03.
あーでもないこーでもないと色鉛筆をとっかえひっかえし始めた紗良の横で、悠人は女神サマの世界についてポツポツと質問をしていた。
転生後には忘れてしまうなら特に聞く必要もなかったのだが、如何せんヒマだったのだ。
女神サマの世界『ユーフィニア』に暮らしているのは人間と動物、そして魔物であること。
ファンタジーでありがちな獣人的なものはいないらしいので、残念ながらモフモフ天国に連れて行かれる事はなさそうだ。
そして魔物の長たる"魔王"と称される存在が現れる事はあるが、それは必ずしも"魔物を統べる者"ではないという事。
"魔王"は闇の魔力が膨れ上がった際に、"生まれる"存在なのだそうだ。
だから群れを統率する"王"というよりも、闇の魔力の塊を抱えた"個"が誕生する、といったイメージで、世襲制や特定の個体が時を経て繰り返し"復活"するようなものではないらしい。
過去には"魔王"が絶対的な力でもって魔物を統率し人間を襲った事もあったらしいが、どうなるかは個々の"魔王"によって全く違うのだという。
悠人は魔王討伐するとかなったら傾向と対策ゼロで大変そうだな……とぼんやりと思った。
そして魔法の属性は水、火、風、土、光、闇の6つと認識されている事。
しかし女神サマは少しいたずらっぽい目をして微笑んだ。
実のところ、魔法を使うにはイメージも重要なんですよ── と。
「出来たー!!!」
何やら描きまくっていた紗良がガバリと顔を上げて、一枚の紙を女神サマに提出した。
「これでお願いいたします」
ははーっと頭を下げる紗良に「頭を上げてください~~」と言いながらも、その用紙を受け取った女神サマは、紗良のイラストを見て「まぁ!」と声をあげた。
「すごく綺麗です!!」
「超がんばった……!」
「あー、好きそうなヤツだな……でも、何と言うか……」
横から覗いた悠人が首を傾げる。
「顔、地味じゃねぇ?」
紗良が描いたのは柔らかく波打つ少し青みがかった銀髪に、瞳は菫色。
その色合いから儚げな印象を受ける少女だ。
しかし何故か顔の造作はひどくシンプルだった。
「だってさー、また顔のせいで何だかんだ言われるの面倒だし。並で良いかなって。あと女神様の世界の美意識的なものも分からないから、そこはぼんやりで良いかなーって思って」
「美意識……なるほどな」
日本だって昔はおかめが美人だったのだ。世界が変われば全く違ってくる可能性もある。
「分かりました!その辺りは私にお任せ下さい!」
ドンッと胸を叩く女神サマに、悠人は一抹の不安を覚えてそっと付け足した。
「普通で頼むぞ……」
「では、お名残惜しいのですがそろそろ……」
「あぁ」
「はい!」
「こちらからばびゅんっとお逝き下さいませ」
ニコニコと微笑む女神サマの足元に、突如ブラックホールのような穴が出現した。
紗良が一歩後ずさる。
「え、ばびゅんって……飛び込むの?自分で?」
「はい。強制でも良いのですが、折角なので新たな門出を自ら踏み出していただく感じで」
「だったらもう少し晴れやかな感じにして欲しかったけど……」
独り言ちてから、紗良は悠人に向き直る。
「悠人、あの……今まで、ありがとう。 っていうのも変かな」
何か困るね、と笑う紗良に、悠人もいや、と小さく笑みを浮かべる。
「オレの方こそ、ありがとう。紗良と幼馴染でいられて良かった」
紗良の小さな頭をぽんぽんと叩くと、紗良は照れたように微笑む。
「私こそ、悠人がいてくれて良かった。次、は……会えるか分からないけど……もし会えたら、また仲良くしてね」
「あぁ」
紗良が小指を差し出す。
悠人もその小指に自分の小指を絡める。
きゅっと一度だけ力をこめて、ゆっくりと指を解くと、紗良は「よし!」と穴に向き直る。
「じゃあ、泉水紗良、いっきまーす!!」
勢い良く穴に向かって足を進める紗良に、悠人ははっと顔を上げた。
まだ大事な事を言っていなかった事に、今更気付く。
「紗良! 助けられなくて、ごめん」
あの時、事故の時、抱きしめることしか出来なかった。
もう少し早く動けていれば、もう少し早く走れていれば──
そもそも久しぶりに一緒に帰れたのが嬉しくて、少しゆっくり歩いていたりなんてしなければ──
こんな時になって怒涛のように押し寄せた後悔に顔を歪めた悠人に、紗良は一瞬目を見張ると、仕方ないなぁと言いたげにふんわりと笑う。
「ばかだなぁ、悠人。 悪いのは私だよ──私こそ、飛び出しちゃってごめんね」
またね、と言い残して、紗良の姿があっけなく穴に消えた。
悠人はくしゃりと前髪をかき上げる。
「悠人さま……本当に申し訳ありません……」
しゅんと肩を下げて何度目かの謝罪を口にした女神サマに、悠人はいや、と小さく笑みを返す。
「あのさ、一つだけ、希望追加してもらっても良いかな──」
転生後に二人が会える保障はない。
だけど、もしも出会ったら──
今世で伝えられなかったような想いを、もしもまた自分が彼女に抱くような事になったら──