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冬の夜に降る雨  作者: 明純直人
1/1

前編

雪が雨に溶けて、汚く地面の泥と混じる。

雨は僕を責め立てるかのように、バタバタと傘を殴りつけた。


僕は下を向いたままただ足を進める。


前は薄暗かった。遠くに光る街灯が、針のような雨粒を鋭く光らせた。


「ねえ、待ってよ」


後ろから声がした。僕を追ってきた人の声だ。

僕はその人が誰か知っている。でも、今僕は誰とも話したくはなかった。


誰もいない場所で、なんでもない理由で死んでしまいたい気分だった。

だから、このまま雨の降る夜の中でさまよい続けたかった。


「無視しないでよ」


ぴちゃぴちゃと水溜りを踏みつける音が、後ろから近づいてきた。僕とは違う、少し早い足音のリズム。


僕は歩くピッチを変えずに、歩幅だけを少し広げる。


後ろの足音のピッチが上がる。嫌だな。走ってきている。面倒だな。うざい。なんで追いかけてくるんだ。僕なんてどうでもいいじゃんか。一体何で


「ねえ、無視しないでよ!!」


左肩を掴まれて、強引に引っ張られた。

僕はびっくりして振り向きざまに手を振り払ったら、相手は後ろにのけぞってバタンと大きな音を立てた。


傘が吹き飛んだ。僕の傘ではなく、彼女の傘が。


「痛いじゃんよ!!ばかあああ!」


尻もちをついた女の子はずぶ濡れになりながらそう叫んで、次の瞬間大声で泣いていた。


僕はもう、疲れて座り込んでしまった。




近くの自動販売機の前で、温かい飲み物を買った。

周りは畑ばかりで、雨宿りができそうなところはなかった。


彼女は、僕の友人の梨衣子は、雨で濡れてしまったせいでひどく寒そうだ。

できればどこか温かい建物に入って暖を取りたい。

しかしそのためには、遠くにある街まで二人で何十分も歩いて帰らないといけない。


車も自転車もない。何が悪いでもなく、ただこんなところまで来てしまった自分たちが悪いのだという見も

蓋もなさに、嫌気が指した。


「あんた馬鹿じゃないの?」


組んだ両腕の間にうまく傘を差し込んで、雨を凌ぎながら身震いしている梨衣子が言った。


「馬鹿なのは知ってる」


「は?いや、今はそういうのいいから。どうして家に帰らないの?あんたのお母さん心配してるよ。ご飯はどうしてるの?ねえ。」


「どうしてこんなところまで、僕を追いかけてきたの?」


僕は梨衣子に聞いた。梨衣子が僕を探す理由がない。


「私だけじゃなくて、同じクラスのことか、あんたの友達とか、みんなあんたを探していたの。誰にも言わずあんたがどっかに行っちゃうから。

学校にも来ないし誰も行き先知らないし、誰かに連れ去られたんじゃないかって、大騒ぎになってたんだから」


馬鹿らしいと思った。なぜ僕一人いなくなったくらいでごちゃごちゃと騒ぐのだろう。誰だって、誰にも告げずに一人でどこかに行きたくなるときだってあるはずだ。それを僕もしてはいけないなんて誰が決めたのだろうか。


「今までどこほっつき歩いていたの?3日も。お金も持たずに。」


僕は3日間、何も食べず、何も飲まずに街の外の誰もいない畑や山の周りを当てもなく歩いていた。3日間、誰にも人には会わなかった。

誰の目もなく、何をしても何も言われず、どこに行っても誰の文句も言われない時間は、僕に落ち着きと安心感を与えてくれた。歩いている感触、空腹感、野生の虫や動物の出会いは、自分が生きていることの実感を与えてくれた。

僕は久しぶりに生きていた。でも、そのために置いてきたものが僕を後ろに引っ張っていた。


「歩いてたよ」


僕はそれだけ言った。

実際それしかしていなかったから、そう説明する以外になかった。


「答えになってないんだけど。。。」


「てゆうか寒いからさ。そろそろ帰らない?

