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43.

結局パトリックも、その小さな命を自らの手で終わらせる事なんて出来はしなかった。


落ち着いたらエリスも受け入れられるのではないかと、予定日よりも早い出産だった事もあって、周囲には産まれた事を伏せた。

そしてエリスが落ち着いてきた出産から2日後、パトリックは赤子を抱いてエリスの部屋を訪れた。


パトリックの姿にふと笑顔を見せたエリスは、けれどその胸に抱かれている赤子を見た途端、ひっと喉を引き攣らせた。


『いや……こないで……っ』


ベッドの中で、赤子を抱いたパトリックから逃げようと必死にもがくエリスに、

後ろから様子を見ていたジョゼットが赤子をパトリックの腕から抱き上げる。


そうして静かにエリスの部屋を後にした母の背をぼんやりと眺めて、パトリックはエリスの側に歩み寄る。


『あなた……私……私の赤ちゃんは、どこ?』

『エリス……』

『私と、あなたの、赤ちゃん……髪は、あなたの色が良いの……きっと、可愛いわ……』


パトリックはぼろぼろと涙を零すエリスの身体を、ただただ抱きしめてやる事しか出来なかった。



それから数日、赤子の面倒を見ているうち、パトリックには確かにその子への愛情が芽生えた。

やっぱりきちんと育てようと、思った。


例え村の人達に何を言われようと必ず護ると、誓った。


赤子を連れて部屋を訪れる度、少しずつ少しずつ反応がなくなっていくエリスの事も、

最初は認め始めているのだと思っていた。


だが、そうして更に数日が過ぎて、そらそろ皆に産まれたと知らせようかと思い始めた頃、そうではなかった事に気づく。



『あなた、その赤ちゃんはどうしたの?誰かから預かるなんて聞いていたかしら……?』


『私たちの赤ちゃんも、そろそろ産まれるかしら?』


既にふくらみの消えた腹を撫でて愛おしそうに笑うエリスに、パトリックは愕然とした。



結局、パトリックは村の人たちに赤子は死産だったと伝え、

エリスはそのショックで寝込んでいると、説明した。


けれど赤子は泣く。

今はまだ産まれたてで泣き声も小さいが、月日が経つにつれ声量も増すだろう。

パトリックは家の裏手に建っていた、今はもう使われていない蔵を、赤子の部屋(・・・・・)にする事を決めた。


幸いルヴィエ家は村のはずれに建っていて、隣家とも少し離れている。

蔵に籠ってしまえば、泣き声は誰にも聞こえないだろう。



そしてジョゼットが、赤子と共に蔵で暮らし始めた。


蔵にあった昔使っていたテーブルだとか生活に使えそうな物だけ残して、要らない荷物は全て処分して、

代わりに準備してあった揺りかごや赤子用のおもちゃを運び込んだ。




「エリスの心は……少しずつ回復していきました。子供は死産だったと、繰り返したのは僕です」

「だけど、さっきはあの子があそこにいると、分かっていたね」

「えぇ……母が亡くなって……それまでは母が上手くやってくれていたあの子の世話を僕がやるようになって──僕が蔵に出入りしているところを、エリスに見られたんです。そして、あの子の姿も──だけど、僕たちの子だとは、言えなくて……咄嗟に、訳あって預かったのだと……言いました」

「自分たちの……エリスの子だとは、一度も──?」


マクレガンの問いに、パトリックはゆるりと首を振る。


「けれど、エリスも、どこかで自分が産んだ子供が死産ではなかった事を覚えていたのだと思います。その日から、また酷く怯えるようになって……やはりエリスの心は、あの子を受け入れられはしなかった……」



 蔵に子供がいる

 黒い、恐ろしい、子供


 なぜパトリックは、私に隠れるようにあんな子供の面倒を見ているの?

 どうして?誰の子供?


        ──私の、子供


 いいえ、自分の産んだ子は死んだ。死産だった

 産まれた時にはもう、息をしてはいなかった


 ではあれは誰──?


    あれは、何───?



表面的には元気そうになっていたエリスの心は、再びひび割れていく。



 違う

 あれは子供ではない


 あれは──

 あれは、そう。 誰にも見せてはいけない、 化け物


 なぜうちの蔵に棲み着いてしまったのだろう

 なぜパトリックは、あれを処分しないのだろう


 ──あぁ、そうね

 パトリックは優しい人だから、そんな恐ろしい事が出来なくて、

 だから、隠しているのね



 それなら隠さないと


 誰にも、見つからないように


 あれが、勝手に外に出たりしないように──


 しっかりと、隠さないと──



「それまでは、蔵の……上の方で、面倒を見ていました。だけどその日……僕は他の家の畑の手伝いに出ていて、いなかったんです。帰ってきて、あの子に食事を運ぼうと思ったら……蔵の中にいなかった。慌てる僕に、エリスが言ったんです」


『もっと見つけにくいところに隠したわ。

 だってあんなモノ、絶対に他の人に見つかってはだめでしょう?


 ──だから、地下に繋いでしまったの』


「蔵に戻ってみたら……母が整理をした時以来開けていなかった地下に、あの子はいました。以前蔵の扉にかけていた、鎖と鍵で、あの子の足を……」

「上に、戻してはあげなかったのか」

「何度か、戻しました。 けれど、その度にエリスが地下へ戻す……鎖と鍵は処分しました。だけど、ロープや、タオルや……とにかく地下に繋ごうとするんです。エリスがあの子にそんな事を繰り返すのを、僕は見ていられなかった。だから……」


「だから、エリスの望むように、枷をつけて、地下に閉じ込めた?」


項垂れたパトリックも、辛かったのだろうか。

パタパタと膝の上に水滴が落ちては、服に染みていく。


「エリスは僕が蔵に行くのも嫌がるようになって……。だから、エリスが起きている間は、行けなくなった。 ずっと、見ているんです。蔵が見える窓から、蔵を、見張っているんです。誰も──僕ですら、近づかないように。だからエリスが眠っている夜中にこっそり行く事しか出来なくなって、食事も、ろくに、あげられなくなって……」


ぐしゃぐしゃと、パトリックが自分の髪を掻き混ぜる。


「そうするうちに……僕も、このまま地下を塞いでしまおうかと、思うようになったんです。このまま食事も運ばず、地下に置いておけば……と。 だけど我に返って、夜中に食事を運ぶ……いえ、もう食事とすら、呼べなかった……」


ぱたりと、手が落ちる。


「見つかって……良かった……見つけてくれて、ありがとうございます……このままだと、きっと僕は……あの子を………」



マクレガンははーーっと長い長い息をついて、そしてパトリックの前へ歩いていくと、ぐしゃぐしゃとその頭を乱暴に撫でる。

そしてばかもん、と。

パトリックの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜながら、マクレガンもぎゅっと目を閉じる。


「一言、相談くらいせんか──ばかもんが」



軽くホラーでしたネ……。


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