表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/23

11 ある一族のしきたり 後

 もっともな疑問を口にした雄馬の前に、大道寺氏ではなく、夫人のほうが話を切りだした。

「羽生さん……私はこの家に嫁いできた身なのだけど、その私が事情に通じていることを、不思議に思わなかったかしら?」

 そう言われて雄馬は、ハッと目を見開く。


 たしかに、両親のどちらかは家の外からきた人間になるのだから、冷静に考えれば両者が知っていることはおかしい。

 そしてそうなれば、子供の性を偽って育てるなどという話に、事情を知らないほうの親が納得するのも妙だ。

 よしんば納得したとしても、子の性別を知っている以上は、しきたりを破った呪い――と呼ぶのが正しいかはわからないが、影響がおよぶはずだろう。

 つまり――そうならない方法があり、それを夫人は体現しているのだ。


「――気づいてくれたか。まぁつまり、これは法制度上ではなく、いわば気持ちの問題なのだろうが……」

「身内になれば、その秘密を知っても問題がない、ということですね」

 言わんとするところを察し、雄馬は言葉を継いだ。

 おそらくは出産においても、親戚筋から産科医を選び、その人物に取り上げてもらうのだろう。


「きみを巻き込んでしまったことを、申し訳なく思う――だが、真摯に娘を守ってくれたきみには、本当のことを伝えずにはいられなかった」

 畳に手をつき、大道寺氏が頭を下げると、隣の夫人もそれにならった。

「や、やめてください、そんなこと――」

「そんなこと、なんかではないわ。この子……稜さんのわがままを聞いてもらう形になるのだから、これは親として当然のことなの」

 その言葉を受け、雄馬は姫王子に目を向ける。


「稜のって……どういうことだ?」

「うん、その……ほら、雄馬が言ってたでしょ? 女性不信気味だ、って」

 申し訳なさそうに眉を下げつつ、彼女も同じように手をつく。


「……ごめんね、雄馬。僕はずっと、雄馬のことをだましてた……これが原因で、また雄馬が女性を信じられなくなったら、どんな償いでもするよ」

「い、いや、そんなことしなくていいから、全然――」

 むしろ、姫王子のようなまっすぐな善人が女性だったことで、雄馬の中での女性への不信感は、幾分か払拭されてさえいる。

 それを伝えようとしたのだが、目の前で頭を下げる着物姿の美少女は、さらに驚くようなことを口にした。


「それでも、これだけは言わせて――僕は、雄馬のことが好きなの」


「な――えっ、えぇっ!?」

 急になにを言いだすのか、思いもよらない言葉に、頭が真っ白になる。

「……雄馬のことしか信じられないから、こんな風に言ってるわけじゃないよ」

 顔を上げた彼女の、ほんのりと朱に染まった頬に、潤んだ瞳――その上目づかいの視線を前に、雄馬は完全に思考を奪われていた。


「もちろん、それもあるけど……雄馬の気遣いが、ずっと……すごく、うれしかったから――雄馬のことを、本気で好きになったから言ってるの」

 はにかんだ笑みを浮かべ、彼女は続ける。

「雄馬が、僕を……女性を信じられなくても仕方ない。結果的にだましていたのも、本当に悪かったと思ってる……でも、だからこそ――もう嘘はいやだった」

 この秘密を明かせばどうなるか、それをわかっていても――。


「僕の――私の本当の姿と……この気持ちを、雄馬に知ってほしかったんだ」

「な……なんで、そんな……」

「決まってるよ、そんなこと――」

 蠱惑的に唇を緩め、艶めかしい表情で彼女は口にする。


「――雄馬と、結婚したいからだよ」


 そんな彼女の言葉で、頭は完全にオーバーヒートした。

 親友だと思っていた美貌の男子が、じつは絶世の美少女であり、日本を牛耳るような一族の娘で、自分のことが好きって――どこのウェブ小説なのか。

 いきなり伝えられたことで困惑させられるが、周回遅れでようやく回りだした頭の中で、雄馬は落ち着いて状況を分析する。


(待て……いや、本当に待て……これ、じつは詰んでるんじゃないか?)