ただでさえ寒くてキツイからさ。お願いだから私を救うと思って、一緒に街まで帰ってくれない?」


梨衣子は笑って言っているが、身体は小刻みに震えていて、とてもこのまま外にいていい状態とは言えなかった。

僕の気持ちを察して待ってくれてはいるけど、本当は今すぐ迎えでも呼んですぐにでも帰りたいはずだ。


「ねえ、どうなの?」


僕は口をつぐんでしまった。梨衣子には帰ってほしいけど、僕は帰りたくない。正直勝手に一人で帰ってほしい。

僕のことなど気にせずに。だが、彼女は僕も一緒に帰らないと帰ってくれないらしい。


「ズルいじゃんか」


「はあ?何が?」


「いや、別に」


「はああ?いや、もう、はあ。」


梨衣子が呆れた顔でため息をついた。


「じゃあ帰ろうよ」


僕は言った。


「ん?今なんて?」


「いや、なんでも」


「はっきりしろやもういい加減さねえねえ!!」


「ごめん!ごめん。・・・帰る。・・・悪かったよ。梨衣子に悪いよ。」


梨衣子はまた、ため息をついた。


「私のせいにするの?」


「いや、そうじゃなく」


「じゃあいいよ別に。帰らなくても。」


「さっきと言ってること違うじゃん。。。」


「私が寒そうだから帰るって貴一が言ってるなら、貴一は私を言い訳にしてるじゃん。

あんた、納得してないでしょ?それなら別にいいよ。あんたが帰りたくなったら帰ろ。

私寒いの平気だから、、って、へっくしょん!!!ういー。」


梨衣子は言ってる傍からくしゃみをしていた。

見ていられない。僕が耐えられない。ああ、なんでそこまでするんだろう?僕が苦しくなるのわかっていてやっているのだろうか?

梨衣子はそんな嫌な奴だとは思っていなかったし、これも気を使ってくれているのはわかっているのだが、一周回って意地悪をされているような気がしてしまう。


「見てらんないから、帰るよ・・・。」


「いや、それはだめ。それじゃあ貴一にとって意味ないじゃん!

意味なくなっちゃうんじゃないの?この家出に。ねえなんで家出したの?逃げたかったからでしょ?逃げるために家出したのに、私のせいで連れ戻されちゃうみたいな感じになるのは貴一にとって嫌なことなんじゃないの?ねえ?」


「じゃあなんで俺のこと追いかけてきたんだよ!!!」


僕は自分の声にびっくりした。

自分の声にびっくりして、思わず目から涙が出てきた。

梨衣子もびっくりした顔をして「ごめん」と小さく言ったきり下を向いてしまった。




雨はまだやまなかった。

とても寒かった。

寒くて寒くて、なんでこんなところに来ているのか、理由を考えてしまったが、そもそも理由なんかなく歩いていたから、こんなところにいるのだと気づいた。


「ごめん。」


謝ってきたのは梨衣子からだった。


「いや、僕のほうこそ。」


梨衣子は僕が謝った言葉を聞いて舌打ちをした。


「あー、これも、ごめん。嫌な奴だよね。私。ちょっと落ち着く。本当にごめんね。」


梨衣子は息を大きく吸って、吐いた。吸う息は震えていて、吐く息は白い湯気になった。


「さっきは、色々言っちゃって、ごめん。


私、貴一がいなくなって、みんなと一緒に貴一のことを探しているときに、なんで貴一がみんなに黙っていなくなったのか、なんでお金も持たずにどこかに行ってしまったのか、いろんな理由を考えたの。


結局考えている途中で貴一を見つけたから、今もなんでかよくわかってないんだけど、でも多分、何か理由があって、誰にも告げず、何も持たず、それこそ死んでもいいくらい自分のことどうでもよくなってしまったから、こんな家出をしたんだろうなって、ことはわかっていて。


だから、私のせいで、それが解決しないまま帰ってしまったら、また、貴一は苦しいまま、つらいままいつもの暮らしを続けるのかなと思って、それは良くないなと思ったの。


だから、さっき私は帰りたくないって言ったの。」


梨衣子は、ふう、っと息をついた。


「これで伝わる?」


梨衣子は隣に並ぶ僕の顔を見た。


「あ、うん。」


「しまりのない返事。。」


僕も大きく息を吸った。冷えた空気が肺の中を満たす。冷気は僕のふやけた頭を覚まさせた。


「寒いね」


「・・・服が濡れてお前よりもっと寒い思いをしている女の子が目の前にいるんだけども、もう一度言って

もらえる?」


梨衣子の顔がキレてた。


「あ、いや、ごめん。」


僕は謝った。


「梨衣子、僕は帰るよ。僕の意志で帰る。」


「・・・本当に?」


梨衣子は怪訝な顔をした。


「・・・なんで?いきなり。」


「いや、なんでだろう。。帰りたくなっちゃった。」


「・・・はあ??」


梨衣子の顔がもっと怖くなった。


「殺す。」


「え?」


「私の苦労返せや!!

はあ?なにお前?女の子がちょおっと優しくしたからいい気分になって気持ちスッキリしたから帰るの?

え何??どういうこと??論理展開意味わかんないですけど??んん???」


「いや、そうじゃないんだけど、一旦梨衣子が本当に寒そうだから、帰るって方針にはしたいなと」


「いや、話聞いてた??それは、、」


「話は聞いてたから。だから、話したいんだ。伝わるかわからないけど。だから、話しながら帰らない?」


「・・・寒いから迎え呼びたいんだが。」


「いや、そうなんだけど、それは嫌で。。。」


「・・・あー、もう面倒くさいおぼっちゃまだな貴一くんわー。どんだけ梨衣子お姉さまに甘えるつもりな

のだー?」


「ごめん。。」


「まあ、いいよ。その代わり、全部話して。私は聞きたいから。貴一の考えていること。」


「・・・ありがとう。」


「やっと言ったな。その言葉を。」


梨衣子は笑った。いつもの屈託のない顔をした。


「もっと感謝しろ!」



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