32.
じゃあ行こうか、と歩き出したランネルに続いて、屍累々……とまではいかないが、散らばっている巨大鼠たちをなるべく直視しないように避けて歩きつつ、フィーリアは何となく南無南無と手を合わせる。
それを見た左隣のクリスタが少し不思議そうな表情をして、右隣のアレンフィードが小さく笑う。
「元日本人としては……何となくね……」
「数珠か、いっそロザリオでも持ち歩いてみるか?……っと、そうだ、忘れてた」
アレンフィードが思い出したように自分のポケットを探って、何かを取り出す。
「やる」
小さな紙の袋を渡されて、フィーリアは首を傾げる。袋の中でちゃりっと金属音がした。
「開けて良い?」
「どーぞ」
フィーリアは渡された袋を何となくそーっと開けてみて、中を確認する。
「──わぁっ可愛い!」
袋の中に入っていたのは、淡いピンク色の花を模したバレッタのような髪飾りと、濃淡2色の紫色の紐を撚ったシンプルな髪紐だった。
「どうしたの?これ」
「昨日待ってる間ヒマだったから、露店冷やかしてる時に見つけた。フィーリアの好きな色は分かんなかったから、テキトーに」
「髪紐は、フィーリアの瞳の色だね」
後ろからミリアがニヤニヤと突っ込むと、アレンフィードの声のトーンがわずかに低くなる。
「そういう方が合わせやすいかと思ったんだよ」
「うんうん、良いと思う!っていうかアルにそんなセンスがあったとか驚き!」
「お前、俺を何だと……」
「結んであげる!」
アレンフィードの苦情を無視して、ミリアは貸して貸してとフィーリアから髪紐を受け取ると、下ろしたままだったフィーリアの髪を、ささっとハーフアップにまとめる。
「こっちもつける?」
髪飾りの方を聞かれて、フィーリアは少し考えて首を横に振る。
「失くしたり壊したりしたら嫌だから、今はやめておく」
ありがとう、とミリアにお礼を言って、フィーリアは紙袋にそっと髪飾りを戻す。
ちなみに、ピンクは"紗良が"好きだった色だ。
濃すぎず薄すぎずの色合いも、髪飾りの雰囲気も、恐らくは紗良の好みを覚えていて選んでくれたのだろうと思って、フィーリアは小さく微笑む。
「カバンにしまうなら入れてあげるよ」
ミリアは背負っていたカバンを降ろそうとしていたフィーリアから紙袋を受け取ると、カバンの中についている小さなポケットに滑り込ませる。
「はい、しまったよー」
「ありがとう」
ミリアに微笑んでから、そっと結ってくれた髪に手をやる。
髪紐の先端に触れて、フィーリアはちらりとアレンフィードを見上げる。
「似合う??」
「……フツー」
「そこはお世辞でも似合ってるよーって言うとこじゃない?」
「ただの髪紐だろ」
「そうだけどさっ」
もう!とフィーリアが頬を膨らませると、アレンフィードはついとそっぽを向く。
「……クラースさん。何かさ。俺近いうちに砂吐けるようになるかもしれない」
「同感ですね、エドガールさん。と言いますか、ホント誰ですかね、あれは」
「悠人クンだろ」
後ろから聞こえてきたエドガールとクラースのそんな会話に、ミリアがしーっと口に指をあてる。
「面白いとこ邪魔しないでっ」
「……聞こえてるぞ」
ぼそりと呟いたアレンフィードに、ミリアがうふふっと微笑んだ。
「だいじょーぶ。それきっと空耳だから」
そんなミリアに、アレンフィードはふぅん?と呟くと、口端を上げる。
「そうか。じゃあ、昨日クラースが同じ店で何か買ってたのを見たのも幻覚だったのかもな」
アレンフィードの言葉に、ミリアがきょとりと瞬いて、クラースが慌ててアレンフィードの横に移動すると小声で苦情を申し立てた。
「確かに買いましたが……言いますか、それ」
「もしかしてまだ渡してなかったのか?」
本気で驚いているアレンフィードに、クラースがぐっと詰まる。
「──タイミングがなかったんですよ」
「昨日の夜は割とヒマだったと思ったが……」
「いえ、まぁ、時間はあったと言えばあったのですが……」
「クラースさんって、わりと何でもしれーっとこなしそうなのに、意外とヘタレ?」
