ある時のクリスマス・イブ (悠人&紗良)
Merry Christmas!
※2018/12/24投稿しましたが、章編成見直したかった為いじったら掲載日が変わってしまいました。
「うぅ~~…さっむい!」
もこもこの裏起毛のコートに、こちらも裏起毛の手袋、長目のマフラーをしっかりと二重巻きにして、それでも足りないのか手袋の上からはーっと息を吹きかけて寒い寒いと呟いている紗良に、悠人は慣れた様子で自分の手を温める為に、という名目で自販機で買ったばかりのホットの缶コーヒー(無糖)を差し出す。
「飲むなよ」
中身は俺のだからな、と言って紗良にしたら信じられないくらい薄着な出で立ちの悠人は自分のコートのポケットに手を突っ込む。
「私コーヒーは砂糖とミルク入ってないと飲めないもん」
ちなみに紗良のコートのポケットにはホットの紅茶( ストレートとミルク )が左右に1本ずつ収まっている。
重くないのだろうか、と思うが、紗良にしたらそれよりも寒さを誤魔化す事の方が重要らしい。
首都圏ではほぼありえない事ではあるが、ホワイトクリスマスになってもおかしくないくらいまでに今年のこの日は冷え込んだ。
普段であれば冬場のこんな時間に紗良が外に出る事はまずない。
寒がり、というだけでなく、大好きな趣味に興じている時間帯だからだ。
しかし毎年この日―クリスマス・イブである12/24の夜は、土屋家と和泉家合同でクリスマスパーティーが行われている。
共に専業主婦な母親たちが、既に冬休みに突入している子供たちそっちのけで朝からウキウキと準備をするのだ。
手の込んだ料理の数々に、ケーキも結婚式ですか?と言いたくなるような、紗良の母親の趣味が遺憾なく発揮された食べちゃうんだからそこまでしなくても…な見事なデコレーションに彩られた二段のケーキが作られる。
父親達も年末で仕事が立て込んでいようが、忘年会に誘われようが、この日ばかりは早めに帰宅をする。
元は幼稚園の頃に紗良が「おうちでクリスマスパーティーをやりたい」と言い出し、それなら一緒にやりましょう、と母親同士で盛り上がったのがきっかけだったと思う。
そんな可愛らしい要望から始まったクリスマスパーティーが、何故キリスト教徒でも何でもない両家の一大イベントに発展してしまったのか悠人にはさっぱり分からないが、"毎年恒例だからそういうもの"と思うしかない。
そろそろ父親達も帰宅する頃だし、飲み物の準備を…となったところで、悠人の母親がその事に気が付いた。
自分たち用のシャンパンも、父親達用のビールもある。
しかし悠人と紗良が飲めるジュース類を買い忘れた、という事に。
えへへ、と笑顔を向けてきた悠人の母親に「そんな顔してももう可愛くも何ともないぞ」と言ったら、それは見事な笑顔でチキンレッグ没収の刑を言い渡されたものだから、仕方なく自分たちの飲み物を買いに出る役を買って出たのだ。
悠人は一人で行くつもりだったが、なぜか紗良が「私も行く」と着いて来た。
そうして冒頭に戻るわけだ。
「だから、家で待ってて良いって言っただろ」
「パパたち帰って来てたらそうしたけど……まだだったから」
「?ケンカでもしたのか?」
「そうじゃないけどさー……ママとしょーこさんに挟まれると、話題がねー……」
"しょーこさん"は悠人の母親の名前だ。
「そんな困るような話なんてあるか?」
首を傾げた悠人に、紗良は
「うーん、まぁ……女同士のオハナシがね……」
はーっと息を吐いて、手をすり合わせる。
ふぅん?と言う悠人は、恐らくは全く分かっていないのだろう。
何故か紗良の母親と悠人の母親は、お互いの子供たちをくっつけたくて仕方ないらしい、という事を。
うっかりと母親二人に囲まれると、言われるのだ。
「それでそれで、紗良ちゃんと悠人はなんか進展あった?」
