68.
白丸を撫でくり回したい欲求を何とか抑えて、フィーリアは今日も村の中をテクテクと歩く。
向かうはルヴィエ家だ。
ドアをノックすると、パトリックに「いらっしゃい」と招き入れられる。
そしていつも通りエリスの部屋へ向かおうとしたフィーリアを、パトリックが止めた。
「今日は、こっちに」
パトリックに言われるままリビングへ入って──フィーリアは目を瞠る。
「──エリスさん?」
リビングに、あの日以来顔を合わせる事のなかったエリスが、座っていた。
フィーリアの声に視線を向けて……そして申し訳なさそうな、泣き出しそうな、複雑な微笑みを見せたエリスに、フィーリアはきゅっと唇を引き結ぶ。
「フィーリア・ラヴィスです」
まずは自己紹介かなと頭を下げたフィーリアに、エリスもそっと立ち上がる。
「エリス・ルヴィエです……。あの時は……乱暴なことをして、本当にごめんなさい」
俯いて謝るエリスに、フィーリアはふるふると首を振る。
「私たちも……ごめんなさい。蔵を、壊してしまいました。それに……」
どこまで話して大丈夫なのか分からなくて言葉を切ったフィーリアに、パトリックがまずは座るように促す。
そしてエリスをイスに座らせて、自身もその隣のイスに腰かける。
「君が癒しの魔法をかけてくれたおかげか……エリスも随分と落ち着いてね──昨日、あの子の事も、話し合ったよ」
フィーリアがぱっとエリスを見ると、彼女は羽織っていたショールの胸元をぎゅっと握りしめる。
その手が小刻みに震えていて、フィーリアはどっちの意味だろうかと、エリスの様子を伺う。
まだ「黒持ち」の我が子を恐れているからなのか、
それとも、我が子にしてしまった事への罪悪感なのか―
「あの子を……ヴァルツを、君たちにお願いしようと思う。──そして……そしてもし、あの子が赦してくれるのであれば……」
パトリックがエリスと視線を交わして、そして小さく頷き合うと、エリスが震える声で続けた。
「あの子が旅立つ前に、一度だけで良いの……あの子と、話がしたい」
フィーリアは、息を飲んで、そしてあぁ、と祈るように手を組んだ。
「はい……皆に伝えます。ヴァルツにも……聞いてみますね」
また後で大人たちと来ます、と言って、フィーリアはルヴィエ家を後にした。
暫くぼんやりと足を進めていたフィーリアは、少しずつ足を速めて──そして走り出す。
「アル!アル、聞いて!!」
すごい勢いで家に飛び込んで来たフィーリアを、何事かと出迎えたアレンフィードに、フィーリアはその勢いのまま抱きつく。
「パトリックさんが、ヴァルツを、お願いしますって。一緒に王都行けるよ。あと、あとね、エリスさん……戻った、よ。」
一気に捲し立てるように話したフィーリアがずるずると座り込みそうになるのを抱き留めて、アレンフィードはそうか、と呟く。
「毎日、頑張ってたもんな」
優しく背中を撫でられて、フィーリアはポロポロと涙を零す。
「エリスさんが、ヴァルツとも、話したいって……」
フィーリアの背を撫でていた手をピクリと止めたアレンフィードの胸に、フィーリアはぐりぐりと額を押し付ける。
「たぶん、大丈夫だよ……あとで大人と一緒に行くって言っておいたから、その時に見て」
「──分かった。でも、ダメそうだと思ったら、絶対会わせないからな」
「……アルって、結構過保護だよね」
ふふっと笑ったフィーリアに、アレンフィードはうるさいなと返すと、少しだけ身体を離して、フィーリアの頬を袖口でぐいっと拭う。
「ヴァルツが嫌がった場合も、無しだからな」
「うん、それは勿論……」
「──あのさ、玄関でいちゃつくの、禁止」
突然後ろからボソリと呟く声が聞こえて、アレンフィードとフィーリアが声の方に顔を向けると、薪を抱えたエドガールが呆れたような表情で立っていた。
「ドア開けていきなりラブシーンとか、割と心臓に悪い」
「ラブシーンって……」
そんなんじゃないと、するりと身体を離す二人にエドガールは思わず苦笑する。
現在は10歳と8歳の子供同士だと言っても、実は前世では16歳まで幼馴染として過ごしたなどという話を聞いてしまった上に、二人とも確かに実年齢よりも遙かに大人びた言動をするものだから、どうにも子供同士の可愛らしいじゃれ合いに見えなくなって来ていて、従者としては戸惑うばかりだ。
──子供として扱って揶揄えば良いのか、将来的な可能性も視野に入れて真面目に扱うべきなのか、という点で。
