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29. フィーリアの旅立ち

翌朝、いつも通り家族三人だけで朝食を済ませたフィーリアは、迎えに来たアレンフィード達と共に家を出た。

村の入り口にはフィーリアを見送る為に村の人たちが揃っていた。


その光景に早くも泣きそうになって、フィーリアは堪える為にぐっとお腹に力を入れる。


あまり時間をかけては堪えている涙が零れそうで、どんどん離れ辛くなりそうで、

だからフィーリアは足早に皆の間を何とか作った笑顔で通り抜けて、村の入り口の手前で待ってくれていたアルノーと握手を交わす。


ジャンの店で買って貰ったポーチには、ミリアやクリスタ達が使っているのと同じように短剣用のホルダーが付いていたので、フィーリアはそこにアルノーから貰った短剣を差していた。

それを見て、アルノーはフィーリアの頭をぽんぽんと撫でる。

フィーリアはアルノーにふにゃりと笑って頷くと、最後に両親としっかり抱き合う。


そうして村の人たち全員に向かって勢い良く頭を下げると、


「それじゃあ、行ってきます!」


泣きそうだとバレバレな笑顔で、皆にぶんぶんと手を振った。



邪魔をしないようにと少し離れて待っていてくれたアレンフィード達のもとに駆け寄ると、ランネルがぽんぽんと背中を叩いてくる。

アレンフィードが少し乱暴に頭を撫でてきて、ミリアとクリスタが両脇に添ってくれる。


そうして村を出て皆の姿が見えなくなって少しした頃、フィーリアはずずーっと盛大に鼻をすすった。


「えへへ、やっぱりダメだね」


村の人たちと新しい仲間たちの温かさに、フィーリアは必死に堪えていた涙をぼろぼろと零し始めた。

ミリアがぎゅっと腕を組んでくれて、クリスタがフィーリアの頭を抱き寄せる。


ついに声を上げて泣き出したフィーリアが落ち着くまで、ミリアとクリスタはその小さな身体を抱きしめてくれていた──




「ごめんなざい……」


ようやく落ち着いたフィーリアがずびっと鼻を鳴らして、二人から身体を離す。


「ひでー顔」


アレンフィードが自分の手巾でフィーリアの涙を拭うと、そのままぐりぐりと鼻に押し付ける。


「はなみずついちゃうよぉっ」

「良いから拭いとけ」

「……あい」


ありがとう、と呟くと、フィーリアはもう一度ずびっと鼻をすすってアレンフィードの手巾で鼻の下を拭う。


ちーんっと盛大にかむのは、一応乙女としてやめておいた。




❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊


「レーヴェ村までは2時間ってとこかな。どうなってるか分からないから、注意しながら行こう」


暫くは平穏だろうが、レーヴェの周辺はどのような状態か分からないので、ランネルの言葉に全員が気を引き締め直す。


「もし魔物と遭遇したら、フィーリアはクリスタと一緒にいてくれ」

「はい」

「クリスタもシールドに集中してくれて良いから、フィーリアを頼む」

「分かりました」


アレンフィードに頷いてみせてから、クリスタが少し考える。


「この辺りならまだ魔物の心配はないと思うので、今のうちに少し試してみても良いですか?」

「構わないが……何をだ?」

「フィーリアの、素質を」


そう答えたクリスタに、アレンフィードはあぁと頷いて、後ろのミリアとクラースにも視線を投げる。


「頼んで良いか?」

「りょーかい」

「僕はあんまり役に立てるとは思いませんが……まぁお見せする程度なら」



のんびりと足を進めながら、先頭をランネル、一番後ろにアレンフィードとエドガールがついて万が一に備える。

前後を守られながら、フィーリアはクリスタの隣を歩く。


「フィーリアは今までに攻撃魔法を使ったことはありますか?」

「ないです」


ぷるぷると首を振るフィーリアに、クリスタが頷く。


「では、シールド系は?」

「それも……ない、かな。普段使ってたのは治癒と、あとはちょっと火を灯したり、風を起こしたり、そんな程度で、強い?すごい?魔力を使うような事はなかったデス」

「まだ魔力の乱れがあるみたいですが……問題は?」

