65.
他の人には聞かれたくない、とフィーリアが訴えたので、二人は家の外に出る事にした。
外は真っ暗なので、外出時用にと玄関脇に置かれているランタンを借りて火を灯すと、そっと家の裏手へと回る。
「で、話って?」
ランタンを地面に置いて、壁に背を預けて座ったアレンフィードの隣にフィーリアも同じように座る。
「うん……実はこないだ、女神サマがね。アイテムボックスは使えるって言ってたの」
「──使えたのか?」
嬉しそうに顔を輝かせたアレンフィードに、フィーリアは首を振る。
「使えますよって言われただけで具体的な方法は教えて貰えなかったから、まだ試せてないの。昨日の夜ちょっと別の魔法の実験してたんだけど……どうも初めて使う魔法って、本当にイメージが大事で……きちんと手順から思い浮かべないとダメみたいなのね」
「手順から……?」
「うん。えーっと……ちょっと思い浮かばないから目の前の物でやるけど……」
フィーリアは置かれているランタンに手をかざす。
「"ランタンの火を外に出して"」
フィーリアが魔力を流すと、ランタンの中の火が揺らめいて、そして本体から小さな火が離れる。
その小さな火はランタンの中でゆらりと揺れたかと思ったら、少ししてふっと掻き消えてしまう。
それを見ていたアレンフィードが、何やってるんだ?とでも言うようにフィーリアを見る。
「今のは、漠然と火が外に出る……ランタンの外に火が出た後の絵をイメージしたの。だけどそれだけだと外には出られなくて、途中で魔力が霧散するっていうか……上手く魔法が発動出来ないの──じゃあどうすれば良いかっていうと」
フィーリアはもう一度ランタンに手をかざす。
「"ランタンの火から小さな火が分かれて" "小さな火だけ上にあがって" "ランタンの上から外に出る"」
フィーリアが言葉を紡いだ通り、導かれるようにチラチラと揺らめきながらランタンの外に出てきた火を、アレンフィードが難しい顔で眺める。
「今度は 火が分かれて、上がって、ランタンの上から出るって、分かれた後の火の通り道をイメージしてあげたのね」
「……この程度のものでも、そこまでしないとダメって事か」
「そうなの。でも、一度使った事がある魔法は、それ以降はゴール地点をイメージするだけで大丈夫になるの」
「……一度成功してしまえば、あとは楽、なのか?という事は何でもかんでも生み出せるってわけでは、なさそうだな」
「うん。何がどうなってこうなるって、ちゃんと思い浮かべられないと、ダメ。そしてね、自分で使ったことがなくても、目にしたことがある魔法なら、これもやっぱりゴール地点のイメージだけでいけるの」
「……じゃあ、今のは俺にも出来るって事か?」
こくんと頷いたフィーリアに、あの程度なら己のしょぼい魔力でも出来るだろうと、アレンフィードがランタンに手をかざす。
「"ランタンの火を外に"」
アレンフィードが唱えて魔力を流すと、フィーリアが一つずつ道筋を教えた時よりもすんなりと、小さな火がランタンの外へと移動する。
出来た、と呟いているアレンフィードの横で、チロチロとランタンの外で揺らめいている二つの火をフィーリアがふっと吹き消す。
「あ、今のちょっと"ハッピーバースデー"みたいだね」
そういって笑ったフィーリアに、アレンフィードも小さく笑う。
「誰のだよ」
「んー、何となく」
ふと、フィーリアは手の平を上に向けて小さな光を灯すと「点滅して」と光に向かって呟く。
応えるように、灯した光が、ゆっくりと点滅し始める。
アレンフィードは点滅する光に目を細めた。
「……蛍みたいだな」
「あー……そうだね、確かに」
「違ったか?」
「クリスマスツリー、かな」
言いながら、フィーリアは小さな光の数を増やす。
「あぁ……懐かしい、な」
ゆっくりゆっくり点滅する光たちを眺めながら、アレンフィードが笑う。
