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小児科医と子供達

どういう訳か、俺は子供に懐かれやすい。自分で言うのもなんだが、こんな無愛想で無精髭のオッサンのどこが良いのか全く分からない。

俺は小児科医でもないし子供達とは殆ど接点がないのだが、病院内を歩き回ればすぐに子供が寄ってきて「先生、先生」と話しかけられる。

多少……否、ほんの少しは可愛いと思わなくもないが、基本的に俺は子供が苦手だ。出来れば関わりたくない。それに、周りに子供がいたんじゃ簡単に煙草も吸えない。これは結構死活問題だ。



その日も俺は子供達を避け喫煙場所を求めて屋上へ向かっていたのだが、その途中、子供達をワラワラと引き連れた小児科医を見かけた。

緩くウェーブのかかった茶髪に実用性よりオシャレを重視したような眼鏡、そのレンズの奥の目はタレ気味で、彼の柔らかな雰囲気を助長している。年はおそらく俺と変わらないくらいなので30は過ぎているのだろうが、20代に見えなくもない。別に悔しくない。



「じんぐるべる じんぐるべる~」


他の患者の迷惑にならないよう声を抑えながらなのでささやかではあるが、先頭を歩く小児科医の腕の動きに合わせて、静かに合唱をしていた。入院しているのだから病人であるはずだが、彼らはそれを忘れているかのように皆一様にウキウキと楽しそうだった。


本来なら微笑ましい光景のはずだが、子供もクリスマスも苦手な俺は憂鬱になるばかりだ。捕まると厄介だと思い、すぐにその場を離れようとしたが一足遅かった。


「ミッキー先生みっけ!」


小児科医、小牧 登 がそう叫ぶと同時に子供達が俺に向かって突進してきた。とっさに逃げようと身を翻したが、逆に背後、正確には膝の後ろにパンチをくらい俺は撃沈した。本当に、病人なのか疑いたくなった。









「登先生、上手く行ったよ!イェーイ!」


「イェーイ!よく出来ました。皆、これが膝カックンって技だよ。覚えておいてね。それから、これはミッキー先生専用だから他の大人の人にはやっちゃダメだよ。」


元凶の登はニコニコと子供達とハイタッチをしながら忘れずに注意をしていた。


「てめ、子供に何教えてんだよ!」


「だってミッキー先生が逃げるから。」


「だって」の意味が分からない。床にしゃがみ込んだまま睨みをきかせて登を見上げた。


「だから俺は子供は苦手だっつってんだろ!」


「またまたぁ。人気者のクセに~。ミッキー先生好きな子、手~挙げて~。」


病院の先生というより学校の先生のような登の質問に、そこにいた子供達が「はーい」と勢い良く手を挙げた。


「悪いけど片思いです~!お前らがどう思おうと俺は子供が苦手なの!」


「あ~ミッキー先生照れてる~。」


「照れてる照れてる~かわいい~。」


ニヤニヤした子供達がツンツンと俺の足をつついた。こんな無精髭のオッサンを捕まえて「かわいい」とは如何に。最近の子供は分からない。


「照れてねぇよ!ったく、大人をからかいらがって……」


俺は文句を言いながら白衣を軽く叩いて立ち上がった。






「ねぇ先生、今度のパーティ来るよね?」


ちょいちょいと白衣の裾を引っ張りながら、5歳くらいの男の子が俺を見上げて尋ねた。


「あ?パーティ?」


「クリスマスパーティだよ。毎年小児科でやってるでしょ。」


登先生の補足説明に俺はあからさまに顔をしかめた。


この病院には長期入院している子供達が入れ替わりはあるものの毎年約10人くらいはいる。そいつらとその保護者や友達などの見舞いに来た人達と「クリスマスパーティ」なるものを開催していた。もちろん、激しい運動が出来ない子も沢山いるし食事制限のある子もいる。普通のパーティと同じようには出来ない。けれど出来る範囲で少しでも雰囲気だけでも味わってもらおうと、小児科を中心にスタッフが集まって奮闘していた。

そういう事なら俺とて手伝うのも吝かではない。ベッドごと移動して参加する子や大きな機材を運んだりもするし男手は必要だ。緊急時に備えて待機したり、はしゃぎすぎた子供達を止めるのも大事なことだ。あと俺は比較的背が高いので、ツリーや壁の飾り付けを手伝ってやっても良い。

そういう裏方のヘルプなら喜んで……ではないが、まぁ引き受ける。けれど、



「……行かねぇよ。」


小さく舌打ちしながら答えると足元から不満げな声が上がった。


「えー!!何で何で?」


「来てよー!サンタさんも来るんだよ?プレゼント欲しくないの?」


「ミッキー先生来てくれないとつまんないよ~。」


などと口々に言いながら頬を膨らます子供達を宥めるように、登が腰を屈めて微笑んだ。


「大丈夫だよ、皆。ミッキー先生毎年そう言って結局来てくれてるんだから。ね、先生?」


「むりやり連れてかれてるんだっての!」


毎年毎年行かないと言っているのに、子供達か登に連行される形で参加させられ、サンタ役をさせられたり歌わされたり子供達にもみくちゃにされて散々な目に遭っている。そういうのは俺の仕事ではないのだ。正直めちゃくちゃ疲れる。主に精神的に。今年こそは静かに聖夜を過ごしたい。







「今年はサンタ役の人呼ぶらしいから絶対来てね!プレゼントもらえるかもしれないし。」


「興味なし!パーティでも何でも勝手にやってくれ。」


「分かった。じゃぁ当日は僕が迎えに行くね。」


何が分かったのか、登はニコリと効果音が付きそうな笑顔で言った。


「だから行かねぇって!」


「あ、そうだ。ところでミッキー先生。」


「聞いてねぇし。……なんだよ?」


「安藤聖子ちゃんって知ってる?」


「聖子……?あー、先月転院してきた……」


「うん。その子がね、ミッキー先生に会いたいそうだよ。」


「はぁ?何で俺に?」


「他の子供達から聞いたんだよ、先生の事。で、興味もっちゃったみたい。」


「何だそれ。……まぁ気が向いたらな。」


一体何をどう話したら俺に興味が湧くのやら。それに、そもそも俺は小児科医じゃない。


「そう言ってくれると思った。じゃぁ今度紹介するね。」


「気が向いたらだっつの。まぁいいや。俺そろそろ行くわ。」


「また煙草?程々にしてね。」


「わーってるよ。お前は俺の嫁か!……じゃぁな、がきんちょ共!登先生の言う事ちゃんと聞くんだぞ!」


歩き出しながら顔だけ振り返って注意すると


「「「はーい!」」」


という病人らしからぬ元気な返事が返ってきた。




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