1 幼なじみと、妹と、先輩と……あと、王子
タイトル即落ち1コマ。
※21/11/24追記
忘れてました。
これが八割ほどできたころ、すごく似た設定の作品を見かけました。
迷いましたが投稿に踏み切りました、というご報告です。
少し騒がしくはあるが、うるさいというほどではない――。
そんな教室の中、羽生 雄馬は自分の席から、喧噪の中心を見るとはなしに眺めていた。
「あははっ、稜くんってば~」
蕩けるような笑みで声を上げ、中心にいる男子の肩に身を寄せるのは、学年を二分するとまで言われる、とびきりの美少女だ。
丸く大きな瞳は目尻をわずかに下げ、いつもやわらかな笑みをたたえる、まさに正統派美少女といえる造形美がそこにあった。
彼女の名は、北林 綾香――雄馬の幼なじみである。
幼い頃からいつも一緒にいて、いまや高校まで同じ。
互いの親も、顔見知りのご近所さんから友人となり、いつしか家族ぐるみの付き合いになっていたほどの、長く深い付き合い――だった。
少なくとも、昨年、この高校に入学したときまでは。
「稜くんって、一緒にいると安心できるの……」
綾香の反対側から彼に身を寄せるのは、綾香と人気を二分する、やや背の低いアイドル級の美少女――仁科 美羽。
幼さの残る顔立ちに、あざといツインテールという姿だが、その瞳がどこか憂いを帯びていると、一部のみならず人気が高い。
そんな彼女は、雄馬の異父妹だった。
小学生の頃、母の不貞が発覚し、父の異なる彼女は母に連れられ、生家を離れることとなる。
しかし、以降も雄馬との交流は続いており、彼女は一途に兄を慕い、会話の中でやすらぎを覚えていた。
家が離れていたため中学こそ違いはしたが、年子の彼女は、今度こそ同じ学校で、同じ教室で兄と過ごそうと、この高校を受験したのである。
もっとも――そんな思慕の感情は、いまや微塵も残っていないそうだが。
「歓談中、すまない――稜はいるか?」
そう言って教室に入ってくるのは、学校一の美人と名高い、三年の生徒会長。
艶やかな黒髪を高く結ぶ、堂々としたたたずまいと凛々しい顔立ちもさることながら、高い実務能力とカリスマ性で、歴代最高の生徒会長とも囁かれている。
東条 響――雄馬の、中学時代からの先輩だ。
中学でも会長を務めていた彼女のもとで、雄馬は生徒会執行部を支え、卒業の際にはこう告げられている。
『来年――高校の生徒会でも、君に声をかける。また、ともに頑張ろう』
その言葉を励みに、彼女から引き継いだ中学生徒会を、雄馬は仲間とともに盛り立てた。
幼なじみや妹とともに受験勉強にも励み、見事に入学を果たした。
――そんな彼女の言葉が、露と消えるとも知らずに。
…
(これは……なんなんだろうな、未練とでもいうんだろうか)
そう思いはするが、三人の誰かと付き合っていたわけでもなく、特別に好きという感情があったわけでもない。
ただ、いずれは誰かと――妹はともかくとして、二人のどちらかと付き合うことになるかもしれないと、勝手な想像はしていた。
妹との関係も、きっといつまでも続くと思っていた。
けれど――少し離れた場所で、ひとりの男子を囲む三人の女子が、その目を雄馬に向けることはもうない。
『――私、好きな人ができたの。だからもう、雄馬とは一緒にいられない。こっちからは話しかけないと思うから、そっちもそうしてくれる?』
『お兄ちゃん……ううん、羽生くん。これからは、外でいままでみたいに話しかけるの、やめてもらっていい? 誤解、されたくないから』
『ああ、君か――なにか用かな。役員の手は足りている、君はもう不要だ』
(えぇ……そんなあっさりかよ、女って怖いな……)
こちらから明確な好意を示したこともないのだから、彼女たちにその気がないと告げられたところで、結局は友達どまりなのだと納得するだけだ。
だが、告げられた言葉は、さらにその先――。
友人や親族、信頼できる仲間だったことすら否定する、完全な拒絶である。
そして実際に、彼女たちは自分たちの言葉どおり、雄馬のことを完全に無視し、声をかけるどころか、知らない人として扱うようになった。
有言実行という点においては、ある意味で尊敬できたかもしれない。
もちろん代償として、雄馬は軽い女性不信に陥るはめになったが。
(まぁ、でも――あれはさすがに、仕方ないかもな……)
思いだしたショックをなんとかやり過ごし、雄馬は視線を、彼女らの中心――稜と呼ばれる男子生徒に向ける。
それは、本当に男子なのかと目を見張るような、美しい王子さまだった。
西洋の血が入っているのか、髪は亜麻色でやわらかく、顔の彫りも深く、目鼻立ちがはっきりとしていて凛々しい。
地毛だという亜麻色の髪は、短めのミディアムボブという髪形もあってか、より王子さまらしさを強調している。
少し線の細い印象はあるが、背も低くはなく、周囲の女子たちに比べても頭ひとつ分はゆうに高い。
なにより彼は、非常にやさしかった。
それも、女子に対してだけではない。
年上への礼儀は忘れていないものの、相手の性別によって態度を変えるということはなく、男子にも女子にも平等に接している。
悪事には毅然として立ち向かい、善意には礼をもって応え、自らも進んで善行を施す、まさに品行方正な生き方だ。
成績も優秀で、生徒会役員という職務をこなしながら、その成績はトップ5から落ちたことがない。
唯一、その線の細さの証明というべきか、身体が弱くて体力がないらしく、体育だけは参加できないという欠点もある。
しかしそれは、王子の儚げな魅力を強調する要因にしかなりえないらしく、もはやクラスどころか学校中の女子が、彼に夢中になっていた。
女子ばかりか、男子も――雄馬自身も。
当初は少しだけ、彼に逆恨みするようなこともあったが、彼の人間性を知れば知るほど、自分の矮小さを自覚させられ、いつしか恨みは忘れていた。
(いや、ほんと反則だろ……なんなの、あのパーフェクトモンスター……)
「はぁ……今日もかっこいい、姫王子サマ……」
「こうして稜サマを眺めてるだけで、幸せになれりゅ……」
周囲で遠巻きに眺めている女子たちが、うっとりと囁く。
彼の名は、姫王子 稜。
姫なのか王子なのか、どっちかはっきりしろよ――。
初めて聞いたとき、雄馬はまっさきにそう思った。
年子は色々と解釈があるようですが、ここでは某みてるのたぬき顔姉弟のように、約1歳差の同学年、ということで。