04. ユーフィニア
ユーフィニアという世界には4つの大国が存在している。
カルディシア、トライシュラ、ユミール、イガル。
国同士の小競り合いはありつつも、ユーフィニアは長らく平穏な時代が続いていた。
しかし魔法大国トライシュラが担っていた光の加護の力が代を重ねる毎に弱まり、その影響からか闇の力が増加し、魔物の数が増えてきていた。
十年前、早期に闇の力を祓うべく、トライシュラで聖女召喚の儀が行われたが、失敗に終わった。
聖女召喚には膨大な魔力が必要となるため、立て続けには行えないらしい。
更に運の悪いことに、その時の儀式で中核を担っていた国一番と言われていた高齢の魔法士が、翌年に天寿を全うした。
トライシュラは再度召喚を行う為に魔法士を掻き集めているらしいが、十年経った今でも召喚の儀式が行われたという報は回っていない。
人々は騎士団や自警団などを設立し魔物討伐を続けているが、闇の力は増す一方で近年は特に魔物の増加が著しい。
孤児や貧民街などが増え、ユーフィニアは暗黒期と呼んでもおかしくはない様子になっていた。
アレンフィード・ユリフィス・カルディシアは、聖女召喚の儀式の翌年に生を受けた、カルディシア王国の第二王子だ。
兄である第一王子のラルフォード・デュラン・カルディシアとは仲が良いのだが、どこの世界でも王位継承問題というものは付き物らしい。
カルディシア王国は原則第一王子が王位を継承する事になっているので、次期国王には第一王子のラルフォードが就く事になる。
しかし現カルディシア王家は仲睦まじい一家であるにも関わらず、第二王子を次期国王に、という一派が存在していた。
確かにラルフォードは優しく穏やかで、気弱ではないが、争いを好まず何事も穏便に事を成そうとする性質だ。
アレンフィードとて争いが好きな訳ではないが、僅か8歳にして剣術の才を見出され、既に騎士団長直々の訓練をつけられている武勇に優れた王子という点で、この暗い空気を打ち払ってくれるのでは、という希望を見出されてもおかしくはないのかもしれない。
アレンフィードが9歳になった頃には、カルディシア国王の元にも各地からの魔物討伐の依頼が押し寄せていた。
王都から離れた土地では自警団の数が足りなかったり、徐々に強くなっている魔物に太刀打ちできなくなっていたりで、国の騎士団を派遣して欲しいという嘆願が増えているのだ。
騎士団の討伐隊派遣は続けているが埒があかず、兵たちの疲労も溜まっていくばかりであった。
そんな騎士団の状況を間近で見ていたアレンフィードは、当初父である現王・ギルフォードに自分も討伐隊に加えて欲しいと頼んでいたが、ギルフォードは10歳にも満たない可愛い息子を討伐に送り出すような事はしなかった。
「というわけで、暫く旅に出ようと思う」
すっかり荷物をまとめ、身軽な服装で微笑む主に、エドガール・ランフェスは数秒固まった。
「数日程度なら居なくてもばれないとは思うが、バレたらフォロー頼む」
「いやいやいや、バレる!今夜にはバレるから!!!」
すぐにでも出て行きそうな勢いで背を向けた主から、エドガールは慌てて荷物を奪い取る。
「とりあえず落ち着け!!!」
「落ち着くのはエドだろ、俺は落ち着いてる」
「そ……そうか、俺か……」
とりあえず主の荷物を抱えて、一歩下がってから深呼吸をしてみる。
「あー……一応確認するけど、旅って?」
「父上はいくら言っても討伐隊に入れてくれないだろう?だからもういっそ一人討伐隊になれば良いんじゃないかと」
「一人では"隊"にはなれないな」
「じゃあ義勇兵とか」
「そうだな、それが良い……じゃなくて。一人でなんて、何かあったらどうするんだ、 」
先のセリフを予想したのか、主が顔を顰めて耳に指を突っ込むのを見ながら、エドガールはそれでも聞こえるように声を大にして続けた。
「あ・な・た・は、この国の第二王子なんですよ、アレンフィード殿・下!」
エドガールは主──アレンフィードの荷物を没収すると、どこから持ってきたのか謎な "いかにも冒険者" な服を着替えさせる。
「アルの気持ちも分かるけどな。でも一人でなんて無理に決まってるだろう」
脱いだ冒険者服も抜かりなく没収して、ややふてくされているアレンフィードと目線を合わせる。
「でも、エドだって最近の嘆願書の数を知っているだろう?騎士団のみんなだって疲弊してる……それに……最近、団員の殉職者が増えてる」
「それは……」
エドガールも騎士団に所属する身だ。団の状況はよく分かっている。
殉職者が増えている事も……知っている。
エドガールは15歳という年齢と、王子の側近候補として、現在は第二王子の従者を務めているという事もあって、王都近郊の討伐に出る事はあっても遠出するような討伐隊には入れられていない。
アレンフィードがもどかしく思っていた事も分かっていたし、気持ちも十二分に理解出来る。
だからと言って、まさか一人で旅に出ると言い出すとは思っていなかったのが正直なところだ。
「父上は騎士団に任せろと言う。俺一人出たところで大した力にならない事も分かってる。でも……でも俺は……知ってるヤツが冷たくなって帰って来るところは、もう見たくない……」
唇を噛むアレンフィードに、エドガールはあぁ、と納得した。
3日前、隣国トライシュラとの国境いの地域へ向かっていた討伐隊の数名が、命を落とした。
その内の一人は、よくアレンフィードに稽古をつけてくれていた男だった。
今までにも顔見知りが命を落とした事は何度かあったが、彼ほど身近な存在が失われたのはアレンフィードにとっては初めての事だった。
そこにアレンフィードが何を思ったのか──
エドガールは主の心中を思い、小さく息を吐いた。
「とにかく、これは没収。もう変な気は起こさないように」
いいな、と念を押すようにアレンフィードの髪をかき混ぜる。
主ではあるけれど、小さな頃から傍にいるせいでエドガールにとってアレンフィードは"手のかかる弟"といった感じだ。
呼び名も、エドガールが騎士団に所属するようになって『主従』を意識し始めた頃にかしこまって『アレンフィード様』と呼んでみたら、気持ち悪いからやめろと言われてしまった。
主従らしい畏まった態度も口調も、半日ももたなかった。
以来、何となく「アル」呼びのまま来てしまっているが、お互いに公の場では弁えているせいか、周りもあまりうるさく言ってこないのは救いだった。
「4日……いや、3日かな」
呟いたエドガールにアレンフィードは顔を上げる。
「3日待ってろ」
仕方ないな、とばかりに荷物を持ち上げてみせたエドガールに、アレンフィードは目を瞠る。
「範囲は制限されるだろうけど、じっとしてるよりはマシだろ?」
言われて、アレンフィードは大きく頷く。
「出来る……のか?」
心配そうに聞いてくるアレンフィードに、エドガールはどうだろうなぁと呟いて「ま、頑張ってみますよ、殿下」と冗談めかして返事をすると、ヒラヒラと手を振って部屋を後にした。