カルディシアにバレンタインデーが生まれた日
Happy Valentine!!
ちっとも甘くないチョコレートのお話です(笑)
「チョコ食べたい……」
ポツリと落とされたフィーリアの言葉に、アレンフィードはまたかとばかりに視線だけを向ける。
「何でユーフィニアは甘い物──っていうかお菓子が少ないんだろ!みんな食べたくないのかな!?甘いものなくて勉強とか仕事とかよく頑張れるよね!?」
ユーフィニアは、転生した身からするとどうにも食の方面で面白みに欠けるのだ。
ご飯系はそこそこに調味料があるおかげかまだメニューも数があるけれど、甘味系はパウンドケーキやクッキーと言った焼き菓子やドーナツのように揚げたものくらいしかない。
日本でお菓子をもりもりと消費していた身からすると欲求不満も良いところだ。
あまいものーーーっ!!と叫んでるフィーリアに、アレンフィードはうるさいと手元にあったペンを投げつける。
「こっちは仕事中だ。気が散るからどっか行け」
アレンフィードから冷たくそう言われて、フィーリアは不満そうに唇を尖らせると「じゃーもう帰る」と言って、瞬く間に姿を消した。
「転移は乱用すんなって言ってんだろ……」
ようやく安定して距離を飛べるようになったせいか、王宮内のアレンフィードの執務室から屋敷の自室へと転移魔法で戻ったらしいフィーリアには既に聞こえていない小言を落として、アレンフィードは横に避けておいた書類をペラリと持ち上げる。
「──一度見に行ってみるか」
「視察?」
「そ。マウリーン──南の方にある、イガルと交易が盛んな町なんだけどな。もしかして、と思う品が入ってきてるぞ」
「もしかして?」
首を傾げたフィーリアにアレンフィードは小さく口端を上げる。
「イガルで薬として扱われている品が入ってきたらしい。イガルでは比較的メジャーな薬だというからそこそこの量を仕入れたそうだ。種の部分を砕いて使うんだが、予想以上に苦みが強くてカルディシアではイマイチ買い取り手がいなくて困ってるらしい──と聞いて、何か浮かばないか?」
「コーヒー?」
「じゃなくて」
「………………カカオ?」
まさか、とその答えを導き出したフィーリアに、アレンフィードはニッと笑みを深める。
「ハズレかもしれないけどな。あっちの方面の状況確認も込みで、とりあえずミリアも連れて見に行ってみようかと思ってるんだが、お前も来るか?」
「行く!!!」
チョコレート!!と瞳を輝かせたフィーリアに、アレンフィードは2日後に出るからなと言ってフィーリアの部屋を後にした。
そして途中魔物の討伐などしつつ辿り着いたマウリーンの町。
同行していたミリアに「そういえばお前の実家この近くだろう。少し顔を出して来い」と言ったアレンフィードに、その時ようやく『マウリーン』という町の名に聞き覚えがあったのはミリアの故郷の近くだからだ、と気付いたフィーリアは「そういえばとかわざとらしい」と呟いてペシリと頭を叩かれたりしつつ一時的にミリアとは別行動をとって、
そうしてアレンフィードとフィーリアは、マウリーンの町の商会の一室でそれと対面を果たした。
「……茶色いパパイヤ?」
「でもこんな感じだったよな?」
「思ってたよりも小ぶり……こんなもんだっけ?」
「カカオの実物なんて見たことないからな……」
ボソボソとそんな会話を交わしつつ、二人は目の前の実と、粉状の”薬”にされているそれを眺める。
「少し舐めてみても?」
「構いませんよ、どうぞ」
商会の代表がにこやかにそう返すと、アレンフィードは一つ頷いて指先で粉を掬って一舐めしてみる。
その様子を横にいるフィーリアがじぃっと見つめているのに気づいて、アレンフィードは視線でフィーリアを促す。
フィーリアも同じように舐めてみて、んーと首を傾げる。
「かなり、苦い……?」
「どうだろうな……こんなもんか……?」
結局見た目や舐めた感じはそれっぽいなと言う事くらいしか分からず、少し試してみたい事があるからと、あとはフィーリアのその情熱と中途半端な知識、そしてフィーリアが気まぐれに食べたがる不思議な食べ物の開発に付き合わされて間もなく2年になる屋敷の料理人が何とかするだろうと、アレンフィードはその実を10個ばかり持って帰る事にした。
❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊
「苦節半年!」
「半年なら"苦節”って程でもないだろう」
「大変だったんだよー!?」
「それは分かってるけどな」
分かってなーい!と言いながら、フィーリアは小さな箱を一つ、アレンフィードに差し出す。
「と、言うことで──私と料理長さん以外で完成品食べるのはアルが初めてだからね」
味わってね!と言いながら出された箱を開けてみると、そこに入っているのはThe・板チョコ。
思わずふっと笑いをこぼしたアレンフィードに、フィーリアは慌てたように付け足す。
「見た目はまだこれから!味!まずは味!!」
「分かってる」
ぱきんと小さく割って、口に放り込む。
「──ん、チョコだな」
頷いて、懐かしいなと少し目を細めてもう一欠け口に入れたアレンフィードに、フィーリアはほっと笑みを落とす。
「で、ね。それはまぁ"ミルクチョコ"で……私用と言いますか……」
「うん?」
「アルには、こっちかなって」
そっと差し出された二箱目を、アレンフィードは僅かに首を傾げて受け取ると箱を開けてみる。
──入っていたのは、先ほどの物より若干色が濃い、やはり板チョコ。
そういう事かと苦笑をこぼして、アレンフィードは二枚目も小さく割ると口に入れる。
「──あぁ。やっぱ俺はこっちだな」
先ほどの甘く柔らかい"ミルクチョコ”よりも苦みの強い"ビターチョコ"。
あまり甘いものは食べないけれど、ビターならたまに口にしていた"悠人”の事を覚えていて、だからアレンフィードの為にわざわざ配分を変えたのだろう。
「勿論、余分にあるんだろ?」
「うん、それはもう、勿論」
「再現は出来るな?」
「レシピはバッチリです!」
頷いて手を出したアレンフィードに、フィーリアは持ってきていたもう1セットを「よろしくお願いします」と差し出す。
こうして国王陛下に『献上』された茶色い甘くとろける新しい『チョコレート』というお菓子はそう時間を要さずにカルディシア国内に広まって、
そして誰が始めたのか、寒い季節に『大切な人にチョコレートを贈る』という風習が、いつの間にか根付いていったとか――
──✼──
「えっと、ほら。何となく今って冬じゃない?となると日本的にそんな時期かなーって思ってね……」
これだけは少し頑張ったの、と更に追加で出されたリボンなど結ばれた箱を開けてみたアレンフィードが、今度こそぷはっと吹き出したのを見て、フィーリアが頬を染める。
「がんばったんだよ!!!」
「──分かってる」
肩を揺らしているアレンフィードが手にしている箱の中には、不格好な、ハートと思しき形のビターチョコレート。
「文字までは無理だったんだな」
「そもそもホワイトチョコが出来なかったんだもん」
恐らくはデカデカと入れたかったのであろう「義理」の文字を想像して小さく苦笑を零すと、アレンフィードは箱に蓋をする。
「少しずつ貰う──サンキュ」
「うん……えっと。お返しとかは、別に良いからね……」
もじもじと毛先を指に絡めているフィーリアに、アレンフィードは今度は大きな溜息を落とす。
「無茶ぶりフラグだったか──」
フィーリアが帰った部屋の中、さて"ホワイトデー"はどうしてやろうかと、アレンフィードはリボンのかかった箱を指先で弾いた。