 先ほど夫人が口にした、娘のわがままという言葉の意味にも気づき、雄馬は彼女の美貌を見つめた。

「……ちなみに、断ったらどうなる?」

 引きつった顔で問うと、姫王子は、甘い笑みを浮かべて返す。


「うーん……家は傾くから、グループにも影響が出るよね。持ちなおせないことはないと思うけど、とんでもなく苦労するんじゃないかな」

「……日本経済は、どうなる?」

「まぁ――全体的に、最悪なくらい落ち込むよね。いわゆる大恐慌?」

「だよなぁっ!?」


 完全にはめられた――と、雄馬は思わず頭を抱える。

 日本経済を人質にされた求婚なんて、聞いたこともない。

(いや、俺にどうしろと……っていうか、選択肢なんてないし……)

 車内で聞いた、自分が大道寺の御曹司説について、半分だけ正解と彼女が答えたのは、こういう意味でもあったようだ。

 ちなみにもう半分は、彼女が御曹司でなくご令嬢だったということ。


「……やっぱり、迷惑だよね」

 思わず益体のないことを考えていたところに、姫王子がまるで見当違いなことを、申し訳なさそうに言いだした。

「家のことを気にするなら、形だけの結婚でもいいよ。それか……雄馬は、レイコさんがタイプみたいだし……レイコさんと結婚するのでも、いいと思う」

「待て、なんでそこでレイコさんが――」


 いや――と、すぐに察する。

 彼女がマンションで姫王子の世話をしていたのは、性別を知っていたからだ。

 そして、知っていたからには身内でなければならない。


「うん……レイコさんは僕の侍女っていう形で、法律上はお姉ちゃんになってくれてるの。だから、レイコさんと結婚するのでも、全然――」

「だから待てって! それにしたって、レイコさんの気持ちが――」

「私はかまいません。お嬢さまを守ってくださった雄馬さんになら、身も心も捧げられるかと。ちなみにバストは、101センチです」

「ちょっと黙っててもらっていいですかっ!?」


 1メートル超の誘惑に頭をクラクラさせながらも、雄馬はなんとか気を取りなおし、改めて姫王子に向きなおった。

「……悪い、色々と混乱してたのと、背負うものの大きさで動揺してた」

 自分の選択で日本経済が傾く状況など、一介の高校生には荷が重すぎる。


「ただ――あくまで、それだけだ。稜のことは、ずっと友だちでいられたらって思うくらい、気に入ってたし……女だったっていうのも、その――」

 うれしいくらいだ――と。

 小声でボソボソと告げると、耳を大きくした彼女がニマァッと笑う。

「なんてっ? ねぇ、いまなんて言った?」

「ああもうっ、うるせぇっ! うれしいハプニングだって言ったんだよ!」


 彼――だと思っていたときの彼女は、女性なのではと思うほど美形だった。

 いや、実際に女性だったわけだが――それはともかく。

 思わず見惚れたこともあるし、妙な気持ちになりかけたことも、ないと言えば嘘になる。

 そんな相手がじつは女性で、自分のことを異性として意識していたと聞かされ、うれしくないわけがない。


「……将来的に、俺が大道寺の総帥になるとか、想像できん……」

「それだったら、僕がなるのでもいいよ。グループには優秀な人が多いから、その人たちもサポートしてくれると思うし」

 形だけのトップでも機能する――それだけのグループでなければ、ここまでの大企業、一族になっていないということか。


「それに……生徒会活動なんかとは比較にならないけど、雄馬はそういうのでも、すごく信用してもらってたでしょ?」

 あまり思いだしたくないことだが、それは間違いない――はずだ。

「それってきっと、まじめさとか誠実さとか、そういうのを含めての評価だと思うんだよね。大道寺のトップは、そういう要素のほうが大事じゃないかな」

 だから順応できるよ、雄馬なら――と。

 彼女が手を握りしめてきたことに、ドキリとさせられる。


「ただ――家のこととか、そういうのは気にしないで。お母さんも言ったけど、これは僕のわがままでしかないんだから」

 彼女を背負ったりしたことはあるが、こうして手を握ったことはない。

 その手は見た目より遥かに小さく、やわらかく、温かかった。


「雄馬には傍にいてほしい……そんな、どうしようもないわがままだよ。僕が雄馬以上に信じられる人は、どこにもいないんだから」


 姫王子の言葉は、そのまま雄馬自身にも言えることだった。

 拒絶され、女性不信を抱えているからこそ、その気持ちは痛いほどにわかる。

 彼女が雄馬をそう思うのと同様に、雄馬が信じられる異性は、姫王子――稜しかいないのだから。

(だとしたら、あとは――)


