後日談1
後日談も見てみたい、との声があったので少しだけ。
思いついたら、たまに追加するかもしれません。
三人視点のほうは、綾香については考えてみたものの、重かったり思考に一貫性がなかったりと、公開できそうな仕上がりでなく……。
三人とも反省はしてます、許してはもらえませんが、という感じだと思っておいてください。
翌日、月曜の朝――。
いつもどおりの気分で迎えに行こうとするものの、やはりそうはいかない。
どうせ自転車移動で崩れるにもかかわらず、妙に髪形を意識してしまったり、服におかしなところがないかなども気になってしまう。
(彼女……ってことになるんだよな、公言はできないって言っても……)
しかも雄馬にとっては初めての彼女、それもとびきりの美少女だ。
舞い上がって妙なことをしないよう、気を引きしめる必要がある。
――のだが。
(……ニヤけてる場合か、バレたら日本経済がやばいんだぞ)
鏡の前で頬を叩き、隙あらば緩もうとする唇を引きしめさせ、冬の早朝という寒空の下へ向かう。
先週まではそれほどではなかったのだが、昨夜から寒波の影響が強くなってきたらしく、今朝はとみに寒くなっていた。
すでに十二月に入っている、ここからが冬の本番というところか。
(あ――そうだ、これも持っていっとかないと)
昨夜、姫王子――稜のマンションから帰る前に、明日は寒くなるからと防寒具の話はしておいたが、なにが必要かは詳しく伝えそこねている。
メッセージアプリのやり取りはしたが、どこの恋愛小説かと思うような、妙に初々しい会話に終始してしまい、そうした事務連絡はしづらい雰囲気だった。
そういったわけで、自転車通学に慣れない彼女のために、用意されていなそうな防寒具を、予備として持っておこうという運びになる。
あくまで、なかった場合に急場をしのぐもので、明日には彼女に合ったものが用意されるとは思うが、それでも――。
自分のお古を、彼女が使ってくれることになればと思うと、先ほど引きしめた頬が、また緩んでしまうのだった。
…
「おそーい」
「いや、悪い……出がけに手間取った」
ロビーで出迎えてくれた稜に、片手を上げて答えつつ、彼女の服を見やる。
スッキリとしたシルエットのハーフコートに手袋と、自転車をこぐに相応しい格好ではあるが、それ以上に受ける印象があった。
(……まずい、俺の彼女がかわいすぎる)
おそーい、などとあざとい言葉でふくれる表情もさることながら、制服に合わせたデザインのコート姿は、彼女を知らなければ普通に女性に見えてしまう。
いや、実際に女性なのだから、それは当然なのだが――男装だという点を強調しなければならないのに、こんなにかわいくてよいのだろうか。
「どしたの?」
「……見惚れてた」
学校では男子として、友人として接しなければならないのだ。
ここでくらい、彼女の服を褒めてあげたい。
そんな思いから素直に伝えてしまうと、稜の白い肌はみるみる赤く染まり、困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
「あー……うん、ありがと……えへへ」
「ああ、いや……」
おかしい――先週までは、完全に男友達のノリで話していたというのに、たった三日でこうなってしまうなんて。
男子三日――いや、女子三日会わざれば、とでも言おうか。
(……こんなかわいい子が彼女でいいのか? しかも俺、キスしたんだぞ?)
乾燥の強い冬場ということもあってか、唇には瑞々しいリップが甘く引かれており、それが雄馬の視線を誘導する。
それに気づいたのか、稜は目を見開いて周囲を見回し、人気がないことを確認すると、スススッと身を寄せてきた。
「……見すぎっ」
「うっ……わ、わかってる……ちゃんと、学校では気をつける」
そう返しはするが、ほんとかなー、と疑うような目を向けてくる彼女もまたかわいらしく、はっきり言って、気をつけられる自信はない。
「んー……………………ちゅっ」
「――っっ!?」
そんなことを考えていると、不意打ちのように彼女が唇を重ねてきた。
一瞬で離されてしまったものの、その温かさとやわらかさは、しっかりと感触を残している。
「おまっ……だ、誰かに見られたらどうすんだっ」
「ちゃんと確認したよっ……っていうか、雄馬が見てくるからだよっ」
自分の頬が緩んでいるのはわかるが、真っ赤になった稜の顔も、うれしさを隠しきれていないことは明白だ。
これではまるで、バカップルのようではないか――。
「――まるでではなく、まぎれもなくです、お二人とも」
「ひぁっ!?」
「おうわぁぁぁっっ!?」
そんな雄馬の心を読んだように、二人の間にヌッと割り込んできたのは、彼女のお手伝いさん――かつ、彼女の姉であるレイコさんだ。
「幸い、私しかいませんでしたが……外ではくれぐれも、お気をつけください」
「は、はい……もちろんです」
正面に立ち、ジロリと睨みつけてくるレイコさんの圧力に、何度もうなずく。
やがて彼女は納得してくれたのか、満足したように瞳の圧を緩め――おもむろに顔を上向かせ、スッと目をつむった。
「――って、なにしてんのレイコさん!」
慌てて稜が引き剥がそうとするも、レイコさんは動じない。
「お嬢さまにできない分、私にしていただこうかと」
「なんでそうなんのさ! そりゃ、外ではできないけど……へ、部屋の中ですればいいわけだしっ」
「落ち着け稜、おかしなこと言ってるからな」
などと冷静なふりをして突っ込むが、雄馬とて動揺はしている。
稜とはタイプこそ違うものの、レイコさんもクールな秘書系の美人だ。
そんな彼女のキス顔を間近で見せられ、されてもよかったかのような発言をされては、意識しないほうが難しい。
しかもバストは、101センチ――。
「――雄馬」
「はい」
「そろそろ行こう、遅くなっちゃう」
「はい」
得も言われぬ迫力に従い、ロビーから外に出ようとして――。
「あ――そうだ稜、これつけといたほうがいい」
「え、なに――あ、イヤーマフ?」
「ああ。今朝はかなり寒いしな」
普通にしてても耳が冷えるような気温だ、自転車ならなおのこと必須である。
「これって、自転車に乗ってつけててもいいの?」
「ああ。イヤホンとかヘッドホンがだめなのは、そこから音が出て、周りの音が聞こえなくなるからだしな」
栓をするわけではない防寒具なら、普通に音が聞こえれば問題なしだ。
「……デザインについては、俺のお古だからあきらめてくれ。好みのが見つかったら、そっちと交換すればいいから」
とりあえず今日のところはな、と彼女の耳にあてがっておく。
「よし、じゃあ行くか」
「……ねぇ?」
改めて外に向かおうとすると、彼女が背後から呼びかけてきた。
「どうした?」
「買い替えるかはともかく、これ……もらってもいいん、だよね?」
「まぁ……俺はもう使ってないから、そんなんでよければ」
単色で、頭の後ろを通って耳を覆う、シンプルなデザインのものだ。
顔の前を覆うマスク型のものや、女性用のニット編みほっかむり型など、探せば色々なものがある。
そういったものから、好みのものを選んでもらえればいいのだが――。
「……うん、これがいいっ」
「そっか。なら、もらってくれると助かる」
照れくささを隠しきれず、鼻の下をこすってそう答えると、彼女は両手で、耳当てをキュッと押さえた。
「ん、大事にする♪」
そんな幸せそうな笑みを向けられてしまったら、ここから学校までの道中、コートの必要がなくなるかもしれない――。
雄馬は火照りをごまかすように、パタパタと顔をあおいだ。