる。


「はい、サイズは4号と5号をご用意しています。お値段の差は小さいですので、いまのところは5号が人気で――はい、ありがとうございます」

 そんな女性陣に甘い笑みを見せ、商品の紹介をし、さりげなく手に触れるようにしながら箱を渡して、そつなく店内へ誘導していた。

(おお……これは、プロだ……プロのホストだ)


 財布を握る女性陣の相手は任せ、雄馬は子供たちの相手をしておく。

「今年はいい子にしていたかな? サンタさんからプレゼントだよ」

 このために用意しておいた、三枚入りのひと口クッキーを配り、親御さんの会計の邪魔にならないよう、外に引き留めておくわけだ。


「ひとりで全部食べないで、お父さん、お母さんともわけて食べるんだよ。サンタさんとの約束だからね? はい、メリークリスマス!」

 素直な子供たちは、はーいと喜んで返事をしつつ、さっそく一枚を取りだして、ほおばっていた。

 この調子では早々に食べきってしまうか、ここにいない親御さんの分までは残らないのではないだろうか。


(まぁ、そこは子供たちの自主性を尊重しよう――)

 付けヒゲを引っ張られながら、子供たちが遠くに離れないように目を配り、親御さんが出てくれば、お礼を言って、一緒に帰る家族を見送る。

 予約分も別にあることを考えれば、当日分のはけ具合はなかなか順調だ。


「あははっ、サンタさんするのも楽しいねぇ」

 ごった返した客足をさばききったところで、ひと息入れた稜が笑う。

「稜のそれは、サンタでいいんだろうか……」

「えー、完璧にサンタさんでしょ? ほら、ほらっ」

 袖を伸ばし、着丈をチェックするようにクルクルと回ってみせる稜。

 なんだお前、かわいいかよ。


「まぁ――お客さんがくれば、それでいいか」

「そうそう。売り子の仕事は、商品の営業をすることだよ」

 その点で言えば、稜は雄馬より遥かに優秀な店員だ。

 いや待て、それ以外の点においても、普通に優秀なのではないか。


「……俺いなくていいんじゃないのか、これは」

「なに言ってんのさ! 雄馬がいなかったら、僕がここにいなかったってことも、忘れないでもらいたいねっ」

「いや、わかってるって……つまり、稜はすごいなって話だよ」


 いずれにせよ――去年のおそらく二倍ほどは、売れ行きが伸びている。

 去年はなにも予定がなかったため、閉店時間までお世話になったものだが、今年は少し早く上がらせてもらっても、差しつかえないだろう。

 そんなことを考えていると、店のドアが開く音が聞こえた。


「やぁお疲れさん、雄馬くん、稜くん」

「お疲れさまです、店長」

 立ち上がって会釈しようとするが、まぁまぁと笑いながら、店長は日当の封筒を差しだしてくる。

「あれ、ちょっと早くないですか?」

 閉店まではあと二時間ほど、アルバイト時間だけ見ても、あと三十分は働く予定だったのだが。

 