「ね、だから――」

「――わかった、一緒にいよう、稜」

「――――えっ」


 覚悟が決まった雄馬は、彼女の手を握りかえし、瞳を見つめる。

「あっ、えっ……あの、それは――」

「俺も同じだ、稜のことは信じられる……信じ続ける。支えられる自信は、まだないけど……俺も、稜の傍にいたい」

「ほ……本当、に?」

 信じられないというように見開かれた稜の瞳から、涙が一筋こぼれた。


「すぐには無理だけど――結婚しよう、稜」


 そう告げた瞬間、先の涙を追うように、大粒の涙が溢れてくる。

 頬に手を添え、それを指で拭おうとするが、それも間に合わないほどにボロボロと、彼女の顔が涙に濡れた。


「ふっ、ぐっ……ぅあっ、あぁぁっ……ほ、本当、だよね?」

「ああ――いや、いまから本当は男だって言われたら、さすがに困るけど」

「言わないよっ、バカなのっ!?」


 涙でぐちゃぐちゃになった彼女が、笑っているのか怒っているのか、わからなくなるような表情で、雄馬の胸元に頭をこすりつける。


「うれしいっ……ありがとう、雄馬っ……」

「まぁ、その……こっちも、渡りに船というか……だからな」

「……バカッ……もっとこう、ロマンチックな言葉とかないのっ……?」

「そういうのを、俺に期待するのか……」


 などと――ケンカップルのような言い合いをしていると、横からゴホゴホと咳払いの音が聞こえ、二人はハッとした様子で勢いよく距離を取った。


「……すみません、ご両親の前で」

 気まずそうに顔をそらして告げるが、夫人はむしろうれしそうに笑っている。

「いえいえ、いいのよ羽生さん。人目につかないかぎり、どんどんやってくれていいんだもの……ねぇ、旦那さま?」

 夫人に水を向けられ、大道寺氏も苦笑するが、否定はしなかった。

「まぁ、そういうことだ。成人するまでは、婚約はもちろん、恋人でいることも難しいが……見られないよう、仲良くやってくれたまえ」

 うれしそうに、けれど寂しそうに言った大道寺氏は、おもむろに立ち上がる。


「では、あとはお若い二人で……私たちは戻ろうか」

「はい。それじゃ羽生さん、どうぞごゆっくり……レイちゃんも、しばらくは近づかないようにね?」

 そうしてご両親とレイコさんは去っていき、室内には静けさと、ほんのわずかな気まずさが残った。


 とはいえ、それも一瞬のこと――。

「じゃあ――ふつつか者ですけど、よろしくお願いします」

 稜のイタズラっぽいひと言が、そんな空気をまぎらわしてくれる。

「ふつつかなのは、俺も一緒だよ……まぁ、おおやけにはできない関係だけど、仲良くやってこ――うおっ!?」

 照れくささをごまかすように、雄馬がそう返した瞬間、着物の彼女ははじかれたように、抱きついてきた。


「――ふつつかじゃないよ、雄馬は。僕にとっては、誰よりも気が利いて、やさしくて……誰にも渡したくない、素敵な旦那さまだよ」


「っ……お前さ、ほんと……そういうことを――」

 恥ずかしげもなく言うな――と。

 返してやりたいが、彼女の真っ赤に染まった顔を間近に見せられ、言葉を詰まらせてしまう。

 顔見知りになって一年と半分、近しい関係になって一ヶ月と少し。

 その間で幾度も見た美しい顔だが、こんなにも恥じらった、女性らしい雰囲気をまとった表情は初めてかもしれない。


「……ちょっと前まで男と思ってた相手じゃ、その気にはならないかな?」

 目を見張るほどの美女から、息のかかるほどの距離に密着され、首に腕を回されて、しなだれかかるように抱きつかれ――。

 あまつさえ、そんな風に囁かれて、その気にならない男がいるだろうか。


 否だ――いるわけがない。


「……稜は、どう見ても女の子だよ。だから、その……あれだ」

「どれ?」

 どこで覚えたのかと思うようなあざとさで、小首をかしげられ、彼女を意識する気持ちが急激に高まっていく。

 帯で締めつけられた細い腰に腕を回し、身体を抱きよせるが、もちろん稜はいやがったりしなかった。


「正直、男だと思ってたときから……時々だけど、変な気持ちにさせられてたからな。自分では、かなり不安になってたところだ」

「うわぁ……あの噂、じつは本当だったんだ?」

「……あのなぁ――なんでそうなるんだよ」

「えっ――んっっ……」


 逃がさないよう、腕の中に彼女をすっぽりとおさめ、やさしく唇を重ねる。

 十数秒ほどをかけ、しっかりとそのやわらかさを味わい、温もりと堪能してから顔を離すと、彼女の顔は紅葉のように真っ赤に染まっていた。


「稜のことを、女として意識してたって話だろ。それがようやく、報われたってわけだ……」

「うん……あ、の……うれしい、です……はい」

 小さく縮こまり、恥ずかしさに顔を伏せようとする稜の頬を撫で、もう一度、顔をゆっくりと上げてもらう。


「――これからもよろしくな、稜」

「ん……うん、よろしく――雄馬っ」


 今度の口づけはしっかりと、彼女のほうから寄せてくれた――。

短いですが、息抜き中編ということで、以上となります。

長らくのお付き合い、お疲れさまでした。

次回投稿こそは、きっと長編になると信じてっ……ご愛読、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
気色悪い
昔の日本の成人~現代日本の成人で年齢が異なる 何処までが成人年齢なのか? 読んでて気になった
[一言] よしんば姫王子が男の娘だったとしても全く問題ないんじゃなかろうか(真顔)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