006──非日常の始まり~Closing with.~
──陸:佰:拾陸:弐拾参──
衛門川の土手に集合したのは、死祖と呼ばれる化物と人間。
一人は三メートル以上の巨躯を持つ「筋肉だるま」。
更に仮面をした謎の人外。
最後に俺──戸番榊である。
新たに加えた面子で、今日はゴルフをやった。道具は父親のを拝借している。無論、ドライバーで打つなんて、ボール回収が途方もない作業をしたりしない。簡単なパターで正確さを競い合う勝負だ。
結果的に買ったのはアイツで、筋肉だるまが二位。俺の場合は奴等が地響きを起こすものだから、あと一歩の所で逸れてしまう。全力で卑怯な奴等に、一回だけガチギレしたのは別の話。
筋肉だるまと後日の約束をして別れた後、帰路を急ぐ。相も変わらず、コイツは付いてくる所存だ。
前回の「缶けり」で忠告された、「これから起こる理不尽」について質問したが返ってくるのは曖昧な返答のみ。まあ、状況によって変化する何か、とだけ考えておこう。
二日前の出来事は熾烈を極めた争いではあったが、思い返せば楽しんでいた自分も居る。余裕がない──なんて何度も嘯いていながら、実際の所は心躍る喜色を隠す余裕がなかっただけのこと。命の危機に対する回避への余裕ではない。
住宅街へと進む道の途中、アイツが足を止めた。いつもその場のノリに身を委ねているような奴が気を留める事なんて珍しい。思わず俺も立ち止まって、その視線を辿った。
道の先で手を振っている……。
その容姿を見て、俺は思い至った。あれは、二日前に俺を助けようとしてくれた銃を使う男の娘。
短髪に精悍とした顔立ち、華奢な体と、腰に提げた二挺の拳銃。こんな人目に触れる場所でも武装している彼は、ある意味で中々度胸がある。
俺達の下へと駆け寄ってきた。
うん?……スカート?
「こんにちは」
「おう、また会ったな少年」
「あー、えと……あはは」
照れたような笑みを浮かべて、少し気まずそうにしていた。俺だって戸惑ってる。目の前で何故か、男が女装しているのだから。確かに容貌が良質だからといって、そんな格好を悪戯で強要してしまう意図も理解できる。だが……似合いすぎてるのが問題だ。
正直な所、俺は引いていた。距離として六歩。高度として十メートル。速度は高速道路の最低速度。
「一つ、訂正したいんだけど……」
「どうぞ」
「ボク、性別は女なんだ」
「……流派は?」
「ん?」
「だっから!ボクボク詐欺なのか事実なのかハッキリしやがれ!」
「ぼ、ボクボク詐欺?」
アイツが一歩前に出る。
「説明しよう。
近年増え続けるケース「ボクボク詐欺」。
これは中性的な容姿を持つ者が多く用いる詐欺。性別を状況に応じ、男や女と偽る事で話術による金品の譲渡、相手の意思の変更を促す心理的及び物理的な犯罪手法だ。狡猾な詐術として、被害件数が二十代から三十代を中心に増大している」
俺の眼鏡を仮面の上から掛けて、知的な雰囲気を作り出す。
おら、返しやがれ。
「ボク、そんなの初めて聞いたんだけど」
「自覚なし……堕ちる所まで堕ちたな!」
「なんでボクが故意がある前提なの!?」
「お前に悪意があろうと無かろうと、人様の期待を裏切りやがった挙げ句に、今度は更に俺から何を奪おうってんだ!」
「前回もそうだけど何を期待したの!?」
俺は胸の内の悲しみをありったけの声で叫ぶ。
「俺はお前みたいな人間が嫌いだ!見た目がどっちかも判らない曖昧な部分が腹立たしいし、もどかしい!ハッキリしやがれ!男ならガチムチに鍛えてくるか、女ならスカート穿いて来い!」
「今やってるじゃん!?」
「僕は思うよ。胸の膨らみがないのは、何故だ」
「二人の方が犯罪になり兼ねない言動をしてるけど……」
少年の冷たい眼差し。……おふぅ、刺さるぅ。
「これは義憤という奴さ。性別という固定概念を逃れようとする人種に対する、留まる事を知らぬ憤懣だ!」
「もうどうすれば良いのさ……」
呆れられた。少し弄りすぎたな。
ボクボク詐欺なんて即興の捏造ギャグに、辻褄合わせの説明(色々とおかしいが)を即行で誂えるコイツの技術が凄い。軽く尊敬しちゃったよ。
「兎も角、仮にだ。お前が女だと譲歩して、先日に男だと進言したのは何故だ」
「ボク、海外から来たんだけど……その、体が華奢で貧弱そうに見られるから、襲いやすい人だと思われるんだよね」
「……へえ。つまりあれか?
女に見えて襲われそうな時は男と偽り、淫乱な女に寄られた時は女だと欺瞞を張る事も可能だと」
「うん」
成る程、合点がいく。それならば仕方がない。
日本は治安が良いと雖も、やはり油断を衝いてくる不祥事は防げない。対処する為に編み出した彼なりの……彼女なりの策なのだ。
だから中央公園のアスレチックエリアで、二人遊具の狭い空間に押し入った場所では身が危険だと……?
