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91. 帰城

門の向こうは庭のようだった。裏門だから、裏庭になるのだろうか。

そこに、明らかに『待ち構えていました』という風な人影が複数あった。


「──よし、行くぞ」


なぜか死地にでも赴くような硬い声でアレンフィードが言えば、エドガールががんばれーとエールを送ってクラースと共に後に続く。

フィーリアとヴァルツはランネルと、最後にミリアとクリスタが続く。



「ユリフィス!!!!」


一行が門をくぐった途端に女性が飛び出してきた。


フィーリアがユリフィス?と首を傾げていると、その女性がガバリとアレンフィードを抱き締める。

ぐっと呻き声が聞こえた気がしたけれど、フィーリアはそれよりもその女性に釘付けになった。


透き通るような白い肌に、水色の髪と瞳。とても美人だ、という事は分かった。

しかしその美しさも、ぎゅうぎゅうと抱き締められて「やめっ…ちょ、離し……」と離れたいけど全力で押し返す事も出来ないのか、もごもごと呻いているアレンフィードとの攻防のせいで若干残念な雰囲気だ。


その色合いとやや吊り目がちで冷たそうな印象を受ける容姿から、世間では『氷の』という冠辞をつけて呼ばれる事も多いその女性は──


「王妃様──!」


ミリアが小さく呟いたその言葉に、フィーリアは驚いたように目を瞠る。


「お、王妃様って……じゃあ、えっと、アルのお母さん?」


小声でミリアに問いかけると、コクコクと頷き返される。



「黙って出て行って、半年も何の連絡もせずに……!どれだけ心配したか……!」


ぎゅうぎゅうとアレンフィードを抱き締め続けているその女性の肩を、後ろからやって来た男性がそっと抱く。


「ソフィーア、アルが苦しそうだ。離してやりなさ……」

「ギルは黙っていて下さい」


ピシャリと、声音だけでなく、風魔法をその手に叩きつけた王妃(ソフィーア)に、男性──国王・ギルフォードは「痛い……」と寂しそうに呟く。

ソフィーアの拘束が緩んだ隙にするりとその腕から逃げ出したアレンフィードが、目の前の二人に腰を折る。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。父上、母上、ただいま戻りました」



「ちちうえ………って、王様!?」


小声の域を出てしまったフィーリアの叫びに、ミリアが後ろから慌ててその頭をぐいんっと押す。


「フィーリア、頭下げててっ!!」


こちらは上手い事小声で言えたけれど、既にフィーリアの声で出迎え組の視線を集めてしまっていた。

国王だという人物は、フィーリアを見てふむ、と面白そうに口端を上げると、アレンフィードへと視線を戻す。


「元気そうで安心した──―して、その子がフィーリア嬢か」

「はい、ルース村より同行して貰った、フィーリア・ラヴィスです──フィーリア」


アレンフィードに呼ばれて、フィーリアはひっと声にならない悲鳴を上げる。

恐る恐る顔を上げると、アレンフィードと目が合った。

何も言わないけれど、確実に「こっちに来い」という事だろう。

けれどフィーリアはおろおろと視線を彷徨わせて──助けを求めるように隣のランネルを見上げる。


ランネルは苦笑してフィーリアの手を取ると、アレンフィードの元へとフィーリアを連れて行く。

フィーリアがそのまま居てくれるのかと期待したのも一瞬、ランネルはギルフォードに礼をすると自分は下がってしまった。


アレンフィードはフィーリアを自分の横に立たせると、背中をとんと叩いた。

ちらりとアレンフィードを見ると、一つ頷かれる。


「あ、あの……ルースからきました、フィーリア・ラヴィスです。 はっ…8歳、です。よろしくお願いしますっ」


ぺこんっと頭を下げたフィーリアの視界に、するりと黒いローブのような物を纏った人の足が入り込む。

そぉっと顔を上げると、「のような」ではなく黒いローブを纏った、やたら容姿の整ったギルフォードと同じ年の頃の男性が、ギルフォードを押しのけるようにしてフィーリアの前に立っていた。


