表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

眠りを妨げた者達

 薔薇のつるが、四方八方に、縦横無尽に、あてどなく、さ迷い続けていた。


 植えられていた、一重花咲く赤のつる薔薇が、のたうち回るように、触手とみまごう蔓を、外壁にはびこらせ、建物を飲み込む様に覆い育っている。


 かつては、手入れをされ、美しく建物を、彩る様に仕立てられたそれだったが、世話をする手を失うと、枷を外されたかのように、


 何処に向かうのも自由、自然のままに、奔放にたくましく、その本来の姿を取り戻していた。


 ひそりと、建物を音なく歳月をかけて、飲み込み行く、カクテール。一重の可憐な赤の薔薇。


 ×××××


 ある夜、少年、少女達が合わせて数人、時が、眠りについている、空気が漂うここへとやって来た。


 階上で、笑いさざめく声、コトゴトと足音、それを挟み、時折、弾けた高い声も上がる。


 静かで穏やかな闇が、それにより切り裂かれ、私の眠りを妨げた。


 全く、困ったものだ。私はため息と共に、ゆるやかに目を覚ました。


 一体、どれくらい眠りについていたのか……


 まだ思考が眠っているのか、はっきりしない。


 そう、たゆたゆとして、温かく、そしてとろりとした闇に、闇いろの沼か、とろりと生温かい……


 私はその闇に、浮かんでいる、そんな感覚に包まれている……



 ×××××



 旅に疲れはてた私は、ある御方の許しを得て、カクテールが覆われしここに、宿を借り、幾久しい時を過ごしている。


 静かで、穏やかな闇に包まれた、一室に私の世界がある。


 それを破った、侵入者達に私は少し苛ついた……


 物音が、堪にさわる。声が耳から入り込み、心をざわつかせる。


 ……若い者が、持ち得る好奇心とやらに、動かされている彼等は、暴虐無人に、中に入り込み、あちこちを『探検』しているようだ。


 幸い、私が休んでいる場所迄は、来ることもなく、彼等はかしましく、一通り内部を散策すると、外へと出て行った気配がする。



 ――騒がしいのが苦手な私は、若々しい、澄んだエーテルを放つ者達が、居なくなり、安堵のため息をもらす。


 彼等の放つそれは、清らで甘い、深紅の薔薇の花の様な香りで、私の鎮まる心をゆさぶる。


 全く、今の若者は……と私は年寄りくさくそんな事を思い、目覚めたにも関わらず、灯りを灯していない、闇の中で苦笑を浮かべた。


 それにしても、ここは静かで清らと『あの人』はそう言っておられたのに、現実はずいぶんと違うらしい。


『ゆっくり休むといい』


 そう言って、この場を与えてくれた『あの人』


 今は何処におられるのか……最後に別れて幾久しい。



 私は再び訪れた静寂に、ゆるりと身を任せる。


 何故か、今宵に限り巡る血潮が、じわりと熱を持っているかの様……


 はて、と考える。彼等の放つ香りを捕らえたからか、それとも何か他にも理由があるのか……


 それは私にとっては、不快な感覚。と同時に生理的現象か、酷く渇きを覚えた。


 立ち上がると、もう入ってくるまい、と燭台に灯りを点す。


 そして同じテーブルに置いてある、古めかしい瓶に手を伸ばし、とろりと濃い赤の葡萄酒を、グラスへと注ぐ。


 そして一口含み、舌の上で転がし生まれ変わるそれを味わうと、目を閉じ喉の奥へと送る。


 ゆるりと下る赤、深い薫りが私を包む。そして思い出す。若者達が話していたことを……



 ……ああ、今宵は聖夜か……私が産まれた夜ではないか、合点が行くのと、疑問が生まれる。


 妙だ。今まで聖夜等、幾度となく送ってきた。


 何もなかったではないか、血潮が熱を持つことも、こうして心がざわめく事も……


 何か有るのだろうか、そもそも若者が忍び込む事など、よくある事。


 昼間にはもう少し年端の行かない子供達が、宝物を隠しに来ることも、有るというのに。


 私は酷く気分が悪く、そして渇き、並びに高揚する不可思議な感覚に陥っている。


 それもこれも、先の暴虐無人に入り込みし者達の置き土産、と忌々しく思いつつ、二口三口と飲み進める、深い赤の色。


 目を細め、グラスに残りしそれを、灯りに捧げ眺める。灯りが入る事で、ゆうらりとした色が、鮮やかになる様。


 それを確認すると、一息に仰ぎ飲む。しかし、全て干しても、渇きは解消される事はない。


 これはどうした事だろうか、私は無性に夜半の風に当たりたくなった。


 ああ、彼等はこの地を離れたであろうか、私は無性に夜空を眺めたくなった。


 普段は、外へ出る事など、思いもせぬのに……若い、清水の様な、溌剌とした気に、あてられたのだろうか……それとも、


 もしや今宵は、私を包む青星の光が、薄くなっているかも知れぬのだろうか……


 それはもう少し時が経てば、離れてしまい、見にくくなる、青に寄り添う白の星、私の守り星。


 この星の、宇宙の揺らめきが静かな時に、密やかに『青星』に寄り添う『しろ』が、見えると言う。


 青星の放つ光が、白星迄僅かに届かない、その様な時が、あるという。


 もしやしたら、今宵がそうなのかもしれぬ。


 なので、こうも心が目覚め、冷たい体が熱を帯びている事も、納得が行く。


 そんな事など、日々が過ぎるなかで、よくある現象なのだが、今宵は聖夜、特別な夜。


 そう私が産まれた日。それと星の揺らめきが重なったか……天の、否や闇の世界の神の悪戯か、悪巧みか、


 次第に、晴れ渡る脳裏に、思考が、言葉が、欲望が、産まれ広がって行く。


 しかし、何れにせよ『鍵』が響かぬ限り、私の静寂は破られぬ事になっている。


 聖夜、星の揺らめき、決して、響く事の無い『一つ』それが全て揃わなければ、この安寧を破る事は……無い。


 ×××××


 普段なら、この部屋から、出る気分にはならないが、揺らめきの夜ならば、この建物内部ならば自由にさ迷える。


 窓から夜空でも眺めようか……そんな事を考えながら、燭台をかたてに、私はドアを開き、階段を音なく上に上にと進む。


 ……時折入り込む者達がいるのは、物音で知っている。


 他愛の無い、無邪気な願いを叶えるために、宝物を捧げにくる子供たちは、明るし時に……


 そして夕を過ぎれば、人目を拒む恋人達、先の様な好奇心に満ちた者達、が希に訪れている。


 極ごく、たまにだが、美しい花を飾り、埃を払い、香を焚き帰る人がいる。


 そして帰り際には、祈りを捧げる、そんな人が、ここに来ている事は、何気に知っている……



 私は、今迄、侵入者達がいたらしい、部屋の扉を開けた。


 そこは灯りはない、闇が満ちている無人の室内。


 そして、誰かが捧げた、花の香りが満ちている闇の室内があった。


































 









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