それってつまり──
「俺がお前を襲いそうな人間だと思ったのか──!!」
「ご、ごめんね。ボクも咄嗟に……せ、脊髄反射というやつだよ」
「条件反射よりも質が悪いじゃねぇか!」
完璧に俺が色欲魔に見えたんじゃないか。
あの時の俺は全力の回避の後、急速な運動を休憩無しに行い続けた結果、荒い息、滲んだ汗、紅潮した肌。そりゃ、女の子が疑ってしまうのも道理さ。状況が状況だし、あんな怪物を見た後でもそうなるだろう。
しかし、ボクボク詐欺なのに変わりはないじゃないか。単に偽っている事に差異ないのだから。
アイツがボクっ娘との距離を潰す。詰問のように威圧的な態度で顔を寄せた。仮面の下が何を物語ってるのか判らない。
「慰謝料」
「えぇ?」
「慰謝料と賠償金を払え」
「結局ボクの所為にしたいのね。えと、でもそんなに傷付けたんだったら……な、何でもします」
「アウト────!!」
恥ずかしそうに言われてしまったら犯罪の臭いしかない。事件性の高い言葉だよそれ。
「んで、話が戻るけど今なにしてるの?」
「どこに戻ったの!?
えと、さっき知人の家を訪ねて挨拶したから、これからホテルの予約でも取ろうかなって」
「そうか。となると、路鉈町の方が中々揃ってるぞ」
「うん、ありがとう。それじゃ──あ!そうだ」
俺とアイツは簡単に別れを告げながら、女装したボクっ娘の傍を通過する。何はともあれ、俺はまた見聞を広めてしまったらしい。海外から来た子から、なにかを学んだようだ(ボクっ娘の辛い事情)。
一人、(的はずれな)納得をして去ろうとした時、背後から腕を捕まれた。女子とは思えない握力に思わず呻き、痛みに強張った体をゆっくり戻す。
振り返った先で身近な物から発見をした子供の如し無邪気な瞳で、俺の眼鏡を覗き込んでいる。
「よかったら、一泊させてくれないかな?」
「お前、さっき護身の為に性別を偽ってただろ?その警戒心を忘れたのか?
何かを拍子に俺の理性の箍が外れ、一夜の過ちを犯したらどうする?お前のボクボク詐欺と先刻の発言を盾に、それからも良いようにされたりしたら」
「そ、そこまで想像した事はないけど……。
でも、少なくともそんな忠告をしてくれる人に、悪意はないから。それに、君が過つようならドカーン、さ」
「お前も怖いよな。俺に風穴できちゃうよ……」
ケータイを開く。
両親に確認を取るしかない。俺の説得じゃ断念させる事も出来ないだろうし、ここは大人の意思が汲まれる家庭事情とやらで回避するしかない。
女の子を泊めるなんてゴメンだ。部屋の私物を見られて、「うわダッサ」とか思われるの嫌だからな。万一になくても、女子って誰であろうと緊張するし。
来た、返信メールっ!
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『母親。
Re.女の子を泊める。
好きにしやがれ。いま私はポーランドだ。孫の名前は決めるの難しいぞ』
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何か不穏なこと言ってる!?て言うか海外出張中だった!期待するだけ損な人物だな。ポーランドの土産って何……いつも下手物選んでくるから、今度こそ上等なやつ頼むわ。
父親の返信!
~~~~~~~~~~~~~~
『父親。
Re.女の子を泊める。
お父さん、心配だぞ。お前はそんな子じゃないって信じてたのに。しかも態々報告するなんて、大胆になったな。そこは母さんに似たのか。
ともあれ、父さんは覚悟を決めたぞ。孫の名前はリッカだ!漢字は任せる!』
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何でどいつもこいつも淫靡な方に話を進めやがる。てか、母さんに似たって何だよ不吉だよ!しかもリッカって話に聞く学生時代の元カノの名前じゃねぇか!どんだけ根にもってんだよ。
くそぅ……。抑止力となる親の助力も、最早期待すら霧散してしまった。息子に春が来た、とか余計なこと考えてだろうな。老婆心で言わせて貰えるなら、「孫の名前はリッカ」ってか。笑えねぇよ。
「仕方がない。泊めてやるよ」
「ホント!?やった!」
跳ねるな、おい。可愛く喜ぶんじゃないよ目の毒だ。
アイツは大袈裟に肩揺らして笑っていた。この事態を生暖かく傍観してる様が如何にもうざい。
「なぁ、お前も泊まっていくか」
「え、僕もかい?」
「今日くらい良いだろ。あのページも読ませてやるからさ」
「それ四回くらい聞いたんだけど?
まあ良いや。お言葉に甘えさせて貰うよ」
親の承諾、コイツの宿泊も決まった。奇妙だが取り敢えず、女子と二人きりなんて恐ろしい現象を未然に防ぐ事はできた。
「俺は菅原榊だ。よろしくな」
「ボクは敷波桐花。こちらこそ」
俺達の視線が、アイツに集中する。自己紹介の流れに乗るなら、やはり立ち合った以上、名乗るしかない。
しかしアイツは諧謔的な調子で、肩を竦めながら手を振った。
「僕に名前は無い。ただ、サカキの親友ってだけさ」
こうして、俺の非日常が幕を開けた。
一章、終わりです!
アクセスして頂き、本当に有り難うございます。
次回から学校に重点を置いていきます。
批判やご感想があれば、是非下さい!(Mじゃないよ)。