暫く無言で光の点滅を眺めていたアレンフィードが、それで?と先を促した。
「うん──だからね、アイテムボックス使えるって言われても……どうイメージしたら良いのかがさっぱり分からなくて」
アレンフィードが膝に顎を乗せて呻く。
「別空間、といっても、具体的なイメージは無理だしな……」
「そうなの。やってみない事には……なんだけど……ある程度考えておかないと結局無駄かなぁって思って、まだ試してみてもいないワケ──。そもそも、使えますって言うなら使い方教えて行って欲しかった!」
ぷっと頬を膨らませたフィーリアに、アレンフィードは苦笑する。
「あれなんじゃないのか、神様界の権限がどうこうっていう……」
「全部言えないなら、期待するような事言わないで欲しい~~~」
点滅していた光を薙ぐように手を振って消したフィーリアに、アレンフィードが呆れたような目を向ける。
「自分の魔法に八つ当たりって……」
「だぁって~……」
「まぁ、俺も一応考えてみておく。話ってそれだけか?」
「んー……話って言うか、疑問っていうか……」
フィーリアが近くに落ちていた小石を手に取ると、指で弾いて飛ばす。
少し先でコンッと軽い音が響いた。
「アルはさ、この世界の魔法って……遅れてると思わない?」
「遅れてる、か……。そうだな、”悠人”の事を思い出してから……確かに違和感は感じる」
「イメージ次第で何でも使えるっていうなら、もっと便利な魔法がたくさんあっても良いと思うの。文化レベルはそこそこ発達してるのに、何で魔法は……って。魔法を使える人は『魔法を使うにはイメージが必要』って事を知っているのに、自分で何かを作り出そうっていう……そういう意思というか、チャレンジ精神みたいなのがないように感じるんだよね。こないだアルが『無詠唱は可能か』て聞いた時に、クリスタが『考えもしなかった』とか言ってたでしょう?その前に空間魔法と時間魔法の説明した時だって、クラースさんも聖女召喚の儀式の存在は知ってたけど方法については考えた事がなかったとか言ってたし。クリスタもクラースさんも、頭良いし本読んだり好きみたいだし、色々難しい事だって考えてそうなのに、そんな人達がただ享受するだけで、その先に進もうとしないって……不思議だなって」
「確かにな……。そう考えると、魔法陣もものすごく中途半端だな」
「中途半端?」
「魔法陣は、古語と言われている……千年程前まで使われていたとされているユーフィニアの言語と、魔法属性を表す記号で描かれているんだが」
「古語……」
へぇ~と感心しているフィーリアに、アレンフィードが落ちていた小石で地面に何かを書き始める。
最初に円を描いて、それに沿うようにさらさらと淀みなく描かれていくそれは、現在ユーフィニアで使われている文字と似ている物もあれば、さっぱり分からないものもある。
「今は発動させるわけにはいかないから完成はさせないが」
最後に真ん中に不思議な記号のようなものを描き入れて、アレンフィードは小石を置く。
魔法陣を初めて見たフィーリアには完成しているように見えるけれど、描いた本人が言うのなら未完成なのだろう。
「真ん中の絵みたいなのが、発動させたい属性を表している。これは火属性を表す物だ。そして周りに円状に書いてある文字で何をしたいか、を指示している。これは"この陣の上を何かが通ったら燃え上がる"という意味だ」
「あー…ミリアが爆発させたっていう、罠?」
「そうだな。多分文字を書き間違えたとか、そんな事だろうが──で、仕上げに魔法陣に火属性の魔力を流し込めば完成になる」
ふむふむと魔法陣を眺めているフィーリアに、アレンフィードが真ん中に描かれた絵のような部分を指さす。
「何が中途半端かっていうと、この属性を表す記号だ。属性は6つ存在している、と言われているのに、伝わっているのは火属性と水属性だけなんだ」
