76. 再び、旅立ち
翌朝、最後になるオルガの焼き立てパンを味わって、そしてランネルは天気を確認するかのような素振りで窓の外を伺う。
「──じゃあ、そろそろ行こうか」
ランネルのその言葉に、各々マントを羽織って、荷物を背負う。
スノウの寝床にさせて貰っていた籠はオルガに返したので、スノウはフィーリアの肩の上で機嫌よさそうに尻尾をふさふさと揺らしている。
フィーリアはヴァルツのマントの前を止めてあげて、そして一度くるみ釦を撫でると、そっとフードを被せる。
「これがヴァルツのカバンね。重くない?」
「ん。だいじょうぶ」
背中に回ってカバンを背負わせてあげてから、玄関前で待っている皆の元へ向かう。
そのタイミングで、ドアが叩かれた。
ドアの一番近くにいたエドガールが開けると、パトリックとエリスが立っていて、そして「おはよう」と頭を下げた。
「マクレガンさんに本を返しに来たんだけど──いるかな?」
二人を家の中に招き入れてから、エドガールが周囲に視線を走らせると、少し先に畑帰りらしい鍬を肩に担いだ男性の二人組が見えた。
男性達はエドガールの姿に気付いて手を上げて挨拶をしてくる。
「おはよう、エドくん。この間は助かったよ──あれ?」
一人が小走りに寄ってきて、エドガールの格好に残念そうな顔をする。
「何だい、出発かい?」
「えぇ、そうなんです。まだチビ達の準備にちょっとかかりそうなんですけどね」
困ったように微笑んでみせて、エドガールはさり気なくドアを閉めて外に出る。
「うちの垣根も直して欲しかったんだけどなぁ、残念だ」
すっかり修繕係として認識されているようだと苦笑を零して、エドガールは「すみません」と謝る。
「嬢ちゃん達の具合は良くなったんだな」
「えぇ、もうすっかり」
「それは良かった。もう少しゆっくり休んで良いんだぜって言いたいとこだけど……都合もあるだろうしな。──そうだ、ちょっと皆に声をかけてこよう」
「あぁ、そうだな、それが良い。すぐには出ないだろう?皆で見送らせてくれな」
「え?いえ、後で出発したって事だけ伝えてもらえれば……」
エドガールの制止空しく、男達は「エドさん達が出発するってよー」と大声で叫びながら村内に宣伝しに行ってしまう。
男性達の声が聞こえていたのか、ドアが開いて顔を覗かせたミリアが「あーあ……」と溜息を落とした。
「ま……まぁ、これでパトリックさんとエリスさんも、堂々とヴァルツを見送れるって事で」
「そうだけど……便利屋さん、頑張りすぎたんじゃない?」
「だって何かしてないと暇だし身体も鈍るし……仕方ないだろう?」
「まぁ、鈍ったけどね」
家から出られなかったから、実のところミリアも無性に走り出したくなったりする瞬間があったから、そこには同意しておく。
大丈夫かなと、ミリアは心配そうに男性達の背中を見送った。
「お世話になりました」
村の入口で、ランネルがマクレガンに向かって頭を下げる。
一行は不自然にならない程度に、身体の小さいフィーリアとヴァルツを成人組が囲むようにして立っている。
ヴァルツ一人だけがフードを被っていては目立つので、女性陣もフードを被った。
日よけとか埃避けとか、女性であればいくらでも言い訳は出来る。
「またこの辺に来る事があったら、いつでもおいで。皆歓迎するよ」
「ありがとうございます……また、必ず」
ランネルはマクレガンと握手を交わして、マクレガンの後方──マクレガンと一緒に出てきたので不自然にならずにマクレガンのすぐ後ろに立てたパトリックとエリスと一瞬だけ視線を合わせて、そして思いのほか集まってしまった村の人達に向かって「ありがとうございました」と頭を下げる。
盛大になってしまった見送りに内心戸惑いと焦りを覚えつつ、一行は若干急ぎ足でレーヴェ村を後にする事となった。
「もー、便利屋さんのせいでー」
ミリアがぶつぶつと呟いて、そして村人達の姿が見えなくなったのを確認して、被っていたフードを下ろす。
「不可抗力だって。ただ飯食らいも気が引けるし、仕方ないじゃないか」
人の役に立って責められる謂れはないと、エドガールが「な?」とクラースとランネルに同意を求める。
「通りがかりに声をかけられるくらいはするかなと思ってたけど……ここまで大人数に見送られる事になるとは思わなかったね」
「しかもこれ……どうしましょうね……」
クラースの両手は、荷物でいっぱいだった。
ミリアが自分のポーチからゴソゴソと袋を取り出して、はい、と口を広げると、クラースがすみませんと抱えていた荷物を袋の中に落とす。
「クラースさんのお年寄り人気、すごかったねぇ」
フィーリアがクスクスと笑いながら、袋の中を覗き込む。
「暫くおやつタイムに困らなさそう」
マクレガンの書斎で見つけたこの辺りの伝承や過去の出来事等、興味を持った事柄を便利屋のついでに聞いて回っていた上に、聞き上手なせいかクラースは異常にお年寄り受けが良かったらしく、出発すると聞きつけたお年寄りたちがこぞって食べ物を持ってやって来てしまったのだ。
フィーリアは「夏休みに遊びに来た孫にどっさりお土産持たせちゃうアレみたいなもんかな……」と、お年寄り達に囲まれているクラースを大人しく見守った。
野菜は荷物になってしまうのでお気持ちだけで……と断れたものの、パンや小さな袋に詰められた焼き菓子なんかはあまり押し問答で時間を取りたくなかった事もあり、断り切れずに受け取らざるを得なかったのだ。
「ヴァルツも、良かったね」
フィーリアに言われて、ヴァルツは背負っているカバンを見ると、小さく頷いた。
マクレガンの家の中で「皆で食べて」と、エリスからヴァルツにも焼き菓子が渡されていた。
「ぎゅって、できた」
フードで陰って表情は見えなかったけれど、ヴァルツの声音から喜んでいる事が伝わってきて、フィーリアはマクレガンの家の中での光景を思い出して微笑む。
マクレガンの家を出る直前、エリスから焼き菓子を受け取ったヴァルツは、エリスに向かって遠慮がちに手を伸ばした。
エリスはそれを見てぶわっと涙を溢れさせながら、けれど今回は躊躇う事なくヴァルツを抱き締めて、
そんな二人をパトリックが「ずるい!」と言いながらまとめて抱き締めて、そして三人は声を掛けられるまで、ぎゅうぎゅうと抱き合っていた。
物理的な距離は遠く離れてしまうけれど、これから手紙等でやり取りをしていく中で心の距離は縮まっていきますようにと、フィーリアは心の中でそっと祈る。
そうしてフィーリアはヴァルツと手を繋いで、もう見えなくなったレーヴェ村を振り返ると、最後になる浄化魔法を唱えた。