「ちょっと早いけど、ずいぶんと動いたからね。あとは私たちと娘でなんとかなるだろうし、今日はここまででいいよ」

 もちろん、時間分まで給料はつけているから――と、封筒を渡される。


「そういうことでしたら……じゃあ、今日はこれで失礼します」

「ああ、明日もよろしく頼むよ。まぁ、明日はそこまで動かないと思うから、今日よりは楽になるんじゃないかな」

 店長は笑いながら言ったが、店が暇になるのを笑っていてよいのだろうか。

 ともあれ、そういうことならありがたく、早上がりさせてもらおう。


「得しちゃったね。あ、レイコさんに早く帰るって、連絡しとかないと」

「ん――いや、それはしなくていいぞ」

 更衣室で着替えながらの稜の言葉に、雄馬はそう返した。


 ちなみに――着替えといっても、赤い厚手のジャケットを脱いで、二重穿きにしていたズボンを脱ぐだけなので、同じ部屋でも問題はない。

 個人的には、脱ぐ仕草を目にするだけで大問題だったが――それはともかく。


「え、なんで?」

「まぁ――寄りたいところがあってな。時間的にはちょうどよくなる」

「ケーキもあるんだけど、大丈夫?」

「屋内には行かないし、ちょっと遠回りするだけだから、大丈夫だ」


 そんなことを言いながら、荷台にケーキを乗せ、いつものように自転車をこぎだしていく。

 商店街から駅前へ、そこから線路に沿って彼女の家へ――。

 それが帰りのルートではあるが、まずは駅のほうではなくその反対、方向的には雄馬の家のほうへ自転車を向かわせた。


「こっちって、住宅街だったよね?」

「ああ。俺の家も、こっちのほうだ」

「へー……って、えぇっ!? そ、それって、もしかして――」


 なにを想像したのか、大声で反応した彼女の顔を窺いたい気持ちはあるが、なるべく自転車を揺らさないようにとこらえ、こぎ進める。

「住宅街から大通りに抜ける途中に、ちょっとしたモニュメントがあってな。そこがライトアップされてるらしい」

「あ……あぁ、そっか……へー、そうなんだ」

 なぜか、露骨にがっかりした声をだされたが、すぐさま気を取りなおした様子なのは、ライトアップのほうにも興味を惹かれたのだろう。


「その……せっかくだし、行ってみないか?」

「うん、行きたい! っていうか、すでに向かってるけどねっ」

「たしかに――」

 というより、ついてからのお楽しみと言って誘導する予定だったのだが、普通にサプライズに失敗してしまっていた。


「……いま聞いたの、目的地まで忘れててもらえるか?」

「いや、無理でしょ」

「だよな……あー、間違えた」

「あははっ♪ でも、そのほうが雄馬らしくていいよ――」

 すっかり自転車に乗るのにも慣れた彼女が、軽快にペダルを踏みながら、ひとけの少ない住宅街に澄んだ声を響かせる。


「僕は……雄馬がそういう人で、本当によかったって思ってるんだからさ」


「……そういうもんか」

「はい、そーいうもんです♪」

 色々と段取りは失敗したが、彼女が喜んでくれたなら、まぁいいだろう。


     ◇


「はー……きれいだったね、ライトアップ」

「ああ。ネットで見た画像とは、迫力が全然違った」

「えーっ、先に見ちゃってたの? もったいないなぁ」

「場所とかの情報集めてたら、見ないわけにいかなかったんだよっ」

「ああ、そういうことか……じゃあ、ありがとうだね」

「はいはい、どういたしまして」


 事前に調べておいたおかげで、モニュメントの前から彼女の家までは、さほど迂回せずに通り抜けることができた。

 マンションについた時刻は、定時上がりともさほど変わらないころで、部屋はほどよく温まっており、おいしそうな料理の匂いが広がっている。

 それを用意してくれていたレイコさんは、雄馬たちの会話を聞きながら、できあがった料理を次々とテーブルに並べていた。


「……お二人だけで、ずるくはありませんか。私もご一緒したかったのですが」

「ずるくないよっ! 恋人同士のデートなんだからっ」

「ですから、私もご一緒すべきだったかと」

「おかしいでしょっ! レイコさんは恋人じゃないよねっ!?」

「まぁ、そうですね……妾ですからね」

「そんなの認めてないしっ、認めないから!」


 そんな会話が始まったとたん、雄馬はピタリと口を閉ざしている。

 君子、危うきに近寄らずというやつだ。

「……雄馬、なんとか言って」

 なお、危うきが近づいてきた場合は、どうすることもできない。

 君子にも、できないことくらいある。


「えーっと……ケーキは、冷蔵庫でいいかな」

「もう入れたよ! 聞こえてなかったふりしないの!」

 そうは言われても、こういう修羅場は慣れていないのだから、仕方がない。

「……学校でも言ったけど、俺は稜ひとすじだって」

「えへへ……ほらー、どうだっ」