「うーん……ちょっとした魔法なら使えるけど。こないだの、アルみたいな怪我人を治してって言われたら難しいかも」

「あんなのは……もう嫌ですねぇ」


クリスタがふぅっと溜息を落とす。治癒云々が嫌なワケではなく、精神面の話だろう。


「まずは基礎的な魔法からでそんなに大きな魔力は使わないので大丈夫だと思いますが……もしまずそうだと思ったら言ってくださいね」


なにせクリスタにも魔力が乱れてしまった経験などないので、フィーリアがどのような状態かがわからない。

フィーリアの自己申告が重要になってくるだろうからと言い含めて、それでは、とクリスタ先生による魔法講義が始まった。


「魔法は、基本的には詠唱とイメージから成っています。例えば火を起こす時に"ファイア"と唱えていても、イメージした火が小さければろうそく程度だったり、大きければ焚き火程だったりと、同じ詠唱でも魔法士本人がどんな物を出したいか、で違ってきます」


フィーリアがこくりと頷く。それくらいはさすがのフィーリアも知っていた。


「詠唱はイメージを固定させて魔法を放つ為の媒介のようなものなので、あまり一般には知られていませんが、魔法士本人がイメージを固定させる事が出来れば本当は詠唱する言葉は何でも良いみたいです」

「自分がきちんとイメージが出来ていれば……例えば"ファイア"じゃなくて"ぼーん!"って擬音とかでも大丈夫って事?」

「まぁ、そうですね」


フィーリアの例えに笑って、クリスタが人差指を立てて小さく「ぽんっ」と呟くと、クリスタの指先で小さな小さな火球が現れて、言葉通りぽんっと弾けて消えた。


「何か決まった呪文があって、それじゃないとダメなのかと思ってた……」


ぱちぱちと瞬きをしたフィーリアに、クリスタが小首を傾げる。


「そうですね……学校で学んだ人たちは、火魔法の例ですと、学ぶ際に便宜上"ファイア"で習います。なので、学校で学んでる間に"火魔法といえばファイア"と根付いてしまったのでしょう。そしてそれが地方の町や村に伝わる際に、教えやすいこともあって"ファイア"のまま伝わってしまう。いつの間にか"火を出す=ファイア"と固定概念のようになってしまって、そして"ファイア"が正式な詠唱のように扱われるようになったのだと思います。実際に私も故郷の学校で習ったときには、詠唱は何でも良い、とは教わりませんでした」

「クリスタは王都に行ってから知ったの?」

「魔法士団に入ってから、ですね。私は魔法士団の中でも研究が中心の部にいますので、そこで初めて知ったんですよ。だから、魔法士団にいても"実は何でも良い"という事を知らないままの人もいるんです」

「へぇ……訓練とかで、そういう『違う言葉でやってみよー』みたいなのはないの?」

「違う詠唱を試す意味がない、んでしょうね。わざわざ使い慣れた言葉を変えるメリットはありませんから」

「そっかー……」


二人の会話を聞いていたアレンフィードがそういえば、とぽつんと呟く。


「イメージも重要って、言ってたな」

「誰が?」

「女神サマが」

「え、いつ?」

「紗良が必死に……フィーリアの()()()姿()を考えてる時」

「マジかー」


こんな事なら私も聞いておけば良かったと呻くフィーリアに、アレンフィードがクリスタに問いかける。


「無詠唱は可能なのか?」


クリスタはきょとりと目を瞬かせる。


「無詠唱、ですか……?それは、考えもしなかったです……」


魔法は詠唱ありき、と習うので、詠唱して当然だと思っていた。


「でも、そうですね。確固たるイメージが出来ていれば、可能……なのでしょうか……でもそうすると魔力を放つ際の媒介が……」


ぶつぶつと呟きながら思考に沈んでいきそうになっているクリスタに、クラースが声をかける。


「クリスタ。非常に興味深い話ではありますが、まずはフィーリア嬢の見極めが先決でしょう」

「考えたり試したりは、これからたっぷり時間もあるだろうし」


ミリアにも言われて、クリスタは慌ててそうですね、と頷く。

そしてこほんと咳ばらいをして、では、と仕切り直すようにフィーリアを見る。


「使える属性の確認もしたいので、順番に行きますね。まずは火属性から──」



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