小声ではあったが、すぐ隣で交わされていたので二人のやり取りが全部聞こえていたフィーリアの呟きに、アレンフィードが小さく吹き出す。
「ヘタ……?」
言葉の意味は分からなかったが、良い意味ではないという事だけは感じ取ったらしいクラースの眉がほんの少しだけ下がる。
「あー……、バラして悪かった。俺たちはのんびり先に行ってるから、まぁあんまり離れすぎない程度でな」
アレンフィードはクラースに向かってひらりと手を振ると、フィーリアを回収して、ランネルとクリスタも目で促してから足を進める。
ただし何があるか分からない為、本当にあまり離れるわけにもいかないので、ゆっくりと。
エドガールが後ろで「えっ?」と焦った声を上げた気がしたけれど、彼には万が一背後から魔物が襲って来た時の為にも一番後ろに居て貰わなければならない。
クラースとミリアの二人でも対処は出来るだろうが、クラースもどちらかというと魔法の方がメインなので、剣士はいた方が良い。
アレンフィードは「嫌がらせではないからな」と心の中だけでエドガールに伝えたが、ほぼ確実にその想いは伝わってはいないだろう。
アレンフィードもエドガールも魔力残念組だし、何よりユーフィニアには念話的なものは存在していないのだから。
「っていうか、ミリアとクラースさんって、そうなの??」
小声で確認してきたフィーリアに、アレンフィードはいや、と首を振る。
「ミリアがクラースにアイドル的な好意を寄せてて、クラースがそれに絆され始めてるって感じかな」
「へぇ……ミリアもクリスタも可愛いし優しいし強そうだし、モテそうだよね~。でも、公爵家に一般人がお嫁入りって、出来るの?」
「例がないわけではないが……もしそうなったらそこそこ苦労はするだろうな」
「そっかぁ……でも私はミリアを全力で応援する!ビバ・シンデレラストーリー!!」
「応援するのは構わないが、前みたいに余計な事はするなよ」
「ちなみにどの辺りからが余計な事になるでしょーか」
「……そうだな。友達の代わりに手紙を渡しに行くのはOK。渡しに行った相手に逆に告られてメッタメタに心折ってやったせいで『お前みたいな女の友達なんて冗談じゃない』と二次被害を出すのはNG」
「あったね!何かあったね、そんな事!美咲元気かな!!!」
フィーリアは紗良が二次被害者にしてしまった友人を思い出す。
「友達の想い人がイマイチ信用ならないと忠告するのはOK。だからってこっそり素行調査をしてるつもりで、相手にバッチリ気付かれてた上に『お前俺の事好きなんだろ?』と勘違いされて襲われかけるのはNG」
「その節は本当にありがとうございました!!体育館の倉庫に連れ込まれるとか本当にあるんだって感心したよね!ゆうちゃん元気かな!!」
泣きながら『私のせいでごめん、素行調査とか頼んでないけどホントごめん』と謝り倒してくれた友人を思い出す。
「保健の先生に憧れてた友達の為に何か協力したいと思うのはOK。そこで保健室にお世話になる為に膝でも擦りむいてみよう!でわざと転んでみたら、運悪くとんがった石に突っ込んで何故か顔面血みどろになるのも心臓飛び出すかと思ったからやめてくれ」
「あの時は額ばっくりいったよねー。髪の毛で隠れるトコで良かった~」
アハハと笑うフィーリアに、ランネルとクリスタが何とも言えない表情を向ける。
いくつか分からない単語が含まれてはいたけれど、内容の理解は概ね正しく出来ているだろうと思う。
「何か……紗良さんがどういう方だったのか、分からなくなってきました……」
「……友達思いの優しい子だったんじゃないか……な……??」
ボソボソと話す二人に、フィーリアはえへへ、と誤魔化すように笑うと、アレンフィードに向かって宣誓よろしく手を上げる。
「とりあえず、今生では余計な事はしないように、人の恋路は大人しく見守ります……!」
「そうしてくれると大いに助かる」
アレンフィードは分かれば宜しいとばかりに、大きく頷いた。