 稜がレイコさんに胸を張るが、それで臆する彼女の胸ではない。

「ですがお嬢さま……ライトアップをご覧になったとき、お二人は恋人らしくできましたか? 周囲の目を気にし、友人同士の域を出なかったのでは?」

「うっ……それは、だって……仕方ないじゃないか」

 そう――実のない噂だけなら気にならないが、実際に二人が恋人らしく振る舞う姿を目撃され、まことしやかに囁かれるのは困る。


 雄馬とて、自分と稜だけがそう思われるならかまわないが、父親や近所にまで影響が出ることを考えれば、なるべくなら避けるようにしたい。

 そんな事情もあり、女子であることが露見する以前に、二人が恋人だということも、おおっぴらにするわけにはいかないのだ。

 そういったことも心得ていますとばかり、レイコさんがうなずく。


「そうした際に私をお連れくだされば、私がお二人の間に挟まりますので。あとは私を通した間接的な行為で、想いを満たしていただけましたらと――」

「ないよっ、却下だよ! なんだよ、間接的な行為って!」

「つまりですね……お嬢さまが私にキスをし、そのあと私が雄馬さまにキスをすることで、間接的に唇を――」

「具体的な内容を聞いてんじゃないんだよおぉぉっっ!」


 おやおや、と外人のように両手を上に向け、あきれた様子のレイコさん。

 どちらがあきれられるべきかは、もはや言う必要もないだろう。


「……レイコさん、稜がかわいいのはわかりますけど、あんまりからかわないでやってくださいよ」

 見かねた雄馬がフォローするが、稜の立腹はおさまらない様子だ。

「冗談じゃないって! ぜったい本気だよっ、この人ぉっ!」

 そんな稜の取り乱しように、レイコさんは口元に手を添え、クスクスと笑う。


「ふふっ……そんなことはございませんよ?」

「ほら、レイコさんもこう言って――」

「私は雄馬さまのことも、お嬢さまと同じかそれ以上に、かわいらしいと思っておりますから。雄馬さまのことも、からかっているつもりですよ?」

「否定するのそこじゃないだろおぉぉっっ!」


 うん――完全にからかわれているということは、よくわかった。

 納得した雄馬はとりあえず、稜の頭を撫で、よしよしとなだめておく。

「大丈夫だって、稜……レイコさんはきっと、稜が本気でいやがるようなことだけは、しないと思うからさ」

「それは……僕も、信じてるけどさぁ……」

 だとしても、恋人についてからかわれるのは、納得いかないのだ。


 その気持ちはよくわかるので、すがりついてくる彼女をやさしく抱きしめ、落ち着くまでその背中を撫で続ける。

「うぅぅぅ……レイコさんがひどいよぉ、雄馬ぁ……」

「うんうん、そうだな」

 そのレイコさんが、微笑ましいものを見る目でこちらを見ていることは、伝えないほうがよさそうだ。


「人がいないところでなら、恋人らしくできるんだし……そんなに気にすることじゃないって。俺はいままでみたいな、友人関係なのも好きだしさ」

「……うん、僕も」

「だろ?」

 ならいいじゃないかと、言い聞かせるように髪を撫で梳いてやると、少し潤んだ彼女の顔が、こちらを見上げた。


「……ちゅーして」

「仰せのままに……んっ……」

「んー……んふ、んぅ……はぁっ、えへへー」

 ようやくご機嫌がなおったか、稜は猫のようにじゃれつき、甘えてくる。


 先のからかいの代償とばかり、そうやって目の前で、たっぷりとイチャついてやったのだが、レイコさんは気にした様子もない。

 むしろ、今日イチの仕事をしたとばかりに、なぜか非常に満足げだったことを、ここに記録しておこう――。


     …


「――ところで、雄馬さま?」

「はい、なんでしょう」

 さて、今度はなにを言われるのやら――と。

 警戒しつつも平静を装って返す雄馬に、レイコさんはクスリと笑う。


「お嬢さまはお出かけの際、あのようなネックレスはされていらっしゃいませんでしたが……なにか、ご存じありませんか?」

「――内緒です」

「ふふっ、そうですか……ありがとうございます、雄馬さま」


 うれしそうに細められた彼女の目は、こう告げていた。

 ちゃんと恋人らしいことも、していらしたではありませんか――と。

新年は二人でおせち持って挨拶にきそう、お父さんビックリ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気読みしてしまいました! 萌えました。 3人を見向きもしない雄馬君、清々しくて逆に良いなぁ。 カミングアウトしてからの稜さんも可愛すぎて。 これ良い点しかないです。 ステキな作品に巡…
[一言] 幸せ
[一言] とても面白かったです。 是非結婚や大学生活、総帥編も書いて欲しいです。
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