けれど少なくとも本人達にその気がなくて、本当に単なるスキンシップなのだとしたら、当面は揶揄う方向かなとエドガールは一人頷くと、どいてどいてと廊下を空けさせてキッチンに薪を運び込む。
「ランネルとクラースは、出てるか?」
アレンフィードに声をかけられて、エドガールは頷く。
「あぁ、ランネルは畑仕事の手伝いで、クラースはお年寄り巡り」
何やら書斎で見つけた地方伝承で気になる記述があったとかで、クラースは本を片手にお年寄りの住む家々を回っているらしい。
クリスタも一緒に行きたがっているらしいが、一応まだ寝込んでいる設定なので我慢しているようだ。
「とすると、集まれるのは昼以降か。 昼食の後に皆に話すで、良いか?」
アレンフィードの確認に、フィーリアは頷く。
「じゃあ……先に、ヴァルツに話してくる?」
「そうだな。今は部屋か?」
「今日はみんな忙しいから、オルガさんとあの不思議生物をかまってるはずだよ」
エドガールの言葉に、フィーリアがふぐっと呻く。
「あぁぁぁ、構いたいっ!もふもふしたいっ!でも真面目に話さないとだから……ガマン、ガマンよ、わたしっ」
ブツブツと早口で呟いてから、よしっ!と気合を入れたフィーリアは、オルガとヴァルツがいる部屋へと足を向ける。
「ヴァルツー、ちょっとお話……」
良い?と続けようとしたフィーリアは、部屋に足を踏み入れた途端ぴしりと固まった。
「あら、フィーリアちゃん」
おかえりなさい、とオルガが微笑む。
「ふぃーりあ、おかえりなさい」
ヴァルツがフィーリアに向かって駆けてきて、ぽふんと抱きついてくる。
肩に、真っ白真ん丸もこもこふさふさのあの子を乗せて。
「キュキュッ」
フィーリアに抱き着いたヴァルツの肩から頭へとするすると器用に登って、白丸はヴァルツの頭の上でぽわぽわ跳ねる。
それは丁度、フィーリアの視線の高さだった。
そして白丸はヴァルツの頭の上で、見せつけるようにふさりと尻尾を揺らす。
「~~~~~~っっっ!!! アル、誘惑されてるっ!? 私この子に超絶誘惑されてるっ!!?」
結局ついさっき入れた気合はどこへやら、愛いやつめーーー!!と叫んで白丸を抱き締めているフィーリアと、何故かまんざらでもなさそうにキュッと答えている白丸の姿に、
「……俺は今、こいつに○カ□。ウに通じるあざとさを感じた……」
アレンフィードがボソリと呟いた。
「それでね、ヴァルツにお話があるのでございます」
結局もこもこふさふさを心行くまで堪能してしまったフィーリアは、アレンフィードによって半ば無理矢理白丸から引き離され、
そしてアレンフィードはそのまま白丸をカゴに押し込めてオルガに託すと、自分たちの部屋へと二人を連行した。
コホンっと咳払いをして、フィーリアはソファに座らせたヴァルツの前に膝をつく。
「あのね。さっきヴァルツのお父さんと……お母さんと、お話してきたの」
毎日ヴァルツのおうちに行ってお父さんとお母さんに浄化魔法をかけてる、という事は言ってあったので、ヴァルツはこくんと頷く。
「ヴァルツをお願いしますって……。ヴァルツも私たちと一緒に、行ける事になったよ」
フィーリアにきゅっと手を握られて、ヴァルツがほわっと微笑む。
「ずっと、いっしょ?」
聞かれて、フィーリアがうっ……!とつまる。
「アルたちの旅が終わるまでは……かもしれないけど……。しばらくは、皆一緒だよ」
「ずっとじゃ、ない?」
「大丈夫、私はヴァルツとずっと一緒にいるよ」
しょぼんと眉と肩を下げたヴァルツに、フィーリアは慌てたようにそう言って、きゅっとその小さな身体を抱き締める。
そんなフィーリアの頭を、アレンフィードがぽこんっと叩いた。
「俺はそんなに薄情そうか?」
「いや、だって……」
もごもごと口の中で何か言っているフィーリアの頭を、アレンフィードはもう一度ぽこんっと叩く。
「俺が連れて帰るんだ。二人のあっちでの衣食住の面倒くらいはちゃんと見るから安心しろ」
「……はい」
愛人云々の話とは別ですよね、と確認したかったけれど、ヴァルツの手前それは飲み込む。
「いっしょ?」と首を傾げたヴァルツに、フィーリアはひとまず頷いた。
そしてヴァルツの手を握り直してから一度息をつくと、その黒い瞳を覗き込む。
「──それでね。ヴァルツが私たちと一緒に旅に出る前に……お父さんとお母さんが、ヴァルツとお話したいって、言ってるの。もしヴァルツが嫌じゃなければ、だけど……お話、する?」
フィーリアにぎゅっと手を握られて、ヴァルツはゆっくりと瞬く。
「おとーさん と おかーさん……」