「え、すごいイケオジさま来た………」

「いけおじ…?」


フィーリアの小さな呟きを拾って「何だそれは?」と首を傾げながら、思ったよりも近い距離でフィーリアを覗き込んで来ているその人物の瞳は、黒く見える。

そして後ろで無造作に一つに結ばれているその髪も──


「──―黒……髪?」


ぽかんとフィーリアに見つめられたその男性は、小さく口端を上げる。


「なるほど。これはなかなか……良い拾い物をしましたね、アレンフィード殿下」

「人間を物扱いするな、テオドール」


「……テオドール……?」


アレンフィードが呼んだ名が、かちりとフィーリアの中でその単語(・・・・)と結びつく。


「社畜の人……?」


「お前もそれ一旦忘れろ」


呆れたようにぽこりと頭を叩かれて、フィーリアはぱちぱちと瞬きながらもう一度目の前の全身真っ黒なイケオジさまを見上げた。

思わず「魔王様ですか?」と聞きたくなった衝動を抑えて、フィーリアはおずおずと確認する。


「えぇ、と……魔法師団長さま、ですか?」

「いかにも。なるほど、クリスタを凌ぐか──。8歳、となるとあと4年か」


どうやら『視て』いるらしいテオドール(イケオジさま)から穴が開くほど見つめられて、フィーリアは頬を染めながら「あと4年?」と聞き返す。


「テオ、気になるのは分かるが、順番が違うだろう」


フィーリアの問いにテオドールが答える前に、どけ、とテオドールを押しのけて、今度はギルフォードがフィーリアの前に立つ。

王族の証である金髪碧眼。

武に秀でているという噂の通り、その身体はガッシリとしていてTHE・体育会系!だ。

目元がアルと似てるかなと、フィーリアがギルフォードを見上げていると、まだ背の小さなフィーリアを気遣ったのか腰を落としたギルフォードにフィーリアは慌てる。


「あの、そんな……そのような事……っ」


慌てて振ろうとした両手をギルフォードにがしりと握られて、フィーリアはひぇっ!?と小さな悲鳴を上げた。


「アルを救ってくれたそうだな。感謝する」


何故か声を落として──ほぼ囁くような音で言われた言葉に、フィーリアはきょとりと瞬いて、そしてふと、後ろでソワソワしながらアレンフィードを見つめているソフィーアを見る。


「私は出来る事をしただけで……あの……もしかして、王妃様にはナイショ、ですか?」

「聡いな。アレに知られると色々面倒でな」


ニッと笑ったギルフォードに、フィーリアは「王妃様ってこわい方なのかな?」と身構える。


「歓迎しよう。ゆるりと滞在してくれ」


フィーリアの頭をくしゃりと撫でたギルフォードは、フィーリアから視線を外して後ろへと向かった。




フィーリアの元を離れたギルフォードはエドガールとクラースにご苦労と軽く声をかけて、今度はヴァルツの前で足を止めた。


「──この子が?」


ヴァルツの隣で頭を下げているランネルに尋ねるが、不思議そうな声音なのも無理はないだろう。

ヴァルツの髪も瞳も、まだ茶色のままだ。


「はい。彼がレーヴェ村で保護した、ヴァルツ・ルヴィエです」

「そうか。ヴァルツ──良い名だな」


ぐしゃぐしゃとヴァルツの頭を撫でるギルフォードの力の強さにヴァルツの身体がぐらぐらしているけれど、驚いているだけなのか、"偉い人"だという事が分かっているのか、ヴァルツはされるがままになっている。


