06.
アレンフィードは明るい金色の髪に碧い瞳をしている。
カルディシアでは金髪も碧眼もいるが、どちらも兼ね備えているのは王族の証である。
王子という身分を隠して旅に出るには髪を染める必要があったし、何よりまだアレンフィード本人が父王と会話出来ていない事もあり、この日はとりあえず顔合わせだけ、という事で解散となった。
その晩のうちに、アレンフィードはエドガールを交えて父王のギルフォードと話をする事になったのだが、ギルフォードは渋々……という態度全開でアレンフィードを執務室に迎え入れた。
「アル、良いか。絶対無理はするなよ。もし何かあったらエドガールやクラースを盾にしてでも囮にしてでもお前だけは帰ってこい」
ものすごく真面目な顔でそんな事を言い放った父親に、アレンフィードはやっぱり始まった……としょっぱなから疲れを覚える。
「父上、エドもクラースも一応側近候補なんで、そこそこ大事な身なんですが」
「だから何だ。自分の子供が一番大事に決まっているだろう。こいつらなんかよりアルの方が億倍大事だ」
ふんっと鼻を鳴らして言い切ったギルフォードに、アレンフィードとエドガールははいはい、とおざなりな返事をする。
ギルフォードの行き過ぎ感満載の家族愛は、ある意味国家機密レベルの代物だと以前クラースが言っていたなと、その愛を降り注がれ続けているアレンフィードは遠い目をする。
恐らくは兄弟揃って母親に似てしまった顔立ちのせいで溺愛っぷりに拍車がかかっていると思われるが、兄のラルフォードなどはこの父のむさ苦……暑苦し……とにかく満載の愛情を、ニコニコと笑顔で華麗に受け流しているのだから、アレンフィードは心底尊敬してしまう。
これでも父は国民からは"立派な王様"と敬われ慕われているのだから不思議でたまらないが、外から見れば武に秀でた剛胆な人間に見えるらしい。
いや、実際に"国王"としての姿はその通りなのだが……身内に接する時との差が激しすぎるのだ。
エドガールなどは、側近候補に選ばれたからと父に連れられて登城し国王一家と対面した際に、"国王様"に初めて謁見出来るという緊張、喜び、恐れ、不安……子供ながらに色んな感情が渦巻いていたのが、『つまるところ"俺の息子可愛いだろ"しか言ってないこのおじさん誰?え?国王?これが?』と呆然した気持ちに変わるのに大して時間がかからなかったのは、未だに忘れたくても忘れられない出来事だ。
アレンフィードは父の"息子大事演説"を無視して話を進める事にした。
「討伐に出る許可をいただき感謝いたします。で、父上。いつまでに戻れば?」
これが一番大事なポイントだ。
これで5日とか言われたら多分確実に父の顔のど真ん中に拳を叩き込みに行くだろう──実際にはまだ父に拳を叩き込む事など出来やしないが。
ギルフォードは拗ねたように「アルは性格までソフィーアに似てきたな……」と呟いて一つ息を落とすと、ゆったりと足を組む。
「気が済むまで行ってこい」
「……え?」
ぽかんと自分を見返してくる息子に、ギルフォードは繰り返す。
「どうせ期限を設けたところで、お前は自分が納得するまで戻っては来ないだろう。だから、気が済むまで行ってこい」
これがラルフならば期限付きにするがな、と笑う父親に、アレンフィードは本当に?と聞き返す。
「ばれたらソフィーアが騒ぎそうだから、さっさと出立した方が良いだろうな」
「母上と兄上にも挨拶をしてから出るつもりでしたが……」
「ラルフはともかく、ソフィーアには俺から言っておくさ。あれはお前たちの事になると熱くなるからな」
足止めを食らうぞ、と言う父に、アレンフィードは即座に「ではお願いします」と頭を下げる。
母親のソフィーアはつんと澄ました印象の女性だ。
水色の髪に、髪より少し深い青の瞳に加えて少し吊り目がちなせいもあって、美人なのだが冷たそうな印象を受ける。
けれどそれはあくまで印象の話であり、実際のソフィーアはやや気が強い面はあるものの、身近な者へは愛情深い性質だ。
つまるところ、父ほどあからさまではないが、母もなかなかの息子溺愛者なのである。
「無期限で旅に出ます」と言った途端に王妃付きの侍女総動員で自分の部屋にアレンフィードを軟禁するくらいの事はやるだろうなという想像が出来る程度には。
母親にどう話そうかと考えていたアレンフィードは、父の言葉に甘える事にした。
「あぁ、そうだ。髪を染める時はソフィーアのような水色に……」
「茶色にします」
「水色……」
「国民に一番多いのが茶系ですから、茶色で」
「アルはソフィーア似だから水色も似合うと……というか見てみたい」
「父上、殴りますよ」
目立たない為に髪を染めるのに、なぜ母親似と言われている自分が母親と同じ髪色にしなければならないのか。
今日一番の冷たい目を息子に向けられたギルフォードは、エドガールに「アルが冷たいんだが……」と訴えて、「アレンフィード殿下が正しいと思います、国王陛下」とこちらからは今日一番の笑顔で言われて渋々口を閉じた。
「それから連絡は毎日入れるように」
「国王ってそんなに暇なんですか」
「……じゃあ2日」
「連絡は誰が受けるんですか?」
「まぁテオだろうな」
「………」
テオドール・ダルクヴィスト。
魔法士団の執務室に寝泊まりしているのではないかと噂されるほど、中々に多忙な身の魔法師団長である。
ギルフォードは魔力0なので、連絡を取るにしても魔法士を介さねばならない。
そしてこの件についてはどうやらテオドールしか使う気がないようなので、定期的に多忙な魔法師団長の時間を奪うという事になる。
「では10日おきで」
「馬鹿を言うな、3日だ」
「……7日」
「3日」
「………5日」
「3日!」
「陛下、テオドール様もお忙しいんですから5日おきで我慢して下さい。場合によっては1日2日前後することもあるでしょうが、お互い不測の事態などもあるでしょうからあくまで目安という程度で」
宜しいですね、とエドガールがまとめると、ギルフォードはむぅと唸ってから、渋々ながら仕方ないなと頷いた。
話を無理矢理まとめたところで、アレンフィードはさっさと父王の執務室を辞すと、その足で兄にも旅に出る事を話しに行き、両親ほどではないが弟が可愛いラルフォードからもたまには手紙で良いから送るんだよ、と約束をさせられ、ぐったりしたままエドガールによって髪を染められ、
──そして翌日。
ギルフォードの助言に従い早々に出立してしまおうと、アレンフィードは午前中にメンバーを自室に集めた。
旅支度をすっかり整えて集まったメンバーの前に淡い茶髪で現れたアレンフィードを、まともに顔を合わせたばかりのミリアとクリスタはすんなり受け入れられたようだが、クラースとランネルが何とも言えない顔をしてしまったのは仕方がない事だろう。
「慣れるのに時間がかかりそうですね……」と呟いた二人に、エドガールも「さっきこの部屋に来た時に"部屋を間違えました"って言いそうになった」と頷いた。
出発前に親睦を深めておいた方が良いだろうというエドガールの提案により、そのまま全員で昼食を共にした後、一行は国王と第一王子、騎士団長、魔法士団長にだけ挨拶をしてひっそりと城を出発した。
最初こそは緊張で固まっていたミリアとクリスタだったが、ミリアが元々クラースやエドガールと知り合いだった為に上手いこと中継役になり、クリスタも人見知りが激しいだけで、慣れればおどおどはしなくなった。
歳も近い事もあり、一行はすんなりと打ち解ける事に成功したのだった。