と。
それはもう、きらきらとした瞳で。
進展も何も、紗良は悠人を"そういう対象"で見ていない。
いつだって側にいて当たり前の、空気のような存在だ。
紗良の趣味にも、やりすぎるなよ、とか勉強はちゃんとしとけよ、とかのお小言はついてくるけど、嫌な顔もせずに付き合ってくれるし、勉強で困れば教えてくれる。
悠人がいなくなったら困る事はたくさんあるだろうし、何となくこれからもずっと側にいるものだと思ってはいるが、それが恋愛感情かと言われると、きっぱりと「否」と言える。
部屋で二人きりでいる事も珍しくないが、別に"そういう雰囲気"になった事なんて一度だってないのだ。
多分、悠人だって紗良の事は対象外なんだろう、と紗良は思っている。
期待されたところで、当人たちにその気がない事をあれこれ言われても……困る。
とっても困る。
だから紗良は、例え寒いと分かっていても悠人にくっついてあの場を逃げ出す──つまり寒空の下買い出しに行く 以外に選べる道がなかった。
「寒いったら寒い。今すぐここにコンビニ出来ないかな」
「だったら少しでも早く着けるように走るか?」
ひょろりとしていてあまり筋肉がついていないように見えるからか、文系な印象を抱かれがちだが意外と肉体派な悠人の提案に、紗良はぷるぷると首を振る。
「むりむり。しんじゃう」
「ばーさんかよ」
「文系女子なだけです~」
べーっと舌をだして見せると「ひでー顔」と鼻をつつかれた。
家から徒歩10分のコンビニに辿り着き、お茶と炭酸系の飲み物を数本カゴに放り込む。
「要るか?」
紗良が好きなチョコ菓子の冬限定バージョンの箱をカコカコと振る悠人に、紗良はうーん、と悩む。
「ケーキあるしなぁ……」
「自分で買いに来るなら良いけど、明日になって買ってこいとか言うつもりなら今買っとけ」
休みの日に悠人がランニングに出るタイミングで、紗良がおやつの買い出しを頼むのはよくある事だ。
嫌だと言いながらも毎回買ってきてくれるからつい甘えてしまうのだが──
「……じゃあ、買っとく」
さすがにそう言われてしまっては「お願いするだろうからその時に」とは言えないので、紗良は冬限定のお菓子を3つばかりカゴに追加する。
「まさか1日で食べないよな?」
「10時のおやつ、3時のおやつ、あと夜食──って、冗談だよ!?」
無表情な視線を向けてくる悠人に、慌てて付け足す。
いくら紗良でも、それはしない。──多分。
「どうだかな」
「信用ないなぁ」
「信用できる方がおかしいだろ」
「かわいい幼馴染に、ひどくない?」
「幼馴染だからこそ、だろーが」
コンっとまた別の冬限定お菓子の箱の角で頭を叩かれる。
それがカゴに落とされたのを見て、紗良が首を傾げる。
すたすたとレジに向かう悠人の後を追いながら、紗良はふと途中の棚にあったカ〇リーメイトを2種類手に取って悠人の後ろに並んで、それぞれに会計を済ませて外に出る。
「しみる~~~~っ」
コンビニから出て風に身をすくませた紗良に、悠人が袋から先ほどの菓子を取り出す。
「悠人が甘いものとか、珍しいね。」
「分かってるくせに。 ほら、メリークリスマス」
ぽんと寄こされたお菓子の箱を受け取って、紗良はぺろりと舌をだす。
「……やっぱり? っていうかお菓子とか、子供ですか」
苦笑してから、紗良も自分の持っていた袋をはい、と悠人に渡す。
「メリークリスマス」
カ〇リーメイトは悠人の勉強のお供なのだ。プレーンとチーズが好きらしい。
「紗良へのプレゼントにゲームと甘いもの以外の物が浮かばないからな」
はーっと息を空に向けて吐いた悠人に、紗良は首を傾げる。
「ゲームくれて良いんだけど」
「欲しいものは全部持ってんだろ、お前」
「悠人がやりたいやつとかでも良いんだよ?いつも付き合ってもらってるし」
