66.
「この場合の手順は……あそこに行きたい、んだから…アルのところに自分が降り立つイメージ──で良いのかな?」
呟いて、目を瞑る。
きゅっと組んだ手に力を入れて、魔力を自身に纏わりつかせるように流すと、今この場から、アレンフィードのいる場所に一瞬で移動する様をイメージしようとする。
──といっても自身の姿を外から見ているように想像するというのは、簡単なようでいて難しい。
だからフィーリアのイメージが、紙の上に描かれた人型がスライドするような、図解のようなイメージになってしまったのは仕方がない事だったかもしれない。
ふっと不思議な浮遊感を覚えたと思ったら、フィーリアの身体がぐんっとアレンフィードの方に向かって一直線に飛んで行く。
「ふぇぇぇぇっ!!!?」
驚いたような表情のアレンフィードが間近に迫って、ぶつかる!!!と思った瞬間、僅かに勢いは弱まったものの、
フィーリアはそのままアレンフィードに突っ込んだ。
どんっと衝撃を受けて、そしてそのまま二人揃って勢いよく地面に転がる。
「いっ…たた……」
顔面を打ち付けて鼻の奥がツーンとするものの、身体の方は思った様な衝撃に見舞われず、フィーリアは恐る恐る目を開けてみたはずなのに、何故か視界が真っ暗だった。
頭を持ち上げてみようとしたけれど、どうやら頭と身体ががっちり固定されているようだと気づく。
モゾモゾ動こうとしていたら、ふっと頭が軽くなったので持ち上げてみると、目の前に、顔を顰めたアレンフィードが居た。
「おっ…まえな……こっちがミリアやクリスタだったら大惨事だぞ……」
肋骨折れるかと思った、と呻いているアレンフィードにぱちりと瞬いて、
そしてフィーリアはアレンフィードが地面に背中を預けて転がっている事と、
自分がそんなアレンフィードの上に乗っかっている事に気づく。
「うわわわわわっ! ご、ごめんっ!」
どうやらかなりの速度で突っ込んだフィーリアを真正面から受け止めてくれたようだと理解して、フィーリアは慌てて腕に力を入れて身体を起こす。
けれどフィーリアの身体はアレンフィードに抱え込まれたままで、だから身体を起こそうと力を入れた腕が押したのは、アレンフィードの胸だった。
折れそうだと思った程ダメージを受けた肋骨に更なる負荷を負わされたアレンフィードが、ぐっと呻く。
「っっお、ま……ばか、体重かけんな」
殺す気か、と痛みを堪える様にアレンフィードが起き上がったと思ったら、フィーリアの身体がふわりと抱き上げられて、アレンフィードの上から強制的に下ろされる。
いてぇと呻いて肋骨の辺りをさすっているアレンフィードに、フィーリアは地べたに座り込んだままごめんなさいごめんなさいと、オロオロとアレンフィードの身体に触れて、ヒールを唱える。
暫くするとアレンフィードが「もう大丈夫だ」とフィーリアの手首を掴んで腕を下ろさせて、
「それよりも自分の……あぁ、でも自分には効かないんだったか」
アレンフィードに鼻の頭を撫でられて、鼻血でも出てるのかと焦ったがそうではないらしくて、フィーリアはひとまずほっとする。
「かなりの勢いで顔面から突っ込んできたから、フィーリアも相当痛いんじゃないかと思ったんだが……平気か?前に魔法士が自身の回復は出来ないと言ってたから、痛むようならクリスタに……」
アレンフィードのその言葉に、フィーリアはえ?と呟いて、こてんと首を傾げる。
「ヒールなら、自分にも効くよ?」
「──―は?」
アレンフィードが変な顔をしているので、フィーリアは赤くなっているであろう自分の鼻に指を当てて魔力を流すと、すっと痛みが引く。
「ほらね……って、暗くて赤いかどうかなんて分からないか」
あははと笑ったフィーリアに、アレンフィードが巻き込まれる事を免れて辺りを照らし続けてくれているランタンを持ち上げると、空いた方の手でぐいっとフィーリアの顎を持ち上げる。
じぃっと顔を──多分鼻の辺りを見つめられて、フィーリアは何となく視線を彷徨わせる。
数秒見つめて、けれど結局「よく分からないな」とアレンフィードはフィーリアの顎から手を外すと、ランタンを軽く揺らす。
「とにかく、今日はここまでだ」
二度も三度も耐えられないと呟かれて、フィーリアはごめんなさい、ともう一度肩を落とす。
己のイメージ力は思ったよりも低かったんだと落ち込んでいると、先に立ち上がったアレンフィードがほら、とフィーリアの腕を引く。
引かれるまま立ち上がってお礼を言うと、そっとアレンフィードの身体に手を伸ばす。
「どこも、痛いとこない?」
「あぁ、問題ない」
軽く身体を捻ってみせたアレンフィードにほっと息をつくと、二人はゆっくりと玄関へと向かう。
「あと、さ。ヴァルツは夜、ちゃんと寝られてる?」
「眠る事自体は出来てるが……相変わらず膝抱えて丸まってる。まぁ、それは時間が必要だろうから……見守るしかないだろうな」
一緒に行ければだけどな、と付け足されて、フィーリアはうん、と小さく頷く。
「そろそろパトリックさんから連絡あるかなぁ」
「どうだろうな……正直そろそろ移動したい気もあるんだが──焦らせるわけにもいかないし、仕方ないな」
玄関のドアを開ける前にランタンの火を消して、音を立てないように家の中に入った二人は、そーっと二階へと戻る。
部屋の前で別れようとして、フィーリアはふとアレンフィードの服の汚れに気が付く。
地面に派手に倒れ込んだのだから当然だと、その時になって気付いて、フィーリアは慌ててアレンフィードに洗浄魔法をかけた。
「悪い」
「いや、もとはと言えば私のせいだし……」
項垂れたフィーリアの顔を上げさせて、アレンフィードがもう一度フィーリアの鼻の頭を撫でる。
「大丈夫そうだな」
「ヒールかけたから、本当に大丈夫だよ」
そう言うと、アレンフィードが何とも言えない、苦笑に似た表情で何かを言いかけて──けれど諦めたように息を落とす。
「じゃあ、おやすみ」
何を言おうとしたんだろうと思ったけれど、あまり廊下で話し込むのも良くないだろうと、フィーリアも「また明日」と言って部屋へと戻った。




