07. 旅立ち
討伐隊派遣時に基準となる危険ランクは5段階で分けられている。
最初のうちは王都近郊で危険度の低いランク1~2の討伐を続け、メンバー同士の戦い方や実力の確認をしながら進んだ。
ミリアもクリスタも実戦経験がほとんどなかった為最初こそ戸惑いつつの戦闘ではあったが、徐々に実戦慣れしてアレンフィードの期待以上の働きを見せるようになった。
赴く地域も最初こそランク2までと言われてそこまでの情報しか貰えていなかったが、騎士団長お墨付きのアレンフィードにエドガール、魔法士団長が期待を寄せているクリスタが同行しているという事、実戦を経験した事で制御が苦手だったミリアも調整が出来るようになってきた事、実際にランク2程度であれば危なげなく──むしろ楽勝で討伐出来るようになった事などから、騎士団や魔法士団でもトップの隊しか派遣されないような特別危険なランク5以外の地域であれば赴いても良いと許可が出た。
その為、アレンフィードは三月が経った頃からランク3の地域を積極的に回り始める事にした。
しかし戦闘の連携以上に苦労したのが、アレンフィードが全員に課した『様付け禁止令』だった。
決して本名を名乗るな、と言われていたし、アレンフィードもそんな気は毛頭なかったので、もしも素性を問われた時には地方から出てきた義勇兵だという事にしようと決めた。
元々はバラバラの地方出身の平民だが、町で討伐依頼を受けている間に顔見知りになってパーティーを組む事になった、という設定付きだ。
平民の子供に身分なんてあるはずもなく、お互いの名に"様"をつける事もあり得ない。
元々アレンフィードを"アル"と呼んでいたエドガールとクラースは何の問題もなく、ランネルも渋りつつも割りとあっさりと"アル"になったが、ミリアとクリスタはそもそも平民の出で、男性陣全員の身分が雲の上という事もあり、アレンフィードに限らず中々男性陣の名前から"様"を取れずにいた。
出立から二月が経った頃、アレンフィードは仕方なくミリアとクリスタに対して "様付けしたらデコピン" という微妙な罰ゲームを設定するハメになったのだった。
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「アル様、クラース様!見てください、あっちで食べ頃の果物見つけまし……あっ!」
「今日3回目だぞ」
ミリアはしまったと額を押さえようとしたが、両手いっぱいの果物に阻まれてガード出来ず、何故か力が強いわけでもないのにものすごく痛いアレンフィードのデコピンをくらう。
「いっったぁぁぁぁい!!!」
涙目になったミリアから果物を保護して、クラースも軽くミリアの額を弾く。
「うぅぅ……何で私たちばっかり……」
「様をつけなければ良いだけですよ」
ほら、とクラースが道端の草を一枚ちぎってミリアの額に乗せる。
「クラー……ス、これは磨り潰さないと薬効はありませんけど」
恨めしそうに上目遣いで睨んでくるミリアに、それくらい自分でやって下さいと言うと、クラースは果物を持って火を起こしているアレンフィードの元へ行ってしまう。
「うぅ、冷たい。でも好き」
クラースがくれたのはどこにでも生えている薬草だが、磨り潰して傷口に塗布しておくと傷の治りが良くなるという効能がある。
ミリアがその薬草を大事に自分のポケットにしまうのを、アレンフィードは薪代わりの小枝を放り込みながら面白そうに見ていた。
「もう少し優しくしてやれば?あんな草でもお前から貰ったものは大事らしいぞ」
「アルやエドだったら塩を渡してますよ」
「わかりにく」
苦笑してから、小さく「ファイア」と呟いて木の枝に火を灯すと、アレンフィードはさて、と立ち上がって剣を佩く。
「俺も食料調達してくる」
「行ってらっしゃい」
クラースはひらりと手を振ってアレンフィードを送り出すと、まだ額をさすっているミリアに声をかける。