「彼については──外では。後ほど、父上とテオドールの時間を頂きたい」


アレンフィードの言葉に、ギルフォードが頷く。


「そうだな、ここでは何だな。では移動するか」

「というかそもそも出てこないで下さいと言っておいたはずですが」

「仕方なかろう。ソフィーアとラルフが出て行ってしまったから追ってきたまでよ」

「いや、そこは追うんじゃなくて止めるところ……」

「細かい事を気にするな!」


はっはっはと笑ってアレンフィードの背中をバシンっと叩いたギルフォードに、アレンフィードが顔を顰める。


「ギル!ユリフィスが痛がっているではないか!」


いつの間にやら近くまで来ていたソフィーアがギルフォードからひったくる様にしてアレンフィードを抱き締める。

それまで一番後ろで控えていた男女もソフィーアについて来たのか、再びソフィーアにぎゅうぎゅうされているアレンフィードに声をかけてくる。


「少し背が伸びたかな。おかえり、アル」


「兄上──きちんと母上を止めて下さい」

「うん、俺には無理」


にこりと笑った兄──ラルフォードに、アレンフィードは溜息を落とす。


「母上、離して下さい」

「嫌だ」

「嫌だ、ではなくて………。これでは兄上と話も出来ません」

「どうせデュランとは後で話すのであろう?こうでもしないとユリフィスは私を避けるではないか」

「母上がすぐこういう事をするから避けるんですよ」


いい加減離して下さい、と少しきつめに言うと、ソフィーアが渋々とアレンフィードから身体を離す。


「どこも、怪我をしたりはしていないな?」


ぺたぺたとアレンフィードの身体に触れて確認してくるソフィーアに、アレンフィードは両手を広げてみせる。


「ご覧の通り、元気ですよ」


アレンフィードのその言葉に、ソフィーアは漸く一歩引くとラルフォードに場所を譲る。

譲った後に「ユリフィスが冷たい……」とギルフォードの腕を抓って八つ当たりをし始めていたが、アレンフィードは気付かないフリをしてラルフォードに頭を下げる。


「改めて、兄上。ただいま戻りました。それから、婚約おめでとうございます」

「何だ、やっぱり聞いてたのか。驚かそうと思ったのに」


ね、と自身の隣で静かに立っている少女にラルフォードが微笑めば、その少女──リリアーナも小さく微笑みを返す。


「わたくし達の婚約を聞いて戻る決意をして下さったと、陛下から聞いておりますわ」

「あれ。子供を保護したからだろう?」

「──まぁ、どちらも、ですね」

「タイミングが重なったって事かな。それにしてもエドもクラースも連れて行っちゃうからつまらなかったよ」

「それは……すみません。でもカーティスがいたじゃないですか」

「カーティスは少し堅すぎるんだよね」

「あら、そんな風におっしゃってはカーティス様が泣きますわ」

「泣かれてもなぁ……」


苦笑したラルフォードが、どうやら全員の注意が自分から逸れた為か、そっとヴァルツの隣に戻って来たフィーリアに気付いて視線を移す。


「あの子がフィーリアさん?」

「あぁ……はい、そうです」

「へぇ……。すごい、かわいい子だね。やるね、アル」

「………どうも」


何が「やるね」なんだかと思いつつ、アレンフィードは否定はしないでおく。


「挨拶しても良い?」

「今ですか?」


魔法師団長(テオドール)国王(ギルフォード)に立て続けに声をかけられて心なしか疲れた様子のフィーリアに、アレンフィードが難しい顔をする。


「挨拶だけだよ、すぐ終わらせるから」


そう言ってリリアーナを伴ってフィーリアの方へと足を進めたラルフォードを、まぁ兄上とリリアーナなら大丈夫だろうと見送って、アレンフィードはふぅと息をつく。


「いやー、相変わらずだね」


お疲れとエドガールに肩を叩かれて、アレンフィードはじろりと視線を上げる。


「何で全員出て来てるんだよ」

「それ俺に言われても……」

「外では出迎えるなって……確かに言ったよな?」

「言ってたね」

「とりあえずさっさと引っ込みたいんだが……」

「陛下と王妃様には一度下がって貰おうか。全員でぞろぞろは、ね」

「そうだな」


頷いて、即座に両親の元へ向かったアレンフィードが早く戻ってくれとばかりに国王夫妻にしっしと手を振っているのを見遣ってから、エドガールはフィーリアとヴァルツに挨拶しているラルフォードとリリアーナの元へ、

クラースはミリアとクリスタの労をねぎらっているらしいテオドールの元へと向かった。



以前にチラッと1回だけ名前が出てますが、カーティスさんはクラースさんのお兄さんです( ˊᵕˋ ;)


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