オスコナーイ
舞台上にあらわれたショウコ博士は、自信に満ちた笑みを浮かべていた。多くの聴衆をまえにしても、緊張した態度はあらわれない。十秒ほどの沈黙をもって聴衆の注意を引きつけたあと、彼女は胸のあたりで掌を上に向け、おどけた様子で発言した。
「わたしが男性にモテないのは、わたしのせいではありませんでした」
緊張から緩和へ。講演会場になごやかな雰囲気をつくりあげたショウコ博士は、聴衆の心をつかんだまま語りはじめた。
「ルン○を乗りこなす猫にあこがれて、三台のル○バを破壊したわたしは、両親が買い与えるまま、おもちゃの自動車、三輪車、二輪車、一輪車、竹馬、スケートボードなど、幼少のころから様々な乗り物を乗りこなしてきました。ローティーンのころには波を乗りこなし、プロサーファーに勝るとも劣らない実力を有していたと自負しています」
舞台上のスクリーンには、少女時代のショウコ博士が映されている。冬山での豪快な滑走シーンや、スカイダイビングを楽しむ様子、一人だけ手を叩いて笑いながら絶叫マシーンを降りてくる映像も流されている。
「大型バイクを乗りこなすころには、口の悪い友だちに言われたものです。おいショウコ、おまえはいったい、どれだけ男を乗りこなしてきたんだい──そう、研究のきっかけとなる疑問は、エンジンが奏でる爆音とともに脈動しました」
当時流行していたファッションに身をつつむショウコ博士の写真がスクリーンに浮かび上がる。ファッションに興味があるのも、男の存在を気にしていないことも、他の女性たちと変わらない。標準的な美の基準からいえば、ショウコ博士は美しい女性である。ならばなぜ、異性との縁がないのだろうか。
「当初はわたしの意欲が足りないのだろうと思っていました。友人たちから、男を釣りあげるためのファッションや仕草を伝授してもらい、実践したこともありました。するとどうでしょう。おもしろいように近づいてきた男性たちが、いつの間にか波のように遠ざかっていったのです」
ショウコ博士は大きく腕をひろげて自身をアピールする。
疑問の入り混じった歎きの声が、会場内からからいくつも聞こえてくる。
「コミュニケーションに問題があったのではないだろうか? そんなふうに悩んでいたわたしのまえに、ひとりの女性があらわれました。すばらしいコミュニケーション能力をもちながら、なぜか男性と縁がない女性でした」
ショウコ博士は語りつづける。この出会いをきっかけにして研究が始まったこと。同じような女性たちを広く募り、共通点を探しだそうとしたこと。
容姿ではない、声や話し方ではない、態度ではない。
性格でもなく、知性面でもなく、貧富でもない。
男性に縁がない理由が見つからない。
いったい、ほかの女性たちとなにが違うのだろうか。
「心理学でも答えは出ませんでした。しかし、わたしたちはあきらめません。数百名もの被験者から様々なサンプルを集めて、あらゆる角度から分析をすすめました。長い年月を費やして、そして……ついに発見したのです」
オスコナーイ。それは特定の女性の汗腺から発せられる物質であり、男性の鼻腔内にある受容体にくっつくと、男性の体内に種々の化学反応を引き起こす。結果、無意識レベルで距離をとりたくなり、印象がどうあれ遠ざかるという不可解な現象が発生する。
「そう、すべてはオスコナーイが原因だったのです。そして原因が判明したならば、あとの対処は容易といっても過言ではありません!」
拳を握りこむショウコ博士。
その力強い態度と発言に、聴衆たちの興奮も度合いを増してゆく。
「現在、わたしたちは新薬の開発に着手しております! その薬剤を男性の鼻腔内に噴射し、オスコナーイ受容体を完全に破壊することにより────」
聴衆の喝采によりショウコ博士の声は正確に聞きとれない。
熱狂はつづき、彼女の演説は、万雷の拍手と歓声によって幕を下ろした。
余談ではあるが、いくつもの研究機関が多額の資金を集めることに成功したものの、現在のところ、女性を遠ざける物質は発見されていない。