「ミリア、ちょっと来てください」
「?何ですか?」
「言葉遣い」
指摘されて、ミリアはぷっと頬を膨らませる。
「クラース様だって敬語じゃないですか……あたっ」
また額を軽く弾かれて、更に頬を膨らませたミリアの片頬を指で押して空気を抜いてみる。
ミリアは何だか反応が小動物のようで面白い。
「僕は誰にでもこうだから良いんです。でもミリアは違いますからね。僕たちも"地方出身の平民"なんですから、それらしくして下さい」
「そもそもクラース……たちが平民って、雰囲気に無理ありすぎますけど……あ!!じゃあ私も敬語キャラに!」
「クリスタにも敬語で話せますか?」
「うぐっ……」
「そんなに難しい事ではないと思うんですが……」
やれやれと息をつく自分の横でしょんぼりとしているミリアに、クラースはどうしたものかと思案する。
クリスタはデコピンが相当嫌だったようで、最近ようやく脱様付けが定着してきた。
時々ぽろっと出るけれど、それも程なく出なくなるだろう。
これまではこの『地方から出てきた義勇兵』設定が定着し切れていなかった為、あまり宿などに泊まらずに野営で過ごして練習期間としていた。
幸いクリスタの魔法で風呂に入らずとも身綺麗でいられたし、気候も良い時季で、野営をしていてもそう危険な地域ではなかったからだ。
しかしそろそろ危険な地域に移っていくだろうし、そもそも固い地面に雑魚寝続きなのが辛い。そろそろ宿に泊まりたい。
「飴と鞭、にでもしますか」
呟きはミリアには届かなかったようで、え?ともう一度聞こうと僅かに顔を寄せてくる。
「クラース、と呼べるようになったら、ご褒美をあげましょう」
「ご褒美?」
きょとんと自分を見てくるミリアに、クラースはわざと優しく微笑む。
「ええ、ご褒美。そうですね……呼んでみて下さい」
「うっ えっ……」
あんまり見ないクラースの微笑みにしどろもどろになりながら、ミリアは小さく「クラース……」と名を呼ぶ。
「はい、良く出来ました、ミリー」
「ふぇっっ!!?」
突然の愛称呼びに、ミリアの顔は瞬時に火を噴いた。
「全員の名前を呼び捨てられるようになったら、いつでも呼んであげますよ」
「えっ……いつ、でも……?えっ………」
真っ赤になっておろおろと視線を彷徨わせているミリアに、クラースは約束します、と付け加える。
ミリアは、このメンバー全員からそのまま"ミリア"と呼ばれている。
故郷ではミリーと呼ばれるのは当たり前だったし、魔法士団の友人でもミリーと呼ぶ子はいる。
が、想い人から愛称で呼ばれる事が、こんなに恥ずかしくて嬉しいものだなんて知らなかった。
ミリアは真っ赤になった顔を隠すように、その場にしゃがみ込んで膝に顔を埋める。
「言葉遣いも直せたら、一つだけミリアのお願いを聞いてあげます」
聞こえてきたとんでもないセリフに、ミリアはひぇっ!?と頓狂な声を上げてクラースを見上げた。
「な……なんでも………?」
「そうですね、犯罪でなければ」
ミリアがどんな事を考えているのか何となく想像出来る気もするが、まぁこの野営続きの生活を離れて宿に泊まれるようになるのならば良いだろう、とクラースはもう一度にっこりと微笑んで見せる。
「が……がんばりマス……」
茹で上がったタコのようになっているミリアの頭を、ダメ押しとばかりにそっと撫でてみると、ミリアはふにゃぁっとその場に倒れこんだ。
──小動物のようで面白い。
思わずくしゃくしゃと頭を撫で続けていたら、嬉しさと恥ずかしさとが振り切れたらしいミリアの魔力が暴走しかかったので、なでなで攻撃は強制終了となった。
この日を境に、急にミリアが真っ赤になりながらも全員を呼び捨て出来るようになり、タメ口が定着した事に皆が驚いた。
が、ミリアの異常な頑張り具合と、クラースが"ミリー"と愛称で呼ぶそうになった事とで何となく察されて「お前乙女心を弄ぶなよ……」とエドガールから苦言を呈されたのは、また別の話だ。