「えぇ??でも古い本とかに残ってるものなんじゃないの??」
「魔法陣について書かれている書物は、現存していないらしい。千年程前に大きな──ユーフィニア全土を巻き込む程の戦争があったと言われている。その時に多くの書物が失われた、と言われているんだが──」
「うーん……だったら仕方ない、のかな?」
「いや……今の俺がそう思うってだけで、この間までは俺もそんなものかと、思っていたんだが……。失われすぎている、という感じがする。大々的な焚書のような動きがあったにしても、どこかしらに隠されていたり見逃されたりして、少しくらいは残っているはずだと思わないか?」
「まだ見つかってない……とか?」
「まぁその可能性もなくはないだろうが……千年経ってるのに一冊も出て来てない、なんてあるか?」
「うーん……。だったら、今伝わっている魔法陣は、口伝って事??」
「恐らくは……。まぁ何かしら書物が残っていてそこから、という可能性もあるだろうが、書物の存在が明かされていないという事はどこかの国で所蔵されて──秘されているのだろう。ただ、魔法陣自体は広まっているし、何より国で隠すような大層なものでもないだろう?」
アレンフィードはトン、と先ほど描いた魔法陣を指で叩く。
「俺が知っている魔法陣は、火属性のこういう罠みたいなものがいくつかと、水属性の水が湧くっていうもの。それだけなんだ。秘するほどの物には思えない」
「でも水が湧く……てすごくない?」
「水に困っている地域なんかで使われているようだから、すごいはすごいんだが。井戸みたいに潤沢に湧き出るわけではないらしい」
「ちょっとお悩み解決出来るくらいで、隠される程のレベルじゃないって事ね」
「しかも千年も経っているのに新たな陣が生み出されていないってのも……魔法と一緒だな。新たな陣を作ってみようとか、改良してみようとか。そういう動きがなかったのか……」
「何か、こう、『考えるな~~~』っていう妨害電波的な何かが出てたりしてね」
「誰得だよ。まぁ、俺は今まで大して魔法に興味がなかったし、知識はまだまだ浅いから。千年前の戦争の話とか失われた書物がどうとか、その辺りはクラースの方がもっと詳しく知っているだろうが……」
「ん。まぁ、その辺は追々……」
ベンキョウ キライ と顔に書いてえへへ、と笑うフィーリアに、アレンフィードはお前な、と溜息を落とす。
「魔法についても同じなのかもな……。書物が失われて、多くの魔法も失われた……にしては6属性は残っているし……」
「生活密着度の違いかな?んー……でもアイテムボックスとか需要高そうなのに、何で消えたんだろうね???」
「仮に転移魔法も存在していたのだとしたら……それも不思議だよな」
うーんと首を傾げて、二人はどちらともなく息を落とす。
「まぁ、ここでいくら考えても分からないか」
「そーだね……とりあえずアイテムボックスと……あと転移魔法の実験を細々とやっていきたいので。何卒ご協力よろしくお願いします」
「転移魔法の実験ってどうするんだ?」
「まずは少し離れてるアルのところに飛ぶ、とかかなって」
「あぁ……なるほど」
「……やってみても、良い?」
「は?今からか?」
「お試しお試し。一回やって全然ダメそうならすぐ終わりにするから」
ねっ!?と手を合わせるフィーリアに、アレンフィードははいはいと返事をして立ち上がると、借りるぞと言ってランタンを持ち上げて、そのまま家沿いに歩いていく。
その間にフィーリアは自分の前に魔法で光を灯しておく。
アレンフィードは反対側の端まで行くと、ランタンを地面に置いて振り返った。大きい声は出せないので、フィーリアが腕で大きく丸を作る。
「転移のイメージ……うーん。あそこに行きたい、で良いのかな」
呟くと、フィーリアは視線の先に立っているアレンフィードを見据えたまま、そっと手を組んだ。