「別に俺そんなにゲーマーでもないって」
「立派なゲーマーだと思うけどなぁ……」
他愛もない話をしながら歩いていると、悠人がふと足を止めて空を見上げた。
「……寒いから、きれいだな」
紗良もつられて空を見上げる。
晴れた冬の空、満天の星空にほわぁ、と紗良はため息を漏らす。
「すごいね……こんなにキレイなら、たまには夜に外に出ても良いかも」
「……どうだか」
ぼそりと突っ込まれて、紗良はぷっと頬を膨らませる。
「何よ、本当にそう思ったのに」
「思っただけだろ」
「うーん……」
否定し切れないのが悲しいところだ。
「じゃあさ、きれいな日は声かけてよ」
へらりと笑った紗良に、悠人ははいはい、と手を振ると歩き始める。
どうせ出てこないだろ、と言われているようで、紗良はもう!っともう一度頬を膨らませてから、悠人の後を小走りで追いかける。
「はー、着いたぁ。寒かった~」
家が見えてきて、少しでも早く温かい部屋に戻ろうと駆けだそうとした紗良の腕を、ふいに悠人が捕らえる。
「え?」
くんっと引っ張られる形になって、僅かによろけた紗良が何事かと悠人を振り返ろうとしたところで、ふわりと悠人の腕が降ってきて、そして自分の首に何かがかけられた。
きょとりと自分を見上げてくる紗良に、悠人が自分の首元をとんと指で叩く。
「少しは女らしい物にも興味持っとけよ」
「──え??」
慌てて自分の首──というより、マフラーを見ると、そこにはちょこんと、小さなハートのペンダントが乗っかっていた。
「……悠人、これ…」
ぱっと振り返ったけれど、悠人はもう玄関のドアを開けて中に入るところだった。
手袋を外して、そっとペンダントを持ち上げる。
「かわいい……」
ハートの中に一つだけ、小さなピンク色の石が入っている。
「……どんな顔して買ったの、これ」
アクセサリーショップで、一人で買ったのだろうかと思って、その光景を想像して小さく笑う。
「……どうしよう、私何も買ってないんだけど……」
家の中に入ってマフラーを外して、何となく母親たちに見つかったら困るなと思ったので、そっと服の下にペンダントを落としてから部屋に戻る。
父親達も帰ってきていたようで、既に準備は万端。さぁ、始めましょうという雰囲気だ。
何もなかったような顔で「どれから飲む?」と聞いてくる悠人を恨めしそうに見つめてしまったのは仕方がないと思う。
少しばかり唇を尖らせて「コーラ」と答えると、悠人がグラスにコーラを注いで紗良に手渡す。
母親たちがいそいそとシャンパンを開け、父親達がビールを注ぎあっている中で、紗良が悠人にだけ聞こえる声で「ありがとう」と言うと、悠人が「気にすんな」と小さく返す。
来年は、何をあげようか──
そっと胸元のペンダントを服の上から押さえてそう悩む紗良も、
ペンダントの次って何かなと、こちらもこっそり来年について悩む悠人も、
その"次"が来ないなんて事は、この時は思いもしていなかった──
高校生になって少し背伸びをしたかった悠人は、きっとこんな事もしたんだろうな、と妄想しました。
部活がんばっていてバイトもしていなかったので、そんなに良い品ではないです。
そして無意味に空を見上げたりしているのは渡すタイミングを計っていたからなのですが、
その辺が上手く書けなくてすみません。
…悠人が不愛想なのがいけない…(責任転嫁)
悠人には申し訳ないけど、紗良は本気で恋愛感情はなく、ペンダント貰ってもそこは変わりませんでした。
紗良ちゃんはどこまで行っても紗良ちゃんです。ナム。
いつか悠人と紗良が死ななかった時のIF話も書きたいな~……なんて。
ちなみに悠人ママの「しょうこ」がぽっと出てきた時に、だったら紗良ママの名前は「さち」かなと思ったのに出せませんでした。
パパsは考えてません(笑)