これは本当に現実ですか?
「…流石に、出待ちはなかったね。よかった…」
ボソリと呟きまだ6時半なのに家を出る美幸。
吹奏楽部という都合上、朝練をしないといけないから早くに家を出る必要があった。
その様子を見た者1人。
「…なるほど。この時間に家を出るんだな」
窓越しに制服も鞄も全て記憶するというように瞬きひとつせず見送るカリュード。
その様子をそばに跪いていた執事の格好をした人は静かに主人の言葉を待つ。
やがて、カリュードは一つの命令を下した。
「今出す設計図のものを明日までに制作しろ」
「かしこまいりました」
返事ひとつで姿を消した執事など興味もないというように次のことを考え始める。
「まずは学校の特定…身分の偽装…出生も…」
考えようにもまだデータが足りない。
ならば…
「…仕方ない。今日は情報収集するか」
1日潰れるが致し方ない。
諦めたように頭を振り、机へ向かう。
椅子に座り、PCを立ち上げた。
ブルーライトに照らされた瞳はハイライトなどなく、ただ情報のみを映す。
「……。…。………」
自分にしか聞こえない声で呟きながら高速タイピングで検索していく。
とまらない指がやっと止まったのはそれから少しのことで、姿を消したのも少ししてだった。
***
翌日。
「はぁーい、今日は転校生がいまーす。挨拶を。」
「こんにちは、今日からお世話になります、福田海斗です。これからよろしくお願いします。」
美幸は困惑していた。
なぜかというと、立っていたのは、髪の色も瞳の色も違ったが、顔は確かにカリュードだったからだ。
美幸にウィンクされたのは気のせいではないだろう。
年上だったのでは?と少なからず疑問を抱く。
いやそれよりも、なんで今日既にこの学校に入っているのかが謎で謎で仕方ない。
美幸が混乱するのも無理もないことだった。
でもそれが声に出てしまったのはドンマイとしか言えない。
「えぇ…?」
「あら、羽鷺さん知りあい?」
先生の問いはカリュードが答えた。誤解しか生まない言い方で。
「はい、私の婚約者です。」
「…え?」
「きゃぁぁぁあぁあ!?」
「嘘よ!」
「あんな地味な…じゃないから悔しいぃ!」
「……諦めないわ!」
美幸の茫然とした声は、女子の悲鳴にかき消される。
後ろの席にいた男子に声をかけられる。
「…なあ、羽鷺さんって婚約者いたのか?」
「えっと、よく分からないかなぁ…?」
待つって言ったじゃん!と美幸は内心で叫びながら、曖昧な答えをよこす。
「そ、そうなんだ………狙ってたのに。」
「え?」
「いや、何でもない。こっちの話だ。」
男子は不機嫌な様子で話しをやめた。
「じゃあ丁度羽鷺さんの隣が空いてますし、そちらで座ってください。」
爆弾発言をさらりと流し促す先生。鋼のメンタルだ。
カリュードはニコニコしながら席に着く。
「美幸、よろしくね。」
「よ、よろしく、カリュー…海斗くん。」
圧がすごい。名前で呼べよ?という圧が。
美幸は名前で呼ぶほかなかった。
朝学活が終わり、少し時間が出来ると、たちまちカリュードは囲まれた。
「海斗くんはどこから来たの?」
「誕生日っていつ?」
「前の学校って何処?」
言葉のマシンガン。
だが、カリュードにすらすらと答える。
「ははは、そんな一気に聞かなくてもちゃんと答えるのに。…私は外国に居たけど、一度戻ってきたんだ。前の学校は“ワダリル学園”っていう小中高一貫校だよ。でも、親の都合で戻ってくることとなったんだ。美幸に会えたから全然構わないけど。誕生日は…七月の十三だよ。初めて美幸と会った日もこの日だったんだ。」
美幸は感心した。
女の子たちはずっと質問をした。
中には家に誘う子もいたけれど、笑顔で断っていた。
そして答えの全てに美幸を絡めてくる。その度に美幸は睨まれ、ヒヤヒヤとしてた。
授業が始まると先生が言うまでずっとこんな感じだった。